2016-08-14(Sun)

創造の御業 2016年8月14日の礼拝メッセージ

創造の御業
中山弘隆牧師

 主は天上の宮から山々に水を注ぎ/御業の実りをもって地を満たされる。家畜のためには牧草を茂らせ/地から糧を引き出そうと働く人間のために/さまざまな草木を生えさせられる。ぶどう酒は人の心を喜ばせ、油は顔を輝かせ/パンは人の心を支える。主の木々、主の植えられたレバノン杉は豊かに育ち/そこに鳥は巣をかける。こうのとりの住みかは糸杉の梢。高い山々は野山羊のため。岩狸は岩場に身を隠す。主は月を造って季節を定められた。太陽は沈む時を知っている。あなたが闇を置かれると夜になり/森の獣は皆、忍び出てくる。若獅子は餌食を求めてほえ/神に食べ物を求める。太陽が輝き昇ると彼らは帰って行き/それぞれのねぐらにうずくまる。人は仕事に出かけ、夕べになるまで働く。主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。
詩編104篇13~24節


 「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。
マタイによる福音書6章25~30節


(1)人の命の尊厳
 今日の時代は生命科学の目覚ましい進歩により、生命の秘密を生物学的に解明できるのではないかと考える人が多くいます。しかし、たとえそのようになると仮定しましても、生命に対する畏敬の念を持たなければ、それは甚大な悪影響を人類とこの地球に与えることになるでしょう。それでは、生命について聖書は何といっているでありましょうか。
 先ず、創世記2:7で、こういっています。
 「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に『命の息』を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」
 この「命」とは、ヘブル語で「ネフェシュ」といいますが、それは呼吸するという言葉から来ているのです。従いましてネフェシュとは「命の息」とも言います。それはすべての生き物が呼吸していることにより、命を現しているからです。それに対して、呼吸しなくなったとき人間は死ぬのです。
 ある方が父親の臨終を看取ったときの体験を話されましたが、人は息を引き取った瞬間に、何か根本的に変化するように感じたといっておられました。その方のお父さんは老衰で亡くなられましたので、死の直前まで意識がはっきりし、話しも普通にしておられたのですが、突然眠るようにしてこの世を去られました。そのとき息の止まった父親の顔を見て、これはすでに自分の知っている父親とは違っている。ここに残されているのは物体であると感じたと言われました。
 このように人が生きている、むしろ生かされているということは実に厳粛な事実です。命は神が人間に与え、また人間から取り去られるものです。いいかえれば、人間の命は神の所有物です。決して人間の所有物ではありません。
 詩編104篇29節は次のように言っています。
 「(神が)御顔を隠されれば彼らは恐れ、息吹を取り去られれば息絶え、元の塵に戻る。」しかし、神はまた新しい人を起されるのです。30節は言っています。「あなたは御自分の息を送って彼らを創造し、地の面を新たにされる。」
 このように聖書は人間の命が神から与えられた賜物であり、神が人間の命を支えておられる間は、人間は命を「享受する」ことができます。これが聖書の信仰です。
 ところで、神の賜物としての人間の生命はそこに人間を無から創造された神の深い計画があり、人間に対する神の深い愛、すなわち人間をご自身との交わりの相手とし、神との交わりの中で、生かす人智を超えた神の決意と実行によって支えられています。従って、わたしたちが生かされている目的は神様の御心を知り、御心を実行して、神に従うことです。この神の目的により、すべての人の命は尊いのです。それゆえ神は他の人の命を奪ってはならないと命じられるのです。
 それでは、神との完全な人格的交わりの中で、地上の生涯を全うされた主イエスは人間の命と自然に対して、どのようにご覧になっていたでしょうか。主イエスは人間と自然の両方ともに神様の深い配慮の中で、支えられ、生かされていると仰せられました。
 「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、自分の体のことで思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切でないか。」(マタイ6:25)
 ここで主イエスは人の命の尊さは人が神の御心を行うことの中にある。そのため必要なものは、すべて神様が配慮し与えてくださる。だから決して思い煩ってはならないと教えられました。さらに、神様の愛による配慮がどのようになされているかについて、空の鳥や野の花を見なさいと、仰せられました。空の鳥や野の花は神様の配慮に守られ、何の思い煩いもなく、また誇ることなく、あるがままの姿で神を賛美していると仰せになりました。
 「しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。」(マタイ6:29~30)
 実にこれが神の御子イエスの見方です。従いまして、わたしたちが主イエスを信じて、イエスの視点で人間が生きる場所と自分たちの状況をよく見るならば、神様の温かい配慮と、さらに人間に対する特別の配慮を理解することができます。その結果、思い煩いから解放され、神の恵み豊かな働きを賛美するのです。
 キリスト教がギリシャ・ローマ世界に根付いたとき、人間の自然に対する見方が変わりました。ギリシャの哲学者ソクラテスは野原の樹木や生物を観察しても何も学ぶべき価値はないと主張し、決して散歩に出かけることはなかったそうです。彼の弟子であったプラトンがそう言っています。ソクラテスの最大の関心は人間としての自己を知ること、「自己認識」であり、彼は正にこの一点に全精力を注ぎました。それに対してキリスト教の教父たちは神の被造物である自然の美しさを見る目を持っていました。
 キリスト教の基本信条であるニカイヤ・コンスタンティノポリス信条は、西暦381年に開催された世界教会会議で制定されましたが、そこで指導的な役割を果たした有名な教父たちの中に、バシリウスとグレゴリウスという二人の教父がいます。
 彼らは「自然のすべてのものが神を賛美し、言葉では表されないような美しい調べで神に栄光を帰している。それらに代わって神への感謝がわたしたちの言葉によって献げられるべきである。彼らの感謝がわたしの感謝となるであろう。」と言いました。

