2016-01-10(Sun)

種蒔きのたとえ 2016年1月10日の礼拝メッセージ

種蒔きのたとえ
中山弘隆牧師

 終わりの日に、主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい、多くの国々が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから、御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。
ミカ書4章1~3節


 イエスは、再び湖のほとりで教え始められた。おびただしい群衆が、そばに集まって来た。そこで、イエスは舟に乗って腰を下ろし、湖の上におられたが、群衆は皆、湖畔にいた。イエスはたとえでいろいろと教えられ、その中で次のように言われた。「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」そして、「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。
マルコによる福音書4章1~9節


(1)日常生活に対するイエスの見方
 福音書を読みますと、主イエスの活動の前半は神の国についての宣教活動が中心になっています。そこでは、多くの譬え話が語られています。マルコ福音書の4章33節では、「イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くの譬えで御言葉を語られた。」とあります。またなぜ譬え話をされたかの理由も示されています。つまりイエスは神の国の現実を、譬え話を用いて示そうとされたのです。
 世界と人間とは神様が造られたものですから、主イエスに尽きぬ興味を感じさせました。古代世界で有名な旅行者であったマルコ・ポーロは西洋からシルクロードを通って、はるばる東洋に渡って来ました。そこで彼は見た多くの物事に興味を持ちましたが、一番彼の興味を惹いたのは、人間であったと言われています。この世界で人間ほど興味を覚えるものはありません。主イエスも人間のすることに強い興味を抱いて、日常生活を細かく観察しておられましたので、それらが譬え話の宝庫になりました。
 律法学者たちも教えの中で、時々譬え話を用いましたが、その手腕は主イエスにはとても及びませんでした。主イエスの譬え話は、誰も真似できないほど人々の心を捕らえます。その理由はそこに人間を見る主イエスの愛情が注がれているからです。それだけでなく、主イエスは罪のない清い性格の方ですから、人間のあらゆる営みの中に、喜怒哀楽の中に、霊的な神の国の徴を見ることができたのです。
 主イエスにとってどんな平凡な事柄の中にも、神の配慮と目的が働いているのが分かるので、それらが神の愛の光に照らされるとき、極めて美しく見えるのです。それゆえすべての物事の中に見られる神の配慮と働きを譬えにして、人間に対する神の救いの意図と働きを、言い換えれば、神の国を教えられました。

(2)神の国の霊的な力
 ここでは、先ず種まきの譬え話が語られています。
 「良く聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。他の種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆い塞いだので、実を結ばなかった。また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」(4:3~9)
 人は生命に触れるときに、本当に心が豊かになります。とりわけ作物の種を蒔いて、それが芽を出し成長し、やがて実を結ぶときほど生命の不思議さを感じさせられることは他にありません。農業は生活の必要でする仕事ですが、植物を育む土壌に接し、また四季折々の生命の現れを見ることができ、実に楽しい職業です。
 ともかく、イエスの譬えは、神の国について教えるものです。この種蒔きの譬えと並行して、4章26節は、「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、--」、また4章31節では、「神の国はからし種のようなものである。土に蒔くときには、--」となっています。ここで「--のようなものである」という特別の表現は、神の国が開始し、成長し、完成するこの過程は、植物が最初に種を蒔き、成長し、実りをもたらすその過程と非常に良く似ているという点を強調する仕方です。
 聖書注解書の解釈によりますと、この譬え話は次のように解釈できます。農夫の蒔く種のすべてが実を結ぶということではなく、たとえ無駄になることが多くても、それでも豊かな収穫をもたらす。神の国の種蒔きはちょうどこれと同じである、と言うのです。
 すなわち、神の国は最初に見込みがなさそうに見えても、人の目には失敗や後退と見える時期があっても、最後には必ず圧倒的な成果をもたらすと言えるのです。途中で困難なことが多々あっても、最初の状態と最後の状態と比較するとき、そこに大きな収穫があることが、古代の人々の目の付け所で、彼らはそこに成長と実りの神秘を見て驚きを感じたのです。
 そしてイエスの譬え話は皆、神の国についてのイエスの確信に裏打ちされています。つまり、神の国は主イエスの宣教と共に人類の歴史の中で、今や開始しているという確信です。また、神の国の完全な実現はなお将来に属する事柄ですが、必ず素晴らしい実りをもたらすという確信を、主イエスは語っておられるのです。
 さらに、聖書学者たちの解釈によりますと、イエスの語られた譬え話は、皆ワンポイント・メッセージであるという見方です。譬え話は、一つの内容を単純明快に言い表しているのです。種蒔きの譬え話のポイントは、無駄になった幾つかの種と確実にやってくる最後の収穫との比較にあります。1キログラムの種を蒔きますと、30キロ、60キロ、あるいは100キロの収穫が得られるように、神の国の収穫は多いのです。
 ここで、神の国の種とはもちろん福音のことです。福音は宣教されるときに、実に大きな霊的収穫をもたらします。なぜならばその力は福音の御言葉それ自身にあるからです。
 イザヤ書55:10~11で強調している点は、神の意志である神の言葉が、一旦語られると、それは必ずその目的を果たすということです。
 「雨も雪も、一度天から降れば、空しく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出る言葉も、むなしくはわたしのもとには戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ、わたしの与えた使命を果たす。」。 
 この預言は、預言の言葉が神の言葉であり、神は永遠に生きて働いておられるから、このような力を発揮するのです。
 同様に、譬えを語られた主イエスは今日、復活して神として生きて働いておられるから、その御言葉は有効なのです。

