2016-12-18(Sun)

信仰の覚醒 2016年12月18日の礼拝メッセージ

信仰の覚醒
中山弘隆牧師

 聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちに繰り返し教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。更に、これをしるしとして自分の手に結び、覚えとして額に付け、あなたの家の戸口の柱にも門にも書き記しなさい。あなたの神、主が先祖アブラハム、イサク、ヤコブに対して、あなたに与えると誓われた土地にあなたを導き入れ、あなたが自ら建てたのではない、大きな美しい町々、自ら満たしたのではない、あらゆる財産で満ちた家、自ら掘ったのではない貯水池、自ら植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑を得、食べて満足するとき、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出された主を決して忘れないよう注意しなさい。あなたの神、主を畏れ、主にのみ仕え、その御名によって誓いなさい。他の神々、周辺諸国民の神々の後に従ってはならない。あなたのただ中におられるあなたの神、主は熱情の神である。あなたの神、主の怒りがあなたに向かって燃え上がり、地の面から滅ぼされないようにしなさい。
申命記6章4~15節


 しかし、憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、――あなたがたの救われたのは恵みによるのです―― キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。こうして、神は、キリスト・イエスにおいてわたしたちにお示しになった慈しみにより、その限りなく豊かな恵みを、来るべき世に現そうとされたのです。事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。
エフェソの信徒への手紙2章4~10節


(1)申命記の性格
 本日の聖書の箇所の申命記とは、「再び教える」という意味です。「申」とは「再び」とか「繰り返す」という意味で、「命」とは「命じる」とか「教える」という意味です。それでは、何を再び教えるのかと言いますと、神がイスラエルの歴史を通して為し遂げて下さった恵み深い行為と、そこに現された神の愛に応答して、イスラエルが守るべき神の命令を教えているのです。
 ここで民に対する神の愛と恵みは、民の側で応答するときに体験できるのです。応答しなければ人は神の愛が分かりません。
 申命記では、出エジプトの指導者でありましたモーセが、ヨルダン川の東側のモアブの地方で、イスラエルの民にそれまでの教えをまとめて再び語ったと言う形式を取っています。しかし実際はそれ以後の時代に、神殿における礼拝のとき祭司たちにより、繰り返して教えられ、世代から世代へと受け継がれてきた教えである、と今日では見られています。

