2017-04-30(Sun)

主よ、語りたまえ 2017年4月30日の礼拝メッセージ

主よ、語りたまえ
中山弘隆牧師

 主は再びサムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、「わたしは呼んでいない。わが子よ、戻っておやすみ」と言った。サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった。主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟り、サムエルに言った。「戻って寝なさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻って元の場所に寝た。主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」主はサムエルに言われた。「見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。その日わたしは、エリの家に告げたことをすべて、初めから終わりまでエリに対して行う。わたしはエリに告げ知らせた。息子たちが神を汚す行為をしていると知っていながら、とがめなかった罪のために、エリの家をとこしえに裁く、と。
サムエル記上3章6~13節


 こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。
ヨハネによる福音書6章6~13節


(1)神と対面した預言者たち
 今日わたしたちは聖書が神の言葉であると告白していますが、その根拠はどこにあるでしょうか。それは神様が旧約聖書の時代に預言者たちを選び、また新約聖書の時代になって使徒たちを選び、彼らに神の言葉を語られたからです。それだけでなく彼らが聞いた御言葉を民に語れと命じられたからです。
 その御言葉は、先ず神の民の礼拝の中で語られて来ました。さらに他の様々な機会にも神の教えとして語られて来ました。そのようにして神の言葉は、民の信仰生活を導いて来ました。従って、神の言葉は信仰の歴史の中で伝承され、伝承の最後の段階で、聖書の中に保存されるようになったのです。
 特に、旧約聖書は預言者たちの語った言葉だけでなく、信仰生活に関する様々な教え、イスラエルの歴史の記録と解釈、そしてイスラエル文化の記録から構成されています。そのように、旧約聖書の長い歴史を通して多くの預言者が立てられました。従って、預言者たちの召命はそれぞれ異なっています。
 イザヤの場合に、彼は神殿の礼拝に出席していたとき、神殿の奥にある至聖所を垣間見て、神聖と荘厳さの中に存在される神のビジョンを見ました。このため、イザヤは御言葉をもってご自身を現される神を「聖なる神」と呼んでいます。
 預言者エレミヤの場合は、青年エレミヤが神から来る道徳的で、彼の心の中に働く内的な力に促されて、背信の民イスラエルに向かって神の言葉を語る使命が与えられました。
 
