2010-12-19(Sun)

われらと共にいます神 2010年12月19日クリスマス礼拝メッセージ

われらと共にいます神
中山弘隆牧師

 ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。
イザヤ書9章5~6節

 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
マタイによる福音書1章18~23節

(1)クリスマスの喜び
 本日は皆様と共にクリスマスの礼拝をしておりますが、クリスマスにおいて現された神の恵みがこの世界を覆っています。
それはちょうど夜の暗闇を破って朝日が昇り、野原の露はダイヤモンドのように輝き、山茶花の赤い花がその光沢ある緑とともに美しく朝日を反映させているようです。またすでに落葉した樹木も朝日を受けて樹皮が艶を表し、梢には新しい蕾を芽生えさせ、生命が静かに流れているように感じさせます。すべてのものが太陽の光を受けて、息づいているように、クリスマスの光がこの世界と人間を包むとき、そこに新しく生命が満ちるのです。

 この世界はクリスマスを迎えるとき、聖なる喜びで満たされます。それは世界と人間の創造者である神が、人間となり、わたしたちの中へ、わたしたちの存在の真ん中へ、入って来られたからです。この恵みはあまりにも大きすぎてわたしたちの理解を超えています。その神秘に直面するとき、人は皆、畏敬の念をもって跪くのです。同時に、心が喜びで満たされ、神様を賛美するのです。
 讃美歌256番の5節はこのように賛美しています。
「この世の栄えを 望みまさず、 われらに代わりて 悩みたもう。
 とうとき貧しさ 知りえしわが身は いかにたたえまつらん。」
と、わたしたちも主イエスを賛美するのです。

(2)神を知り、自分を知る
 それでは、神の御子が人間としてこの世界に誕生された恵みの光を受けると、わたしたちのもとで何が起こるのでしょうか。
 それはわたしたちが神を知ることです。同時にわたしたちが自分自身を知ることです。わたしたちにとっては、自分が何者であるかを知ることが最も切実な問題ですが、それはわたしたちが神を知ることによって可能なのです。神を知ることなしには、人間は自分自身を知ることはできません。
 従いまして、先ず神は人間にご自身を知らせるために、世界と人間とを創造してくださいました。人間とこの世界は、決して最初から存在していたのではありません。神は何もないところから世界と人間を造り出されたのです。世界の中で、人間は神の創造の御業を見ることによって、初めて神の存在と神の知恵と力を知ることができたのです。
中学の理科の先生を長く務められた方が晩年に洗礼を受けてクリスチャンになられました。その方はクリスチャンになる前から人間の体や動植物をよく観察すると、そこに整然とした秩序と法則があるのが分かり、神がおられると思われました。これは決して偶然にできたのではなく、これらを造られた創造者がおられるとしか考えられないと、言っておられました。

 なお、神の造られた被造物の中で、人間は特別の存在として、知性とコミュニケーションの能力と自己を超える潜在能力を与えられていますので、神のおられることに気が付いているのです。その全知全能の神の御前で、人間は自分が何者であるかを問うことができるのです。
 詩編8編の作者は神の創造の御業を賛美する中で、次のように言っています。
 「あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置されたもの。
  そのあなたが御心に留めてくださるとは、 人間は何ものなのでしょう。 あなたが顧みてくださるとは。 神に僅かに劣るものとして人間を造り なお、栄光と威光を冠としていただかせ 御手によって創られたものをすべて治めるように その足もとに置かれました。 羊も牛も、野の獣も 空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。」(詩編8:4~9)
 もう50年余り前に、最初の人工衛星がロシアによって打ち上げられました。その時宇宙飛行士が宇宙から地球を見て、「地球は青い」と言ったことは有名です。その後、二番目の人工衛星がアメリカによって打ち上げられました。そのとき、宇宙飛行士が人工衛星の中から、この詩編を朗読し、この聖句を地球にいる人たちに送りました。
 このように、宇宙と世界は神の恵みによって創られたのです。しかも人間は神様と人格的な交わりをする対象として造られました。
この大きな神の恵みを知って、詩編の作者は、「人間とは何者なのでしょう。神様がこのように人間を御心に留めてくださるとは。」と言っています。
そして、人間がこの世界を神の御心に従って治め、管理することが人間の務めであると、言っています。
それゆえ、人間は神に従属し、神に祈り求め、神から与えられ、教えられることによってのみ、この世界を管理できる者なのです。そして恵み深く、正しい「神の性質に似る者」となることが人間の使命なのです。