(2)聞け、イスラエル
 申命記6章4節は、「聞け、イスラエル」、ヘブル語では「シェマ イスラエル」という言葉で始まる有名な聖句です。
 「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」
 これは聖書の中で最も重要な神の戒めです。旧約聖書の古い契約のもとで生きた神の民、イスラエルにとっても、そして新約聖書の新しい契約のもとで生きている神の民、キリスト教会にとっても、最も中心的な戒めです。
 主イエス・キリストは次のように教えられました。
 「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分自身のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」(マタイ22:36) 
心とは、感情も含めて、考えと意志との座です。また魂とは生命力の源です。従って、心と魂とを尽くしてとは、全存在をもってと言う意味です。さらに力を尽くしてとは全力を挙げてと言うことであり、第一の掟はわたしたち人間が、全存在と全力をもって、わたしたちの主である神を愛しなさい、という命令です。
 わたしたちは主イエス・キリストの十字架の死と復活による人類の罪の贖いという神の決定的な救いの行為を思いますときに、そこに無限に尊い神の愛が最終的に現されていることを知ります。また、それゆえ主イエスの恵み深い支配はわたしたちの存在と生活の全体に意味を与え、新しい命を与え、導く霊的力であります。
 人は互いに愛し合い、未来の幸福を願って結婚した人生であっても、予期しないトラブルが発生します。意見の違い、性格の違い、また経済的な問題、その他諸々の困難な事情があり、離婚せざるを得ない悲劇がしばしば起こります。そこは人間の思いと力の限界です。それに対して神様は、わたしたちの人生全体をご存知で、心と生活のすべての面でわたしたちを常に新しくし、神の御心に適うように、高めて下さる方です。神の愛はこのような力ある愛なので、わたしたち人間は神に応答し、全存在を挙げて、神を愛します。なぜならそれ以外には有り得ないからです。
 この神様の大きな愛は、アブラハム、ヤコブの子孫をエジプトの奴隷の状態から救い出し、神の民とされたこと、そして約束の土地であるカナンに住むようにして下さったこと、正にこの歴史的行為を通して現れました。実に、目に見えない神を信じると言うことは人知をはるかに超えた神の救済の行為の中に、貧しいイスラエルの民に対する神の愛が働いていることを知ることでした。
 それゆえ、彼らはカナンの土地に住むようになったとき、主を礼拝する場所に集まり、主に感謝の供え物を献げ、信仰の告白をしました。申命記26章:5~10節に次のように記されています。
 「わたしたちの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました。しかし、そこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました。エジプト人はこのわたしたちを虐げ、苦しめ、重労働を課しました。わたしたちが先祖の神、主に助けを求めると、主はわたしたちの声を聞き、わたしたちの受けた労苦と虐げをご覧になり、力ある御手と御腕を伸ばし、大いなる恐るべきこととしるしと奇跡をもってわたしたちをエジプトから導き出し、この所に導き入れて、乳と密の流れるこの土地を与えられました。わたしたちは、主が与えられた地の実りの初物を、今、ここに持って参りました。」
 従いまして、聖書的な意味において、神を知るということは、哲学的な思弁により神概念を持つことではありません。そうではなく歴史の中で実現した神の行為を、神の主権による恵みの業であると信じることです。
 預言者エレミヤは神を知ることについて次のように語りました。
 「主はこういわれる。知恵ある者はその知恵を誇るな。力ある者はその力を誇るな。富める者はその富を誇るな。むしろ誇る者は、この事を誇るがよい。目覚めてわたしを知ることを。わたしこそ主。この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事、その事をわたしは喜ぶ、と主は言われる。」(エレミヤ9:22~23)
 これは、主が慈しみと正義と恵みの業を行っておられる神であることを知る者が、主を知る者である、と言う意味です。これが旧約聖書の信仰です。この主を知る民は、神の愛と恵みに応答し、神に対する信頼と従順を表明し、感謝と喜びを持って神に従うのです。
 言い換えれば、神を愛することです。神から愛されていることを知る者は、当然神を愛するのであり、それゆえ神の命令を実行すべきである。これが申命記の教えです。
 