(2)神の豊かな恵み
 従いまして、このような神の偉大な働きを旧約聖書の信仰者たちも讃美しています。詩編104篇の作者は24節で、次のように神を讃美しています。
 「主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。」(104:24)
 詩人はこのように地上に存在する生命の多様さと豊富さを観察して、それは神の恵みの豊かさを示すものだと言っております。
 さらに神は「すべてを知恵によって成し遂げられた」と告白しています。すなわち、神は「無限の知恵と遠大な計画」によってこれら命ある動植物すべてを創造され、無限の力をもってそれらの営みを支えておられると、神の恵みを賛美しています。
 正にこの神の恵みの業を見る視点が聖書の信仰です。104篇の詩編の作者は神の創造の業は時を定め、秩序を与え、世界全体の働きに大きな調和をもたらしていることに感銘を受け、そこに現されている神の知恵と力を賛美しています。
 19節で、神は一年に春夏秋冬の季節を定め、一日に昼と夜の時間帯を定められたことを語っています。
 20節では昼間は森に潜んでいた動物は夜になると出て来て獲物を取ると言っています。
 22~23節では、森の動物と入れ替わって人間が働きに出かけると言っています。「太陽が輝き始めると人間は仕事に出かけ、夕べまで働く。」と言っています。
 また、神は動物や人間が生きるために必要な資源をすべて与えられることを非常に重視しています。
 先ず水を神は与えてくださることを10節と13節で賛美しています。次に、14~15節では「家畜のために牧草を茂らせ、地から糧を引き出そうと働く人間のために様々な草木を生えさせ、ぶどう酒は人の心を喜ばせ、油は顔を輝かせ、パンは人の心を支える。」と神を賛美しています。
 教父バシリウスは「わたしたち人間が地上において、天使たちのコーラスに見習って生活すること以上により祝福されたどのような生活があろうかと言い、曙の光が射すと同時に起きて祈り、讃美歌を歌って神を称える。それから太陽の明るい光の中で働くために出かけて行く。どこに行っても祈りを携え、あたかも塩で味付けするように神への賛美をもって自分たちの労働を味付けする。」と言っています。
 一日のこのサイクルに従って生きることが神に創造された人間の生き方であることを証しています。そして、夜になって一人で静かに考えるときが、自分の魂の聖化の始まりである。その時、聖書の御言葉の中に魂の病を癒すすべての薬の宝庫を発見することができると言っています。それはわたしたちが神ご自身との人格的な交わりを持つための良い機会なのです。
 このように神は人間が働き、生活が維持できるように環境と資源を備えて下さっている点を教父たちは強調しています。しかし、この神の恵みは今日も変わりません。この恵みがなければ、人間の生産活動と経済活動の全体が成り立つことは不可能です。
 このことを特に現代のわたしたちは認識し、神の定められた秩序を重視し、その中で生きる英知を得ることが緊急の課題です。つまり、神様が人間の生きる場所として与えて下さっている自然環境を守ること、これが特に現代の人間に与えられた使命です。それゆえ自然環境を破壊することは、神に創造された人間の本性に最も反する行為です。その最大の脅威は一瞬のうちに都市と住民を抹殺してしまう核兵器です。核兵器を廃絶する勇気と英知が今日のわたしたちに求められています。また、原子力発電に依存し続けることも自然破壊の大きな要因です。使用済み核燃料を保存する方法と場所を確立しなければ、人間や動物たしたちが住む場所は放射性物質で汚染されてしまいます。
 しかし、環境を守る勇気と英知は、主イエスが与えて下さいます。人類の罪を贖い、神に敵対していた人類を神と和解させられた主イエス・キリストが今やこの世界と人類の支配者となって人類の歴史を導いておられるからです。
 主イエスの支配の目的は、神と和解させられた人間が、人間を創造された神の目的を実現する人間となることです。そうすることによって、有限で過ぎ行くこの世界と人間が、永遠の命の充満した永遠の国で、神の御前に永遠に生きるようになるのです。
 従って、主イエスは今や「時と永遠」の両方の世界の支配者です。有限な時の中で、永遠の実を結ばせる方です。有限な世界と人間を、永遠なものへと変貌させる神の力を持った方なのです。

(3)神の救いと永遠の御国
 神は人類に対するご自身の目的によって、まずこの宇宙を約数十億年前に創造されました。そして動植物が生きられる環境を備えられたのが、約数千万年以前です。そして人類が出現したのが約百五十万年前です。物質で構成された宇宙と人類の歴史はいずれ終わりを迎えます。特に人類の歴史は精々二、三万年に過ぎない極めて短いのです。この有限な世界と人類に対して神の永遠の目的を実現するために支配しておられる方が、主イエス・キリストです。主の支配の領域は二つあります。一つは教会であり、一つは全世界です。しかし教会と世界とは同心円であり、その中心が主イエス・キリストです。
 先ず、この世界の支配者として、主イエスは人間が自然環境を守り、神の摂理の御手に支えられ、このグローバルの世界で、諸国家との共存により、神の御心に従う生活をするように導いておられます。ことによって人間は神の創造された人間として生きるためです。しかし、それだけではありません。主イエスは信仰共同体である教会の頭であり支配者です。それはすべての人間が主イエスの性質を映し出す人間となるためです。これこそ神が人類を創造された究極目的です。
 今や主イエスは教会と国家との二つの領域で、働き支配しておられます。それゆえすべての人間が有限な自然環境と有限な世界の歴史と、有限な個人の生涯の中で、主イエスに従うことによって、神の創造の究極目標が成就するのです。
 それゆえ、神の定められたときに主イエスが再臨され、神の栄光に満ちた世界の中で、すべての人間が神を礼拝し、神を賛美するようになるのです。



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