2015-08-02(Sun)

共に生きる 2015年8月2日の礼拝メッセージ

共に生きる
中山弘隆牧師

 何をもって、わたしは主の御前に出で、いと高き神にぬかずくべきか。焼き尽くす献げ物として、当歳の子牛をもって御前に出るべきか。主は喜ばれるだろうか、幾千の雄羊、幾万の油の流れを。わが咎を償うために長子を、自分の罪のために胎の実をささげるべきか。人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。
ミカ書6章6~8節


 キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。 このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。
フィリピの信徒への手紙2章6~11節


(1)平和聖日の意義
 日本キリスト教団では本日の礼拝を平和聖日礼拝と定め、平和のために祈る日としています。
 教団は、『戦後70年に当たって平和を求める祈り』と題した文章を諸教会に配布して、祈ることを勧めています。
 「わたしたちは、世界の主なる神に祈ります。
 わたしたちは戦後70年に当たって、アジア・太平洋戦争の時、日本の戦争遂行に協力し、多くのアジア諸国の民に多大の苦しみを与えたことを悔い改め、二度と同じ過ちを犯すことがないために、真の平和を造り出す知恵と力を与えてくださるように、今この時、神の憐れみと導きを祈り願います。
 今、日本の国民が集団的自衛権は憲法違反であると懸念しているにもかかわらず、国民の声に耳を貸さない政治家たちが謙虚になること、また政府は選挙による国民の委託を受けて、行政を行っていることを自覚し、国民に仕える心が与えられることを祈ります。
 多くの重荷を負わされている沖縄の人々の呻きや痛みを顧みない政治家が、異なる意見を真摯に聞く心が与えられることを祈ります。
 またわたしたちは自分だけが良ければよいとする思いで、政治や人権に無理解・無関心となっていたことを悔い改めます。他者の痛みや嘆きを自分のものとして受け止める心を与えて下さい。
 平和の君イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」

 世界第二次戦争の終結以来すでに70年が経過し、その期間日本は平和を享受し、経済的に発展することができました。しかし、近隣諸国との相互理解と信頼による共存はできていません。従って本当の意味で平和は確立しているとは言えません。
 日本は自国の利益を最優先する政策に固執し、アメリカとの軍事同盟を強化し、日本の安全を確保しようとしています。国家間の紛争を武力によって解決する戦争を禁じる平和憲法のもとでも、自衛のための戦いと最小限の軍隊は認められるとして、自衛隊を維持して来ましたが、その装備と戦力は次第に強化され、アメリカに次ぐ高度な戦闘能力を備えています。それでも、最近は中国の軍備拡大により、日本の安全が脅かされているとして、アメリカその他の諸国との集団的自衛権を行使するための法案を提出し、与党が多数を占める衆議院で、法案を成立させ、参議院に送付し、参議院でも成立させようとしています。
 この根底に潜む長期目標は日本がアメリカ合衆国の同盟国として中国を封じ込め、世界の覇権を掌握することです。このような方向に日本が走り出すことが安倍内閣の積極的平和主義であり、戦後レジームからの脱却であり、明治の建国から太平洋戦争による国家の滅亡まで続いた日本帝国を再び取り戻すというのが本音です。
 それゆえ、安倍内閣の暴走に危惧の念を抱く良心的な市民の声が次第に強くなっています。幾多の大学でも有志の会が声明をネット上で出しています。例えば、京都大学有志の会の声明文が朝日新聞の記事で紹介されました。
 「戦争は、防衛を名目に始まる。戦争は、兵器産業に富をもたらす。戦争は、すぐに制御が効かなくなる。戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。戦争は、兵士だけでなく、老人や子供にも災いをもたらす。戦争は、人々の肢体だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。精神は、操作の対象物ではない。命は、誰かの持ち駒ではない。血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、知性を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。生きる場所と考える自由を守り、創るために、わたしたちはまず、思い上がった権力にくさびを打ち込まなくてはならない。」(自由と平和を守る京大有志の会)
 このように、国家の存亡は経済力、軍事力、国民の支持と言うだけで決まる訳ではありません。もっと広く、もっと深く、もっと人間性に根差した、世界に共通する道義、真理、見識が歴史の流れの根底で力を発揮しています。
 このことを日本は未だ本当に学んでいないことが、今日の最大の危機です。
 しかし、人間は罪深い者であり、自国を防衛するために戦力を増強する必要があるのだと華々しく、様々な方法で宣伝し、国民を戦争の方向へと強引に引っ張って行こうとしています。そのような罪深い民族と国家の歩みに対して神は審判を下し、侵略戦争を行なった国、世界の覇権を目指した国は滅びます。同時に生き残った国民には新しい国家が与えられます。神の歴史支配はこのことの繰り返しとして、古代から今日に至っています。
 それゆえ、クリスチャンは人類に対する神の恵みと神の主権の証人としての使命が与えられています。

