2016-05-08(Sun)

危機の中で 2016年5月8日の礼拝メッセージ

危機の中で
中山弘隆牧師

 幕屋を建てた日、雲は掟の天幕である幕屋を覆った。夕方になると、それは幕屋の上にあって、朝まで燃える火のように見えた。いつもこのようであって、雲は幕屋を覆い、夜は燃える火のように見えた。この雲が天幕を離れて昇ると、それと共にイスラエルの人々は旅立ち、雲が一つの場所にとどまると、そこに宿営した。イスラエルの人々は主の命令によって旅立ち、主の命令によって宿営した。雲が幕屋の上にとどまっている間、彼らは宿営していた。雲が長い日数、幕屋の上にとどまり続けることがあっても、イスラエルの人々は主の言いつけを守り、旅立つことをしなかった。
民数記9章15~19節


 人々は長い間、食事をとっていなかった。そのとき、パウロは彼らの中に立って言った。「皆さん、わたしの言ったとおりに、クレタ島から船出していなければ、こんな危険や損失を避けられたにちがいありません。しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、こう言われました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」
使徒言行録27章21~26節


(1)ローマへの道
 使徒言行録はキリストの復活の証人として立てられた使徒たちがキリストの福音を伝えた行為の記録であります。使徒たちは復活のキリストと出会い、福音の内容について啓示を受け、同時に福音宣教を命じられました。
 復活のキリストは使徒たちの中に働いておられることを聖霊によって知らせながら、使徒たちの福音宣教を導かれましたので、使徒言行録はまた聖霊の働きの記録である、とも言えます。
 当時すでに、東方でキリスト教に接したクリスチャンたちが商売やその他の仕事で、ローマに移住した人たちがおり、彼らは自分たちで礼拝を守っていましたので、キリスト教会が既にローマに存在していたのです。しかし使徒言行録は使徒たちによって福音がローマに伝えられたとき、キリスト教が正式に全世界に宣教されたと見做しています。
 本日の聖書の箇所は、使徒パウロによって、福音が正にローマにもたらされようとしている最後の場面を語っています。
 「わたしたちがイタリアへ向かって船出することに決まったとき、パウロと他の数名の囚人は、皇帝直属の百人隊長ユリウスという者に引き渡された。」(27:1)
 このようにしてパウロは福音のために鎖につながれて、ローマ皇帝の前に立つことになりました。これはまことに不思議な神の導きです。以前からパウロは世界に福音を広めるためには、ローマの教会が宣教の拠点となる必要を認識していましたので、彼はローマに行く前に、コリントの教会からローマの信徒に手紙を送りました。その手紙の中で、次のように言っています。
 「何とかしていつかは神の御心によってあなたがたのところへ行ける機会があるように、願っています。」(ローマ1:10)
 今や遂に祈りが答えられ、このような形で実現しようとしているのです。
 ことの発端は、エルサレム神殿にいるパウロを見たユダヤ人たちが騒ぎ出し、エルサレムが大混乱に陥り、彼はローマの守備隊によって助け出されたことです。ところがユダヤ人たちはエルサレムを混乱に陥れた張本人としてパウロをローマの総督に訴えました。彼らは総督に高額の賄賂を贈りましたが、パウロは賄賂を贈りませんでしたので、総督はパウロが無実であることを知りながら、裁判を引き延ばしていました。その内に多くの歳月が過ぎ、ついにパウロは皇帝に上訴しました。と言いますのは、パウロが自分の家柄により、ユダヤ人でありましても、生まれながらにしてローマ市民権を持っていたため皇帝に上訴できたのです。その結果、ローマに行くことが決まりました。
 当時のローマ皇帝は悪名高き暴君ネロです。彼の前にパウロは囚人として出ましたとき、それはまことに劇的な出会いでした。
 この世の栄華と権力の象徴であり、また悪の象徴であるネロ皇帝は、福音のために鎖につながれたパウロを見て、軽蔑と同時に恐れを感じたことでありましょう。愛と善意のために謙遜と苦難の中にあるパウロがキリストの救いの力をもってネロ皇帝の前に現れたのです。それから二百五十年間も続いた迫害の時代を経て、キリストの贖いの霊的力が遂にローマの軍隊による力に勝利し、ローマ世界はコンスタンティヌス皇帝のときキリスト教化されるに至りました。
 それに致しましても、福音がローマに到着した道は、この世の権力者によって鎖につながれた囚人が辿らなければならなかった道です。それは正に十字架の道でした。

