2017-02-12(Sun)

主イエスに祈る 2017年2月12日の礼拝メッセージ

主イエスに祈る
中山弘隆牧師

 「立ち帰れ、イスラエルよ」と/主は言われる。「わたしのもとに立ち帰れ。呪うべきものをわたしの前から捨て去れ。そうすれば、再び迷い出ることはない。」もし、あなたが真実と公平と正義をもって/「主は生きておられる」と誓うなら/諸国の民は、あなたを通して祝福を受け/あなたを誇りとする。
エレミヤ書4章1~2節


 ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」「わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」
ヨハネによる福音書16章22~28節


(1)祈りの力
 本日の聖書の箇所は、わたしたちに祈りについて教えています。祈りはクリスチャンの生命線であるとよく言われますが、ともすればわたしたちは祈ることを忘れており、またその場だけの形式的な祈りになりがちです。このような熱くもなく、冷たくもない中途半端な信仰の状態はいけないと、わたしは自分自身を顧みて思うのですが、そこからの脱出方法は何でしょうか。
 最も効果的な方法は、祈りが「主イエスを通して」必ず聞かれると言う確信ではないでしょうか。
 わたしは東京教区の西南地区の委員をしていましたとき、中高生のワークキャンプで、浜松にある聖隷社会福祉事業団に属する浜松十字の園に二回、行ったことがあります。
 「十字の園」は日本で最初に設立された特別養護老人ホームです。そこには120名の病気を持つ高齢の方々が入居されていました。脳卒中の後遺症、動脈硬化症、脳軟化症、老人性痴ほう症などのために半身不随、言語障害などに苦しみ、常時介護を必要とする人たちであります。入居しておられる方々は介護、診療、看護、リパビリテーションを通して、職員との温かい人間関係の中で、とても明るく過ごしておられます。
 わたしたちは廊下のワックスがけや庭の草取り、ごみ置き場の掃除などの作業をしながら、入居しておられる方々と交わりの時が与えられ貴重な体験をさせていただきました。
 また信仰にしっかりと立って、事業を推進しておられる人たちから、創立者たちの熱い祈りと深い愛について聞かされましたので、非常に大きな感動を受けました。
 ドイツの「母の家」から日本に派遣されたデアコニッセであるハニ・ウォルフさんが、近所の寝たきり老人の訪問看護を続けておられて、ホームの必要性を痛感されました。当時、聖隷福祉事業団の理事長であった長谷川保先生に、「これからは神様がホームを造るように命令しておられるのです。さあやりましょう」と決意を促されたことがその発端でした。
 そのために祈り、ハニ・ウォルフさんはドイツに行って献金を集め、聖隷福祉事業団は土地を無償で提供して、ホームが建設されました。その後、福祉関係の人たちが十字の園を見学に訪れ、日本でも方々にホームが造られるようになり、ようやく法律も整備されたのです。このような開拓者たちの献身と努力は、まことに神の愛に押し出されたものであり、同時に、祈りの力の現れです。
 十字の園の入り口には、「夕暮れになっても光がある」と刻んだ大きな石が庭に置いてあります。これは口語訳聖書の旧約聖書ゼカリヤ書14:7に「そこには長い連続した日がある。これは昼もなく、夜もない。夕暮れになっても、光があるからである。」という御言葉の引用です。
 実に人生の夕暮れを迎えても、神の永遠の恵みの中で、明るい希望をもって過ごすことができると言う意味で、この御言葉はホームが存在する意義を示しています。