(2)主イエスの主権とその証人
 クリスチャンの中に信仰と政治とは別問題であると考えている人が多くいます。「政教分離の原則」により、政治の問題を教会の中に持ち込み、クリスチャンの間に意見の対立や論争を持ち込んではいけないと主張する人々がいます。同じクリスチャンであってもそれぞれの考えによって、支持する政党を選べばよいと言います。
 これらの考え方は、「民主主義国家」では、ある面で正しいのですが、ある面で間違っています。その原因は聖書の信仰の特質にあります。聖書で啓示されている神は天地万物の創造者であり、人類の救済者として、「世界万民の主」であるからです。
 イザヤ書43章10~11節で、主は次のように仰せになっています。
 「わたしの証人はあなたたち、わたしが選んだわたしの僕だ、と主は言われる。あなたたちはわたしを知り、信じ、理解するであろう。わたしこそ主、わたしの前に神は造られず、わたしの後にも存在しないことを。わたし、わたしが主である。わたしの他に救い主はいない。」
 このように唯一の神であり、創造者であり、救い主である神を「主」と呼びます。主と言う名称は「神が主権者である」と言う意味です。 
 なぜならば、人間は神の意志を実行するとき、本当の意味で生きることができるからです。実に主は人間の「命の泉」なのです。
 それゆえ主は神として人間の歴史の中に働き、ご自身の目的を歴史の中で実現されます。このように偉大な力ある生ける神です。
 それゆえ「聖なる神」であり、人間の考えを越えて存在し、働いておられる方で、本質的に人間の目には見えない方です。
 しかし、他方で「御言葉」をもって語り、「聖霊」を通してご自身の意志を人間に知らせられる方です。同時に御言葉を通して働き、ご自身の意志を歴史の中で実現される方です。それゆえ人間は歴史を通して「神の働き」を体験し、神を知ることができるのです。
 ところで「神の主権の証人」は、神によって救われた「神の民」です。なぜなら、彼らだけが神の主権は「人類全体」にとって「無限の恵み」であることを知っているからです。
 従いまして旧約聖書は、終わりの日に神の救いが実現することと、救われる民が神の主権の証人となることを預言していましたが、今や神の約束は主イエス・キリストの到来により実現しました。その結果、「キリスト教会」が神の救いと主権の証人として立てられているのです。
 実に預言の実現を新約聖書は次にように証言しています。
 「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じものになられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」(フィリピ2:6~11)
 今や主イエス・キリストは復活し、父なる神の右に座し、人間の目には見えない神として、人間の人格と生活全体の中に臨在し、主権者として働いておられます。
 つまり、主イエスは聖霊を通してご自身の義と命を人間に与えることによって、人間が神の主権を告白し、神に感謝し、喜んで、自ら進んで従うことを可能されたのです。それゆえ主イエスの証人はキリスト教会であり、教会に連なるクリスチャンなのです。
 要するに、キリスト教会は「最初から」、「イエスは主である」と告白し、主イエスが天地万物の主として、「教会と国家」の主権者であることを信じ、キリストの救いを告げる福音を宣教してきました。
 他方、国家や社会に対する神の主権の証人の務めは、すでに旧約聖書の預言者たちが果たして来ましたので、キリスト教会は国家に対しては旧約聖書の預言者の務めを継承しなければなりません。