(2)嵐の航海
 次に聖書はローマへの道がまた嵐の航海であったと、伝えています。
 「幾日もの間、船足ははかどらず、ようやくクニドス港に近づいた。ところが、風に行く手を阻まれたので、サルモネ岬を回ってクレタ島の陰を航海し、ようやく島の岸に沿って進み、ラサヤの町に近い『良い港』と呼ばれる所に着いた。」(27:7~8)
 ここで、パウロの一行が逆風に出会って、航海したという出来事は、パウロの福音宣教の生涯に対する一つの比喩として見ることができます。彼は多くの点で、恵まれた立場にありました。良い家系に生まれ、生まれながらにしてローマ市民権を持っており、輝かしい精神と鋭敏な魂が備わっていました。
 しかしこれらの有利な点だけではなく、彼の一生には幾多の逆風が吹き荒れました。彼はクリスチャンになる以前には、鋭敏な良心の呵責に悩んでいました。いわばそれが逆風でした。クリスチャンになった後はキリストの贖いにより、心に深い平安が与えられ、内面の嵐は静まりましたが、今度は福音を宣教するときに、それを阻む外側の嵐が吹き猛りました。
 同胞のユダヤ人たちがどこに行っても彼に反対し、騒動を引き起こしたからです。また古代の旅行は非常に大きな犠牲を要求しました。特に、彼の持病が悩みの種でした。それに加えて友人たちもしばしば彼を失望させました。このような逆風が彼に吹き荒れていたのです。
 
 しかし、同様の事が誰にでも当てはまります。順風の期間は、すべての点で事がうまく運ばれます。しかし、遅かれ、早かれ、困難な時期が必ず来ます。だれでも健康でありたいと願いますが、そういうわけにはいきません。だれでも経済的安定を望みますが、生活がひっ迫することがあります。すべての人は平和な世界を願っていますが、その幸いを享受できるとは保証されていません。このように人生の中にしばしば逆風が吹きます。
 ところで、逆風はパウロとその一行がローマに到着するのを阻むことはできませんでした。航海者は逆風を利用して航海する術を心得ているように、人は人生の不運から益を得ることを学ぶのです。
 この点、パウロは良い例です。彼は自分の持っている弱さを嘆かず、その中で神を賛美しました。彼は肉体に刺さっている棘を持っていて、それを取り去っていただくように神に祈りましたが、主は次のように仰せになりました。
 「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ。」(コリント二、12:9)
 それ以来、彼は自分の弱さを受け入れました。そして「だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」(コリント二12:9)と言っています。
 彼はそれによって自分を「舞台の主役」にしたいという野心から解放され、自分を越えて、「無私な立場」に立って行動することを学びました。人間にとって大切なことは、何が起こるかではなく、むしろそれに対してどのように対処をするかです。
 彼はキリストの恵みにより、「自分を越えたキリストの思い」をもって、人生の種々の境遇に対処できた人であります。このことを彼は「キリストにあって生きる」と言う言葉で表現しています。
 「生きているのは最早わたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」(ガラテヤ2:20)
 人はキリストにあって、自己の栄枯盛衰を越えることができるという事実が、人を「真に自由」にし、そして「人間的」にするのです。
 自分の歩んできた人生を振り返って、もしもう一度生まれ変わってきたとしても、自分は同じ人生を歩むだろうと、言い切れる人は少数でありますが、時々そのような人と出会うことがあります。
 そのような人は自分の「人生の運命」を愛する人だ、と言われますが、しかし本当の意味でそう言えるのは、キリストにあって歩む人です。「キリストにあって」神に歩ませていただいた人生が、自分にとって最善の人生であることを悟った人がそう断言できるのです。