(2)主イエスの御名による祈り
 本日の聖書の箇所でありますヨハネによる福音書16章23節で、主は仰せになっています。
 「その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを願うならば、父はお与えになる。」
 その日とは、神の御子イエスが父なる神から与えられた最大の使命、すなわち十字架の死による人類の罪の贖いを果たされたことにより、父なる神はイエスを主イエスとして復活させられた日です。それから復活の主イエスは昇天し、父のもとで神の力をもって教会と世界と宇宙全体を支配者しておられるようになった日です。それはイエス・キリストの再臨の日まで続く現在の主イエスの支配の時代です。
 ここで、「あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。」と仰せになっているのは、御子イエスが地上で、語り、行動された時期と対比してのことです。
 その時は御子イエスの真意が分からず、イエスに尋ねることが多かったのです。つまり、地上における御子イエスの言動は、父なる神の意志と働きを示す最も大切な啓示でありましたので、弟子たちにとって分からない面が多くありました。
 弟子たちは御子イエスに従い、イエスの言動の一部始終を目の当たりにしていたので、イエスは神の御子であると信じたのです。これが弟子たちの本当の信仰でした。しかし、他について、特に救いについては、御子イエスを政治的メシアと考え、ユダヤ人をローマ帝国の支配から解放し、神の国を建設する救い主としてイエスに期待していたのです。それはイエスにとって、ご自分を地上に遣わされた父の意志に真っ向から反する悪魔的なメシア観でした。それゆえ、イエスは御自分が本当の意味でメシアであることは否定されませんでしたが、決してご自分をメシアとは呼ばず、「人の子」と呼び、「人の子の使命は人類の罪を贖うために自分の命を犠牲にする苦難の僕である」と仰せられました。
 そのときペトロは猛烈に反対し、そんなことは絶対にあってはなりませんとイエスを諌めたのです。イエスは弟子たち全体を見回しながら、厳しい態度で「サタン、退け」と仰せになりました。
 このようにイエスの救いと啓示に対して弟子たちは、まだ理解していなかったのです。しかし、今やイエスが復活し、神の右に上げられ、主イエスの働きが開始したことにより、聖霊が主イエスによって父なる神から教会に与えられたのです。その結果、イエスの言葉と行動の意味が分かるようになりました。それゆえ主イエスは「あなたがたがわたしの名によって何かを願うならば、父はお与えになる。」と仰せになっているのです。
 主イエスの御名によって父なる神に祈れば、父なる神はその祈りを聞かれるので、あなたがたの大いなる喜びになると仰せられました。ところで一番大切な点は「主イエスの御名」と言うことです。
 これは、復活の主イエスが弟子たちの前に臨在し、弟子たちと対面しておられるその霊的現実を意味しています。今や復活の主イエスは神として働いておられますので、イエスご自身の姿を現された復活当初とは異なり、今は目には見えない姿で出会っておられるのです。しかも、目に見えない復活の主イエスは当初目に見えた復活の主イエスと全く同じ方です。
 ご自分が地上の生涯で語られた言葉、そして復活後しばらくの間、弟子たちを導かれたときに語られた言葉を通して、復活の主はご自身を示し、命令し、同時に、弟子たちを導いておられるのです。この霊的現実こそ、真に恵みと真理と命と力に溢れています。
 さらにクリスチャンが主イエスと出会うことにより、主イエスと共におられる父なる神と出会っています。この点が特に重要です。
 なぜなら地上におられた御子は言葉と行為とにおいて、父と一致し、父の意志に完全に従い、ご自分の使命を果たされた方です。しかし今や天に上り、神として働いておられる主イエスは意志と行為において、地上におられたとき以上に、父なる神と完全に一つになっておられます。それゆえ、父なる神はクリスチャンが主イエスの御名によって祈るのを喜んで聞き、喜んで叶えて下さるのです。
 この現実をヨハネによる福音書は次のように言っています。「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしがあなたがたの内にいることが分かる。」(ヨハネ14:20)
 これは神とわたしたち信仰者の関係であり、三重の関係であると言えます。それゆえ父なる神の御もとにおられる神の御子、わたしたちの主イエス・キリストを中心として、わたしたちは父なる神を礼拝し、祈ることができるようになりました。
 ここで、重要なことはわたしたちの父なる神への祈りは、同時にいやそれに先行する主イエスへの祈りであるという点です。それゆえ使徒たちやクリスチャンは直接、主イエスに祈ったのです。
 弟子たちの間で疑い深いトマスは、最後に復活の主イエスと出会ったとき、次のようにイエスに対する信仰を告白しました。
 「トマスは答えて、『わたしの主、わたしの神よ』と言った。イエスはトマスに言われた。『わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである』」(ヨハネ20:28~29)
 このトマスの信仰告白は、また主イエスに対する「祈り」でもあります。さらに初代教会の最初の殉教者であるステファノは、主イエスに次のように祈りました。
 「人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主よ、わたしの霊をお受けください。』と言った。それから、ひざまずいて、『主よ、この罪を彼らに負わせないでください』と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。」(使徒言行録7:59~60)
 さらに、使徒パウロも主イエスに祈っています。彼は伝道旅行の苦難の中で、持病を患う身となり、それはサタンの使いの仕業であると言っていますが、このサタンの使いが自分から離れるように主にお願いしたのです。ここで、三度主に祈ったのです。そのとき、主は仰せになりました。
 「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」

(3)聖霊の働き
 最後に主イエスが送られる聖霊は、教会とクリスチャンの中に働いておられる主イエスの思いと行動と力をクリスチャンに認識させるのです。パウロは次のように教えています。
 「わたしたちは、世の霊でなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。」(コリント一、2:12)。「--わたしたちはキリストの思いを抱いています。」(コリント一、2:16)
 さらに、聖霊の働きの主な点は、神として働いておられる主イエスの働きをクリスチャンに認識させ、クリスチャンが主に従うようにさせると言うことです。
 今や主イエスの働きは、御子イエスが地上の人生で成し遂げられた十字架の贖いと、父なる神が御子イエスを復活させられた結果として、御子イエスの中に実現した新しい人間、言い換えれば御子イエスの性質を持った人間を、人類の歴史の中に登場させ、信仰共同体の中で形成する、ということです。正にこの人類の救いを推進しておられる主イエスにとって、聖霊は主イエスの協力者なのです。
 「ここでいう主とは、“霊”のことですが、主の霊のおられるところに自由があります。わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造り変えられて行きます。これは主の霊の働きによることです。」
(コリントの信徒への手紙二、3:17~18)
 ここで、「主とは“霊”のことです」と言っているのは、復活の主イエス・キリストご自身を意味しています。すなわち、今や神として働いておられる「主イエスの働き」の現実を聖書では「霊」と言うのです。次に、“主の霊”とは「聖霊」のことです。復活の主イエスの働きを、主の霊である聖霊がクリスチャンに教えるのです。同時に、聖霊は主イエスの復活の命をクリスチャンに絶えず供給するので、クリスチャンは自ら進んで、喜んで、主イエスに従い、主イエスの命令を実行するようになります。この状態をクリスチャンの“自由”と言っています。従ってクリスチャンの信仰、希望、愛は聖霊の働きなのです。クリスチャンはこのように聖化され、主イエスの性質を映し出す者へと造り変えられて行きます。
 これらすべては「主の霊の働き」です。主の霊とは二つの意味があります。一つは神として働いておられる主ご自身の働きです。もう一つは主から出る聖霊の働きなのです。



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