従いまして、聖書の人間観は、人間が神の性質に似る者となるように作られた被造物である、ということです。この人間観は創世記1:27に「神の形に似る者」として言い表されています。
「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」
しかし、これは人間が将来成るべき人間の姿を表しているのでありますので、人間が最初から「完全な神の形」であるというのではありません。人間に託された世界の秩序と法を理解し、そして人間は神を仰ぎ、神の御心と性質を絶えず目の前にしながら、神から感化を受けることによって、神の形に似る者となるのです。
人間は神の恵み深い、完全に正しい神の支配に従うことによって、初めて人間としての尊厳を与えられ、神の性質を映し出す「神の形」になるのです。
ところが、神様のご計画に人間は反抗し、人間に与えられた神の形を破壊し、失いました。それがアダムの原罪です。
 アダムの原罪は何かと言いますと、アダムが神の性質に似ることを自分の目的にせず、神の力を自分が所有して、力において自分が神と等しい者となろうと欲したことです。神に造られた被造物として、人間が神に全く依存していることを否定し、自分の力で世界の支配者になろうとしたことです。
 それは「神を神として崇める」ことの拒否です。ローマの信徒への手紙はこの状態を次のように説明しています。
 「なぜなら、神を知りながら、神として崇めることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。」(ローマ1:21)
 これが人間の罪であり、その結果人間は悪い欲望に駆られて、様々な悪を行うようになりました。その状態は人間が闇の勢力に支配されるようになったことに他ありません。そこに人間社会の混乱と悲惨さがあります。

(3)神の形である御子イエス
 それゆえ、神はそのような罪人である人間をなお愛して、人間を闇と虚無の中から救い出し、神との人格的な交わりの中で生かすために、クリスマスにおいて、御自身を人間に与えられたのです。神は御自身を人間存在の中に与えるために、御自身が人間のレベルまで下って来られたのです。このことについて、フィリピへの手紙は次にように言っています。
 「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固守しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ2:6~8)
 神がわたしたちと同じ人間となられる、ということはわたしたち人間の理解をはるかに超えています。それでも神にはできないことはないのです。
実にそれは神の自己放棄と自己犠牲を通して可能となりました。ただそのことによってのみ、神は人間にご自身を与えられたのです。  
それゆえ、神の臨在が人間を捕らえ、人間は神と人格的に直面することになりました。神の御子がマリアから誕生されるとき、マリアと婚約していたヨセフに、神は夢で現れ、次のように仰せになりました。
 「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を生む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ1:20~21)
 神の御子が人間として誕生し、イエスという名を付けられたとき、マリアとヨセフは神の臨在に直面しました。その神の臨在が幼子イエスは神であることを示して、その尊い神の事実を受け入れさせたのです。

 それでは、そこにおいて生起した事実とは何であったのでしょうか。人間となられた神の御子イエスにおいて、「神の恵みと真理」とが満ちていたことです。ヨハネによる福音書1:14節は次にように言っています。
 「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真とに満ちていた。」
 これは、イエスにおいて、神の人格的な性質が余すところなく人間に示されたということです。
神は全知全能であり、人間は見ることもできませんし、その力に圧倒されて神に近づくこともできません。しかし、そのような天地の創造者である神の本質は人格的な性質であり、わたしたちが恐れなく近づきえる御子において完全に現れたのです。
御子イエスは人間となり、人間としての考え方、生き方、言葉と行為の中で、父なる神の意志と性質を完全に理解されました。そして父なる神に依存し、父なる神の力によって、父なる神の意志を実行し、父なる神の性質を完全に現されました。
 父なる神は御子イエスの人間性の中に、人間としての道徳的行為の中に、類ない賜物を与え、神の性質を完全に写し出すようにされたのです。このことにより、御子イエスは「神の形」となられたのです。
 「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。」(コロサイの信徒への手紙1:15)
それゆえ、わたしたちは主イエスを見ることによって、神を知ることができるのです。主イエスの言動をつぶさに見て、この方こそ神であると信じるならば、わたしたちは神を知ることができるのです。
 同時に、主イエスはわたしたち人間が低い、貧しい存在であるままで、創造者である神の性質を映し出す者にしてくださるのです。この恵みを知ることこそ、わたしたちが自分を理解することです。

(4)永遠に生きて働く主イエス
 神の御子・主イエスの誕生によって開始された神の形は、主イエスの生涯を通して、成長し、前進し、最後に人類を罪から救うために主イエスが十字架の死を全うされたとき、完成しました。
同時に、神は主イエスを死人の中から復活させ、主イエスを天地の支配者とされました。そして主イエスの支配の中で、天地の万物は統一され、神の創造の目的が完成し、この世界が神の国に変わるのです。しかし、それは主イエスの救いが完成するときであり、なお未来の出来事です。
死人の中から復活し、天地の支配者となられた主イエスは、今や完成された「神の形」となって永遠に生きて働いておられます。
「神の力」をもって働き、「聖霊」を通して、わたしたち「信仰者の心の中」に働いておられます。わたしたちを神の性質に似る者へと導き、聖化し、高めてくださるのです。
それゆえ、わたしたちも主イエスによって、神の形とされていて、天にいます神の御前に立たせられているのです。この恵みを知って、わたしたちは心を高く上げて、共に主イエスの御名を賛美しましょう。
この「神の形」である主イエスこそ、「我らと共にいます神」すなわち「インマヌエル」なのです。



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