(3)キリスト者の自由
 この章の後半には、逆風を支配したパウロの秘密を知る手掛かりが記されています。
 第一は、パウロは嵐と逆風の危険を避けるために可能なあらゆる手段を講じています。
 三回の世界伝道旅行を経験した彼は「晩秋」の航海の危険性を十分に知っていました。それゆえ、航海を来年の春まで延期するように提案したのです。
 「皆さん。わたしの見るところでは、この航海は積み荷や船体ばかりではなく、わたしたち自身にも危険と多大な損失をもたらすことになります。」(27:10)
 このように警告をしています。従いまして、逆風に抗して航海すると言いうことは、決して初めから無謀な冒険を試みることではなく、知恵を働かせて、逆風の条件を少しでも改善するために最大の努力する必要があります。しかしそれでもなお、事態が悪化し、逆風を受けるようになることがあります。ここでは、パウロの提案が聞き入れられませんでした。それは百人隊長がパウロの意見よりも、船長や船主の意見を信用したからです。
 その時、「南風が静かに吹いてきたので、人々は望み通りに事が運ぶと考えて錨を上げ、クレタ島の岸に沿って進んだ。しかし、間もなく、『エウラキロン』と呼ばれる暴風が、島の方から吹き下ろしてきた。船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができなかったので、わたしたちは流されるにまかせた。」(27:13~15)
 さらに、18節から20節にはこのように記されています。
 「しかし、ひどい暴風に悩まされたので、翌日には人々は積み荷を海に捨て始め、三日目には自分たちの手で船具までも捨ててしまった。幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消え失せようとしていた。」(27:18~20)
 第二に、このような絶体絶命の窮地の中で、パウロは自己を越えたキリストの精神の持ち主であることの特性を示したのです。それは敗北と死に直面しても「混乱すること」を拒むのです。
 それゆえ、パウロは船の中で立ち上がりました。このような危機の中で、一人の人間がその危機を乗り越えて、自分の周りに人々を結集させるということは、何と素晴らしいことでありましょうか。
 兵隊や水夫や乗船者や船主に取り囲まれたパウロの光景は、何と頼もしい者として全員の目に映ったことでしょうか。
 「しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。」(27:22)
 パウロと共に船に乗っていた人々は既に絶望していたのです。そのような人々に向かて、「元気を出しなさい」と言うことは、あたかも首に縄をかけられている死刑囚に、喜びなさいと言うのと同じで、全く不可能なことです。
 しかし、これがパウロの言った内容です。事態が崩壊する瀬戸際で、「静かにして落ち着いている」ことができるのです。実に驚くべきことです。
 その理由は、自己の思いではなく、自己を越えたキリストの思いに立っているからです。その時、破局から救い出す神の力を受けているのです。そこに死の中から人を復活させる神の力が働いているのです。
 第三に、このような神の力を受けて、パウロはまた非常に現実的な手段を取りました。すなわち、皆に食事をとることを勧めました。
 そうすることがこれからの事態の推移の中で、自分たちの命を救う唯一の方法であることを教え、彼自身がパンを取り出し、神に感謝して食べ始めたのです。それにならって皆が食事をしました。
 この嵐の中で、神に感謝して食事することが、自己を越えた者が取った行動です。
 結局、船は小さな島の浅瀬に乗り上げ、船首は激浪によって破壊されました。それでも泳げるものは自分で岸まで泳ぎ、泳げない者は破壊した船の板に載せられて岸まで無事運ばれたのです。
 以上のことを考えますと、船の全員がパウロに励まされて食事を取ったことが役立ち、船が難破した時に機敏に行動する力を与えたのです。そのことが生死を分けたのです。
 食事を取るということは極めて常識的な事柄ですが、この場合、他の時には持つことのできない重大な意味があります。それは「神の時」なのです。聖霊の働きとは、決して人間の働きを排除するのでなく、人間の働きを用いて働くのです。
 パウロがこのように、自己を越えて、キリストの思いによって、考え行動したことが、実際ローマに到着することを可能にしました。実にこの確信の根拠は神の言葉です。
 「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならい。神は、一緒にいるすべてのものを、あなたに任せてくださったのだ。」(27:24)
 パウロはこの神の意志を知り、信じ、それに寄り頼んで行動したのです。その結果、危機から救出されたのです。



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