(2)サムエルの召命
 一方サムエルの場合には、彼がまだ少年であった頃に預言者として召命を受けました。それまで彼は一度も神の言葉を聞いたことはありませんでしたが、御言葉に仕えるための教育を祭司エリから受けていたのです。もちろんサムエルは幼くても神に対する信仰を持っていました。
 サムエルは信仰の篤い母ハンナによって、乳離れした時から神殿に連れて来られ、祭司エリのもとで、礼拝の務めについて学んでいたのです。神について学び、イスラエルをご自身の民として選ばれた神様の恵みに応答するには、民はどのような生活をしなければならないかを教えられていました。つまり、少年サムエルは、神との人格的な交わりに入るための準備期間を過ごしていたのです。
 ついにその時が来ました。それはサムエルが何歳のときであったかは定かではありませんが、たぶん12歳頃であったと思われます。聖書はこのように語っています。
 「まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。」(3:3)
 神殿の中に神と民との契約の箱が安置されています。その契約の箱は、イスラエルの神である主ヤーウェの王座と見なされ、特に契約の箱の「蓋」がイスラエルの罪を贖う「贖罪所」と呼ばれ、そこに主が臨在されると信じられていました。
 しかし、神様は人間や他の被造物とは違って、万物の創造者でありますから、自ら欲せられる場所に、どこでもおられ、働いておられる生ける神です。そして、御言葉を通して、神様は直接に人間と関係を造り出し、その関係において人に命を与えられるのです。
 サムエルに神の御声が聞こえてきたのは、至聖所に安置されている契約の箱の蓋、すなわち神が臨在される神の贖罪所からです。彼はたった一人で契約の箱が置いてある部屋に寝ていました。その時刻は神殿を照らす灯がまだ消えない内でしたので、多分夜明けが近づいていた頃でした。
 「主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、『ここにいます』と答えて、エリのもとに走っていき、『お呼びになったので参りました。』と言った。」(3:4~5)
 このとき、主はサムエルに御言葉をもって呼びかけられましたが、サムエルは自分が主から呼ばれたとは理解できず、日頃から身の回りの世話をしていた年老いた祭司エリが呼んだのだと思いました。祭司エリは目が悪く、殆ど見えない状態でしたので、自分に助けを求めていると思い、急いで彼の部屋に走って来ました。他方、祭司エリの方では、少年サムエルが夢を見て、エリに呼ばれたと勘違いして、自分の所に来たのだと考えて、次のように言いました。
 「わたしは呼んでいない。自分の部屋に戻ってお休みなさい。」(3:6)と優しく諭しました。
 不思議にもこのようなことが三度続けて繰り返されましたので、さすがに祭司エリはようやく事の重大さに気づき、主がサムエルを呼ばれたのに違いないと悟ったのです。そこで、神の言葉に応答する仕方をサムエルに教えました。
 「もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております。』と言いなさい。」(3:9)と教えました。
 このようにしてサムエルは神と出会ったのです。その時の様子を聖書は次のように記しています。
 「主は来て、そこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。『サムエルよ。』」(3:10)
 神がサムエルの名を呼ばれたということは、神がサムエルの所に来られ、人格的に出会っておられることを意味します。聖書は主がサムエルのところに来て、そこに立たれた、と説明しています。
 神は天地の創造者であり、創造者として万物を超えた方であります。それゆえ人間の目には見えない方です。同時に、人間の耳にも神の声は聞こえません。なぜなら、神と人間との間には、絶対に越えられない無限の隔たりがあるからです。
 しかし、神は御自身の神としての威力によって、無限の隔たりを超え、人間の心に直接、御言葉を語り、人間と人格的交わりを持つことがおできになる方です。
 また預言者イザヤが見たビジョンは、聖なる神は人間と他の被造を超えた神であり、無限に高い天に住まわれる方でありますが、同時に、天から下って来て、人間の心の中に臨在される方でもありました。従いまして、イザヤ書57:15はこの点を強調しています。
 「高く、あがめられて、永遠にいまし、その名を聖と唱えられる方がこう言われる。わたしは高く、聖なる所に住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり、へりくだる霊の人に命を得させ、打ち砕かれた心の人に命を得させる。」(イザヤ57:15)
 また主イエスもルカによる福音書で仰せになっています。
 「だれでも高ぶる者は、低くされ、へりくだる者は高められる。」(ルカ18:14)
 聖書はまた次のように言っています。
 「神を知らぬ者は心に言う。『神などない』と。人々は腐敗している。忌むべき行いをする。善を行なう者はいない。」(詩編53:2)なぜならば、見えない神はもともと存在しないのだと高慢な不信仰な人間は考えるからです。しかし、神様はご自身の力によって、人間の心の中に住み、臨在し、人格的に出会われることがおできになります。そのとき神は御言葉によって、人の心に直接語られます。
 それは最早否定することのできない確かさで、人間の心にはっきりと分かります。サムエルの場合、神が語られる言葉があまりにも彼の心に明らかでしたので、祭司エリが呼びかけていると勘違いしたほど直接的に分かったのです。
 このように人間と出会い人格的な交わりを与えられる神は、そこにおいて人間が信仰をもって応答することを要求されます。サムエルは祭司エリから教えられた通りに、神の呼びかけに答えて、「どうぞお話しください。僕は聞いております。」(3:10)と言いました。
 そのとき、神様はこれから祭司エリとイスラエルの民全体に下そうとしておられる神の審判を語られたのです。
 次に、サムエルは自分に語られた神の言葉が祭司エリの二人の息子に対する審判でしたので、それを祭司エリに語るのを恐れていました。しかしエリはサムエルに隠さずに語るよう要請しました。
 エリはこのとき既にサムエルに語られた神の言葉を信じようと心で決めていました。それゆえ、神の御言葉が自分の二人の息子たちに対する審判であっても、謙遜に受け入れたのです。次のように告白しております。
 「それを話されたのは主だ。主が御目に適うとおりに行われるように。」(3:18)
 ここに祭司エリの神に対する従順と信仰者としての高貴さが現されています。彼は神に背いている自分の二人の息子を今までに何度も訓戒してきましたが、祭司としての務めを忠実に果たすようにすることはできませんでした。息子たちが余りにも悪過ぎたからです。しかし神の審判に謙遜に服従するというエリの信仰は本物です。
 なぜなら、神が審判において、ご自身の正しさを貫徹されることによって、審判の向こう側に必ず人間の救いがあるのです。このことを信じるのが聖書の信仰の特徴であるからです。