(3)神の国と主イエスの結びつき
 次に、成長する神の国は、主イエスの存在と働きに不可分離に結び付いています。主イエスを抜きにしては、神の国は存在しません。もっとはっきり言いますと、神の国は主イエスの中に実現しているのです。
 つまり、主イエスと父なる神の存在的な交わりにより、イエスは神の言葉を明瞭に、決定的に、そして最終的に語られました。同時に語られた御言葉をご自身が実行されたのです。それゆえに、神の国は主イエスを通して、人類の中に到来し、成長し、実を結ぶのです。この点を譬え話は説明しています。
 従いまして、譬え話それ自身は、日常生活に即していますので、誰でも理解できますが、イエスの譬え話は霊的な次元の事柄ですから、その意味を理解するためには、ある所でジャンプすることがどうしても必要になります。つまり譬え話を聞くことによって、主イエスご自身と直面し、主イエスの中に働いている神の愛と罪人を救う神の力を感じて、主イエスを信じることが必要なのです。そのことによってのみ人は譬え話の真理が理解できます。
 これと関連して、譬え話を始めるに当たって、主イエスは、人々に「良く聞きなさい」と注意を喚起されました。そして話の最後に、「聞く耳のある者は聞きなさい」と「信仰」を勧められました。
 このことに留意しますと、主イエスの御言葉を良く聞くということは、とりもなおさず主イエスと出会うということです。そうするならば人は主イエスの中にある神の恵みと力に接して、主イエスを信じるようになります。
 そこで信仰のジャンプが起こります。従って神が主イエスを通して、神の国が今自分たちのもとに来ていることが分かり、神の国に招き入れられて、生きることが体験できるのです。
 神の国とは、人間に対する神の恵み深い支配と救いです。同時に、御言葉を信じる者が、神の支配と恵みの中で、御言葉を実行することなのです。
 そのようにして人間が神の御前に生きる場所、これが神の国です。こう言う意味で主イエスは聞く耳を持っている人々を祝福されました。
 「しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは、あなたがたの見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」(マタイ13:16)
 主イエスがこのように弟子たちを祝福されましたのは、神の国が主イエスの中に実現していることを直感で感じ取り、弟子たちは主イエスを信じて、主イエスに従ったからです。
 それは旧約聖書時代の預言者や信仰者が体験したいと切に願っていたことですが、彼らの時代にはまだ主イエスに出会い、その事実を見ることは出来ませんでした。
 このような神の救いの歴史の中で、弟子たちは実に幸いな時代にいるのです。また、弟子たちだけでなく、新約聖書の時代にいるわたしたちすべての信仰者は同じ幸いの中にいます。

(4)豊かに実を結ぶ
 次ぎに、主イエスによって到来した神の国は信じる者にとって、実に無尽蔵の恵みの宝庫です。なぜなら神の国には人間が御言葉を聞き、実践しようとするとき、すでに実践を可能とる命と自由が人間に与えられているのです。そしてその命と自由は主イエスの命と自由なのです。
 神様は主イエスの地上の生涯と十字架の死による人類の罪の贖いによって、同時にイエスの復活によって、命と自由が御言葉を実行する者の中で働くように「すで」に定めておられます。従って、人は皆主イエスの言葉を信じれば、御言葉を実行できるし、実行しなければなりません。
 このような者たちは御言葉の実を豊かに結びます。但し、人によって、30倍、60倍、100倍の違いがありますが、それは譬え話の中での事柄であり、御言葉はそれを受け入れ、それに従って生きる者たちには、例外なく豊かな稔りをもたらします。
 もし稔りをもたらさない者がいるとすれば、それは主イエスを信じない者、あるいは信じてもこの世のことが主イエスの命令より大切に思い、主イエスの命令をなおざりにする者です。そのような信仰者は、信仰が休眠状態であり、信仰者に既に与えられている主イエスの命に生きようとしないからです。
 それゆえ、信仰者は神の命令に喜んで従うことが大切です。そう言う人たちの信仰は常に生き生きとしています。神が命令を出されるのは、命令を実行する力を「既に与えられている」からです。
 同時に、信仰者が恵み深い神に全幅の信頼をもって祈ることを神は求めておられます。それゆえ、「祈りつつ、御言葉を実践する者」は豊かな実を結ぶことができます。
 最後に、主キリストを通して到来した「神の国」は、現実に人間を生かすキリストの生命と自由とが溢れ出る「場所」であります。
 再び種蒔きの譬えに戻りますと、クリスチャンがこのようにして、福音を証し、福音を語ることによって、神の国は世界の中に広がっていくことが重要視されているのです。クリスチャンは福音の証人となることが命じられています。
 今や御言葉を語られた主イエスは復活してわたしたちと出会うとき、「聖霊」を与えられます。正に「聖霊の働き」が主イエスに対する「信仰」を与え、イエスの言葉を実践するクリスチャンに「祈りと決断と行動」を与えるのです。また聖霊の働きがクリスチャンに「福音を語らせる」のです。
 それゆえ、これらすべてのことが主イエスの支配される神の国の現実です。このようにわたしたちは主イエスの恵みを日々体験し、知って、常に神様を賛美する者たちです。



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