(3)旧約聖書の預言者の働き
 預言者ミカは次のように言いました。
 「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。」(ミカ6:8)
 それでは社会や国家の営みにおいて、「正義を行う」とはどういうことでしょうか。それは人間が実行すべき「愛の業」を道徳あるいは社会倫理の領域で、具体的に示している「モーセの十戒」(出エジプト記20:13~17)を実行することです。
 「人を殺してはならない、人のものを盗んではならない、偽証してはならない、貪ってはならない。」ということを社会生活の面に適用すれば、正義を実行すると言うことになります。
 人を殺したり、人のものを盗んだり、偽ったり、貪ったりすることが犯罪であることは明らかです。
 他方、社会や国家の中で制度や法律によって、有力者や富める者のグループが自分たちの利益を追求し、合法的に弱い立場の人たちの生活が無視され、犠牲にされるとき、それが不正義の罪なのです。その最も不義なる行為は、侵略戦争です。
 日本は昭和の初め、現在の中国の東北地方である「満州」を「日本の生命線」として重視していました。日露戦争によって得た「満州の利権」を守ると言う名目で、中国の軍閥が支配していた満州を「日本の生命線の防衛」であると偽りの正義を掲げて、始めた満州事変は、日本が世界から孤立する要因となりました。しかし一旦始めた戦争は手を引くことができず戦線拡大の一路を辿り、遂に「天皇制」の「日本帝国」は破滅しました。
 他方、戦争を回避するためにはどうすればよいか。それは神の求められる正義を実行することです。貧富の格差が生じた場合、それを調整し、貧しい人たちに富を還元するならば、貧しくても明るく生きられるようになります。多少の格差は残るにしても、すべての人が生命を維持できれば、それが正義です。当然、経済大国、軍事大国による繁栄の道ではなく、慎ましい国家が強いられる忍耐の時を歩むことです。
 しかしここで留意すべき点は、正義の業が実行可能となるのは、歴史の主権者である神に対する「畏敬の念」が必要です。
 なぜならば、人間が歴史の流れを支配することは絶対にできないからです。人間が支配するには、歴史を動かしている要素が、あまりにも多く多様で、解決の困難な問題と未知の原因が複雑に絡まっているからです。それができるのは主である「神のみ」です。
 しかし国家や民族の存亡に直接関係する外交や軍事の領域で、国家が神の支配を信じない時にはどうなるでしょうか。そのため軍備を増大し、頼りになる国と同盟を結んだりします。しかし、そのような方策によって危機を打開することは不可能です。
 預言者イザヤは次のように、動揺し、混乱しているユダ国家に対して、エジプトとの同盟に走らず、主を信じて静かにしていることを勧告しました。
 「まことに、イスラエルの聖なる方、わが主なる神は、こう言われた。『お前たちは、立ち帰って、静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある』と。しかし、お前たちはそれを望まなかった。」(イザヤ30:15)
 次に、神の主権を信じる時、他の国家に対する見方が、主の主権を信じない時とは全く違って来ます。すなわち、この世界では、他の国家も世界の構成メンバーとして、自分たちの国家と同じ権利があることを、公正に認めるようになります。
 これが国家間の対立や戦争を防止する正しい視点です。その視点はキリストの命令に聞くことによって与えられます。キリストは「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」と命じられました。この命令は近隣諸国を隣人の国家と見る視点を与えます。神はわたしたちが隣人を自分のように愛し、隣人と共に生きることを望んでおられるのと同様に、隣人の国家を自分の国家と同様に尊重し、その主権と領土を犯すことなく、共存することを命じておられます。
 たとえ、国家が自己を絶対化して、人間の良心に基づいた発言や行動を弾圧しても、神の主権に立ち向かうことはできません。
 「へりくだって神と共に歩む」こと、これが平和と命の道を切り開く唯一の方法です。



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