2016-08-07(Sun)

共存による平和 2016年8月7日の礼拝メッセージ

共存による平和
中山弘隆牧師

 人よ、何が善であり/主が何をお前に求めておられるかは/お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し/へりくだって神と共に歩むこと、これである。主の御声は都に向かって呼ばわる。御名を畏れ敬うことこそ賢明である。聞け、ユダの部族とその集会よ。まだ、わたしは忍ばねばならないのか/神に逆らう者の家、不正に蓄えた富/呪われた、容量の足りない升を。わたしは認めえようか/不正な天秤、偽りの重り石の袋を。都の金持ちは不法で満ち、住民は偽りを語る。彼らの口には欺く舌がある。
ミカ書6章8~12節
 

 憐れみ深い人々は、幸いである、/その人たちは憐れみを受ける。心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。
マタイによる福音書5章7~9節


(1)平和聖日の意義
 日本キリスト教団では本日の礼拝を平和聖日礼拝と定め、平和のために祈る日としています。世界第二次戦争の終結以来すでに71年が経過し、その期間日本は平和を享受することができました。
 しかし、本当の意味で近隣諸国との相互理解と信頼による共存はできていません。そのため、日本は米国との同盟を強化し、米国の核の傘によって、国家の安全を守ろうとしています。これは神様の求められる平和では決してありません。
 このような状況の中で、日本キリスト教団では1967年に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を制定し、当時の鈴木正久議長の名で公にしました。
 これは「戦争責任告白」としてアジアの諸教会との和解の道を開きました。さらに「関東教区」では「日本基督教団罪責告白」を制定し、平和聖日礼拝で「罪責告白」をするよう各教会に呼びかけています。
 関東教区の総会で承認されました「日本基督教団罪責告白」の内容の第一点は、聖書に証しされている唯一の神を信じ、イエスを主と告白しながら、天皇を神とする国家体制を容認したこと、及びこれを近隣諸国の諸教会に強要したことを教会が犯した罪であると告白することです。戦時中に天皇を神として崇拝し、宮城遥拝をしたことは、クリスチャンとして一番大切な主イエスに対する信仰を否定したことになります。この点で日本のキリスト教は本当の意味で神を信じていなかったと言えるのです。その罪に対する懺悔と赦しを求めることが、関東教区の罪責告白の第一の趣旨です。
 今でもクリスチャンの中には、政治と信仰は別であり、教会の中に政治問題を持ち込んではならない、と考えている人たちがいます。主イエスは教会の支配者であると同時に、世界の諸国家の支配者であると信じることが、初代教会以来一貫している信仰であり、それが「イエスは主である」と言う信仰告白なのです。
 勿論、国家には神様から定められた使命があります。それにしても国家が自己を絶対化して、人間の良心と生活に対して、干渉し、支配しようとすることは、国家の使命を逸脱しているのです。教会はこの点で、国家の誤りを指摘する預言者的な使命が与えられています。現在の日本国憲法では天皇は日本国民の象徴となっていますから、天皇が国民の良心を支配することはありません。それは戦前の天皇が神として拝まれ、天皇の意志に服従しなければならなかったことの反省として、憲法で象徴天皇制が定められたのです。神でない、人間や国家を絶対化するとき、その国家は国家の使命を逸脱し、悪魔的国家に変質します。国民を総動員して、侵略戦争を開始し、その結果敗戦をもたらし、国民を悲惨のどん底に陥れました。これは正に歴史を支配される神の下された審判でした。
 今年83歳で亡くなられたテレビの名司会者であり、放送作家でもあった大橋巨泉さんのことが7月21日の朝日新聞に出ていました。
巨泉さんは終戦を迎えたとき、国民学校の6年生でした。「自分は天皇陛下のために敵と戦って死ぬのだ」と考え、「必ず神風が吹き、日本は戦争に勝つ」と信じる軍国主義少年であったので、敗戦によって、頭の中が真っ白になり、翌年まで混乱が続きました。しかし、敗戦が原点になって、価値観が180度変わり、その後は個人の人格と自由を尊び、平和と民主主義を尊ぶ人生を全うされました。
 関東教区の制定した罪責告白の第二点は、教団が日本国家のアジア諸国に対する植民地支配に協力した罪を告白することです。
 第三点は、その戦争で日本を初め、近隣諸国の多くの人々の命が失われたことに対して、その戦争に協力したクリスチャンにも責任と罪があることを告白しています。
 第四点は、日本キリスト教団の旧6部と9部であったホーリネスグループに対する迫害を教団は見過ごし、同じキリストの体である兄弟たちに罪を犯したという告白です。さらに教団は1969年以来沖縄キリスト教団と合同しましたが、沖縄の人々の苦しみを真摯に受け止めることができなかったと言う告白です。
 これらの罪を告白し、神の赦しを得るために祈るという趣旨です。しかしこれでは、日本が侵略戦争によって、近隣諸国に甚大な犠牲と苦難を強いたことの「道義的な責任」を解決したことになりません。なぜなら国際社会の中で日本は新しい国家として再出発しましたが、依然として過去の思想と生き方を隠し持っています。隠れたことは早かれ遅かれ必ず現れてきます。国会における自民党と公明党の多数決により、憲法を改正する動きが、戦前の天皇制国家主義に戻ろうとする危険性を持っています。このことが平和を造り出すための大きな障害となっています。