(3)神への従順
 それでは神を愛するとは、一体どういうことなのでしょうか。
 第一は民として、個人として、一切の事柄において、神を信頼し、神に全く依存することです。
 イスラエルの民はエジプトから救出されて、その後40年間シナイ半島の荒れ野で放浪の旅を余儀なくされましたが、食糧が乏しく、彼らは憔悴し、その上飲み水が一滴も無くなり、死に直面しました。そのとき民は神を信ぜず、指導者モーセに反抗しました。この事情は出エジプト記17章に記されています。
 「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか、わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか。」(出エジプト17:3~7)と、猛烈に抗議しました。
 このとき、神はモーセに命じて、ホレブの岩を杖で打つように命じられ、岩から水を湧き出させられました。それゆえ、申命記は忠告しています。「あなたがたはマサにいたときのように、あなたたちの神、主を試してはならない。」(6:16)と忠告しています。
 実にこのような信仰の試練の時期を通して、イスラエルはいかなる時にも神を信頼し、依存するならば、神は必ず困難を乗り越える力と方法を与えて下さることを学んだのです。
 他方、申命記の時代における誘惑とは、自己充足のために、神への信頼と依存とを忘却することでした。それゆえ、申命記6章11~12節では、「自ら満たしたのではない、あらゆる財産で満ちた家、自ら掘ったのではない貯水池、自ら植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑を得、食べて満腹するとき、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出された主を決して忘れないように注意しなさい。」と警告しています。これは豊かさの中でも、万事を神に依存していることを感謝し、謙遜な思いをもって神を信頼し続けるようにとの勧めです。
 第二に、神を愛するとは、神の命令を実行することです。申命記には神への愛をもって実践すべき様々な戒めが、12章から26章で、教えられています。そこには様々な命令が記されていますが、歴史の中で、神の愛に応答する信仰共同体を形成するために必要な具体的な生き方が記されています。
 大別しますと、一つは古代のアラム世界で用いられていた一般的な法律を、イエスラエル社会に適応するように修正して採用しています。その理由は、イスラエルの神は創造者であり、万民の支配者でありますから、世界において公平と正義として認められている法律は、イエスラエルにとりましてもそれを神の意志として受け取る必要があったからです。
 もう一つは、非常に人間性の豊かでヒューマニズム精神に基づいたイスラエル特有の律法です。それはイスラエル社会のすべての構成員が、神の愛に応えて、互いに兄弟として愛し合い、尊重し、助けるという互助の精神に基づいた様々な律法です。また、イスラエルに寄留する外国人を隣人として愛する具体的な行為を定めた律法があります。これらはイスラエルの律法の特色です。実にそれらの律法は、「隣人を自分のように愛しなさい」と言う第二の掟を実行するための具体的な指示なのです。以上が申命記に記されている神の命令です。
 従って、それらの律法を守りながら、古代世界の歴史の中で、信仰共同体を形成し、家庭を維持し、人が互いに愛ししながら、万国の民のために光を輝かすようにと、申命記は熱心に勧めています。

(4)霊的な神の民
 しかしながら、最も注目すべき点は、それでは信仰共同体形成の推進力である「心から神を愛する」ということは、どのようにして可能となるか、ということです。
 そこで問題は神への愛は、律法によっては引き起こすことは不可能であると言う現実です。申命記の考えでは、神が民を選び、神はイスラエルの神となり、イスラエルの民を愛してくださっている、という神の恵み深い事実が、イスラエルの民に心からの神への愛を喚起する、というのです。そのために、申命記は神との契約を想起し、改めて契約を確認するための契約更新の儀式を定めています。26章16~19節はその儀式で使用された用語を保存しています。31章9~13節によれば、その儀式は7年毎に行われたと思われます。
 さらに申命記は日頃の正しい礼拝によって神への愛が喚起されると言っています。しかし、申命記に定められた礼拝の方法に限界がありました。
 預言者たちの時代になりますと、エルサレム神殿における礼拝は、真の礼拝とは言えませんでした。預言者エレミヤは偽りの礼拝を告発しています。「ユダの罪は心の板に、祭壇の角に、鉄のペンで書きつけられ、ダイヤモンドのたがねで刻み込まれて、子孫に銘記させるものとなる。」(エレミヤ17:1)
 従って、真の礼拝が可能となるためには、人間の心の中に巣をつくり、人間を隷属させている一人一人の罪の力から神様が救ってくださることが必要でした。
 さらに個人的な罪だけでなく、社会の中に働く罪、あるいは国家の中に働く罪からの解放が必要でした。さらに、その解放はイスラエルに限定されず、万民に及ぶ必要がありました。なぜならば、それは神の究極的な救いであるからです。実にそのため、主イエスが来られたのです。神の救いは神の御子イエスの十字架の贖いと復活の中で実現しました。
 今や、真の礼拝とは主イエスの十字架と復活を仰ぐとき可能です。イエスの十字架の死を復活の光を受けて、仰ぐとき、罪ある人間は神と出会うのです。そして主イエスの義と命を受け、神の命令を実行する者となるのです。
 そのとき申命記が目指した神を知り、神の命令に応答することによって信仰共同体が形成されるのです。それゆえ、キリスト教会は「霊的イスラエル」とは呼ばれています。



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