(3)御言葉を聞く姿勢
 次にわたしたちが心に留めなければならない点は、神はサムエルに呼びかけ、神の言葉を語らうと計画しておられましたが、そのためにはサムエルの側で答える態度を取る必要があったということです。そのために訓練の一定の期間を過ごさなければならなかったのです。この点わたしたちの場合も同じです。
 人は教会に来て礼拝に参加しなければ、神の言葉を聞くことはできません。しかし教会に行っても自分の願っていることが何も得られないので、自分はもう教会に行くのを止めようと思う人が多くいます。それはまだ神と出会っていないので、神との交わりの中で自分の人生を生きることの幸いがまだ分っていないからです。
 それゆえ神の言葉を聞き、それに応答することが分かるためには、或る期間に予備的な体験を経なければなりません。偉大な音楽を理解するためには、長い期間に音楽を学び、音楽の素晴らしさを体験する必要があります。
 信仰の場合にも、神の言葉を聞くためには、礼拝を続けて守っていますと、そのあいだに神の恵みを体験し、いつの間にか神の言葉を聞く態度が身に着くようになります。
 サムエルの場合には、神様がサムエルの名前を呼ばれました。この聖書の記事を読んだ人は、もし神様が自分の名前を呼んでくださるならば、神様と対面していることが分かるのだろうと想像するかもしれません。
 しかし、わたしたちの場合は、自分の名前を呼ばれなくても、神様は自分のことを全部知っておられると思うとき、それは自分の名前を呼ばれていることと同じなのです。
 人は孤独の中で悩んでいるとき、本当に自分を理解してくれる人がいたらどれほど慰められるだろうかと想像するのですが、神様はわたしたちを一番よく理解しておられる方なのです。このことに気づくとき、わたしたちは信仰に近づいています。
 神様が主イエスを通して、わたしたちに直面しておられるという霊的な現実が、わたしたちが自分の人生を生きる上で、一番頼りになる現実であるということに気づくのが信仰なのです。
 この神の確かさをわたしたちの心に認識させる方は、聖霊なる神なのです。さらに聖霊の働きはわたしたちに信仰を与え、わたしたちが信仰を持って神の言葉を聞き、信仰を持って神に従うようにするのです。つまり、主イエスを通して、わたしたちは神の御前に正しい者とされ、神との人格的交わりに入れられて、御心を自発的に行い、感謝と喜びの新しい命に生きることができるのです。
 神様は主イエスを通して、わたしたちに日々「汝よ」と呼び掛けて下さります。「はい、僕はここにおります。主よ、お語り下さい」と応答するときに、わたしたちは御言葉を聞き、御心を実行することによって、共に神の御前生きるのです。
 このことこそ、わたしたちに与えられた人生の意味であり、神の大いなる恵みであります。



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・・・これ聞いて感動する奴いるの?
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