(2)主イエスの主権とその証人
 聖書で啓示されている神は天地万物の創造者であり、人類の救済者として、「世界万民の主」であります。教会はその証人として立てられています。イザヤ書43章10~11節で、主は次のように仰せになっています。
 「わたしの証人はあなたたち、わたしが選んだわたしの僕だ、と主は言われる。あなたたちはわたしを知り、信じ、理解するであろう。わたしこそ主、わたしの前に神は造られず、わたしの後にも存在しないことを。わたし、わたしが主である。わたしの他に救い主はいない。」
 唯一の神であり、創造者であり、救い主である神を聖書では、「主」と呼びます。主と言う名称は「神が主権者である」と言う意味です。 なぜならば人間は神の意志を実行するとき、本当の意味で生きられるからです。主は人間が共に生きるための「命の泉」なのです。
 それゆえ主は神として人間の歴史の中に働き、ご自身の目的を歴史の中で実現されます。このように偉大な力ある生ける神です。言い換えれば「聖なる神」であり、人間の考えを越えて存在し、働いておられる超越者です。それゆえ神は本質的に人間の目には見えない方です。しかし、他方で「御言葉」をもってご自身の意志を人間に知らせ、御言葉を通して人間の中とその歴史の中に働かれます。同時に「聖霊」によって、そのことを人間に示し、聖霊によって、人間が神の働きに応答し、神の意志を実行するようにさせられます。 
 この神の支配と働きは、人間の目には見えませんが、歴史を支配しておられる生ける神でありますから、歴史の中で人間は「神の働き」を体験し、神を知ることができるのです。
 要するに、わたしたちの信じる主は、一人一人の人間に対して、その思いと言葉、行動と生活そして存在全体に対する支配者です。主はわたしたちの内面と外面、個人の生活と社会や国家の営みのすべての領域において、人間がご自身の意志に従うことを要求されます。つまり、主は個人だけでなく社会や国家の領域においても、わたしたちが神に従うことを要求される方なのです。
 それゆえ、「神の主権の証人」は、神によって救われた民です。なぜなら、彼らだけが神の主権は「人類全体」にとって「無限の恵み」であることを知っているからです。
 従いまして旧約聖書は、終わりの日に神の救いが実現することと、救われる民が神の主権の証人となることを預言していました。今や、神の約束は主イエス・キリストの到来により実現しました。その結果、「キリスト教会」が神の救いと主権の証人として立てられているのです。実にこの預言の実現を新約聖書のフィリピの信徒への手紙2章6~11節は次のように証言しています。
 「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じものになられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」(フィリピ2:6~11)
 今や主イエス・キリストは復活し、父なる神の右に座し、人間の目には見えない神として、人間とその歴史の中に働き、御言葉と聖霊を通してそのことを理解させ、聖霊を通して、喜んで主の支配に従う者とさせてくださいます。そういう意味で神は「人類の主権者」となられました。
 つまり、主イエスはご自身の義と命を人間に与えることによって、人間が神の主権を信じ、告白し、神に感謝し、喜んで、自ら進んで従うことを可能にされたのです。それゆえ、主イエスの証人がキリスト教会であり、教会に連なる一人一人のクリスチャンなのです。
 他方、国家や社会に対する神の主権の証人の務めはすでに旧約聖書の預言者たちが果たして来ましたので、キリスト教会は国家に対しては旧約聖書の預言者の務めを継承しなければなりません。

(3)旧約聖書の預言者の働き
 預言者ミカは次のように言いました。
 「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。」(ミカ6:8)
 それでは社会や国家の営みにおいて、「正義を行う」とはどういうことでしょうか。それは人間が実行すべき「愛の業」を道徳あるいは社会倫理の領域で具体的に示している「モーセの十戒」を実行することです。
 「人を殺してはならない、人のものを盗んではならない、偽証してはならない、貪ってはならない。」ということを社会生活の面に適用すれば、正義を実行すると言うことになります。
 人を殺したり、盗んだり、偽ったり、貪ったりすることが犯罪であることは誰の目にも明らかです。他方、社会や国家の中で制度や法律によって、有力者や富める者のグループが自分たちの利益を追求するため、合法的に定めた法律により、弱い立場の人たちの生活が無視されるとき、それは正義ではなく正に不正義の罪です。
 反対に、正義を実行するときに、人々は共存することができます。貧富の格差が生じた場合、それを調整し、貧しい人たちに富を還元するならば、貧しくても、健康で明るく生きられるようになります。 
 多少の格差は残るにしても、すべての人が生きられることが正義の業です。しかしここで留意すべき点は、正義の業が実行可能となるのは、歴史の主権者であり、歴史の審判者である神に対する「信頼と畏敬の念」によるということです。
 それにしても国家や民族の存亡に関係する外交や軍事の領域で、国家が神の主権に従わない時には、自分の力で、国を守ろうとします。そのため軍備を増大し、また頼りになる国と同盟を結んだりします。しかし、それは神の意志に反する行為です。
 預言者イザヤは次のように、動揺し、混乱しているユダ国家に対して、エジプトとの同盟に走らず、主を信じて静かにしていることを勧告しました。
 「まことに、イスラエルの聖なる方、わが主なる神は、こう言われた。『お前たちは、立ち帰って、静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることこそ力がある』と。しかし、お前たちはそれを望まなかった。」(イザヤ30:15)
 このようにイスラエルはエジプトの同盟に頼ったため、新しく台頭してきたアッシリアの覇権、その次に突如として出現したバビロニヤの世界制覇の激流に巻き込まれ、遂に国家は滅亡しました。
 キリストは「隣人を自分のように愛しなさい」(マルコ12:31)と命じられました。このキリストの命令はわたしたちに近隣諸国を隣人の国家と見る視点を与えます。つまり自分たちの価値観や国家体制とは異なる他の文化と国家も世界の構成メンバーとして、自分たちの国家と同じ権利を持っていることを公正に認める視点です。
 他方、核弾頭とその運搬手段の近代化によって、相手の主要都市を一瞬のうちに全滅させる能力を持っていると言う脅しによって、敵国の攻撃を抑止させようとするのは、結局、子供の火遊びのようなもので、核戦争を誘発させる危険に満ちています。それゆえ、日本国家は、近隣諸国との共存を最も現実的な平和政策とすべきです。  万民に通用する人間性に基づいた国家観を樹立することが必要です。 
 キリスト教会はこのため主に祈り、主に従わなければなりません。そのことによって、教会は世界を支配しておられる主の証人としての使命を果たすことができます。



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