2015-05-24(Sun)

聖霊と教会 2015年5月24日ペンテコステ礼拝メッセージ

聖霊と教会
中山弘隆牧師

 そして今、わたしの僕ヤコブよ、わたしの選んだイスラエルよ、聞け。あなたを造り、母の胎内に形づくり、あなたを助ける主は、こう言われる。恐れるな、わたしの僕ヤコブよ。わたしの選んだエシュルンよ。わたしは乾いている地に水を注ぎ、乾いた土地に流れを与える。あなたの子孫にわたしの霊を注ぎ、あなたの末にわたしの祝福を与える。彼らは草の生い茂る中に芽生え、水のほとりの柳のように育つ。ある者は「わたしは主のもの」と言い、ある者はヤコブの名を名乗り、またある者は手に「主のもの」と記し、「イスラエル」をその名とする。
イザヤ書44章1~5節


 「初めからこれらのことを言わなかったのは、わたしがあなたがたと一緒にいたからである。今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」
ヨハネによる福音書16章4b~15節 
 

(1)ペンテコステの日の出来事
 本日、わたしたちは聖霊降臨日(ペンテコステ)の礼拝を守っています。ペンテコステとはキリストの使徒たちが、聖霊に満たされて、キリストの救いを宣教した最初の日です。
 ところで、旧約聖書では、三つの祭りの日が決められていました。それは「過ぎ越しの祭り」、「七週の祭り」、「仮庵の祭り」です。それらの日が近づくと神殿で礼拝をするために、巡礼者が各地からエルサレムに集まって来ました。
 特に、過ぎ越しの祭りは一番大切な祭りで、ちょうどその日はキリストが十字架の死による人類の罪の贖いを全うし、三日目に死人の中から復活された日でした。それゆえ、キリスト教ではその日をイースターと呼び、それ以来一番大切な礼拝の日となりました。
 次に旧約聖書では過ぎ越しの祭りから数えて50日目に当たる七週の祭りがありました。それは小麦の収穫が始まる日の祭りでした。キリスト教ではイースターの日から数えて、50日目に相当しますので、その日をペンテコステと呼んでいます。ペンテコステとは50日目という意味です。正に、その日が聖霊降臨日なのです。
 このように、ペンテコステの日に聖霊が降臨しましたので、ちょうど七週の祭りのためエルサレムに集まっていた多くの巡礼者たちは、使徒たちがキリストの救いを聖霊の力をもって宣教しているのに出会いました。その様子が使徒言行録2章に記されています。

 使徒たちを代表して、ペトロが説教していますが、彼はまず聖霊の降臨の事実を指摘しました。
 続いて、ペトロは神の救いが神の御子イエス・キリストの生涯と特に十字架の死と復活、そしてキリストが神の右の座に着かれたことにより、達成されたことを語りました。そしてキリストによる人類の救いの達成の結果、聖霊が教会に与えられたと告げました。
 使徒言行録2:32~33で次にように言っています。
 「神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今そのことを見聞きしているのです。」
 さらに2:36で、神は神の御子イエスの十字架の死と復活によって人類の救いを実現し、人類の「救い主」とされたと宣言しました。
 「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主(万物の主権者)とし、またメシア(救い主・キリスト)となさったのです。」
 そして、最後に悔い改めて、キリストを信じ、洗礼を受け、教会に属するならば、キリストの救いに入れられ、聖霊が与えられると言って、キリストに対する信仰を促しています。
 「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」(2:38~39)
 この福音の言葉を信じ、洗礼を受けて、約3千人の人たちがキリスト教会に加わりました。これがペンテコステの日に起こった出来事です。
 この出来事の真相は、救い主である主イエス・キリストご自身が使徒たちの語る福音の宣教を通して、信じる者をご自身の民として招かれたことなのです。
 言葉を変えて言えば、ペンテコステの日は小麦の収穫の始まりでありますが、救い主であるキリストがご自身の地上の生涯と十字架の死と、復活と天に上げられたことにより、実現された「救いの実りの収穫」が開始した日なのです。

(2)使徒と使徒的教会
 次に、キリストが選ばれた使徒たちの使命について、聖書はこのように語っています。先ずマルコによる福音書3:13~16に記されています。
 「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。」
 使徒と言う名称は、「遣わされた者」という意味です。何の目的で遣わされるかと言えば、それは彼らがイエス・キリストの生涯において実現した神の救いを証言するためです。さらに彼らの証言を通して、キリストご自身が彼らの語る証言を聴く人たちと出会い、キリストがその場に働き、神の救いを与えられるためです。
 従いまして、使徒たちに与えられた使命は、イエスのそばに絶えずいて、イエスと行動を共にし、イエスの言葉と行いをしっかりと記憶し、そして神がイエスを通して働かれること、さらにイエスが誰であるかを知ることでした。
 なぜならば、人類に救いを与える神の行為は、神の御子が人間となって、この世界に派遣され、父なる神の意志に徹底的に従い、十字架の死によって人類の罪を贖うことであったからです。
 この神の救いの行為はイエス・キリストの地上における一回限りの出来事であります。それゆえ、神の言葉としての新約聖書の内容は、使徒たちがキリストの証人として語った言葉が中心的な部分を占めています。
 その他の新約聖書の内容も、使徒たちの働きと決して無関係ではありません。それは使徒たちの働きによって形成された使徒的な教会の証言が新約聖書の内容となっているからです。
 ともかく新約聖書が神の言葉として完結している理由は使徒たちの証言が完結しているからです。そういう意味で、使徒たちの使命は人類の救いにとって決定的な役割を持っています。
 他方、福音書を読めばよく分かりますが、キリストに選ばれた使徒たちや弟子たちは、キリストが語り、教え、行動されたその深い意味、そしてキリストと共に神が働かれたことの本当の意味をまだ十分には理解していなかったのです。つまり、キリストの十字架の死の意味を使徒たちはまだ悟っていなかったのです。最後にそれが分かったのは、キリストが復活されたときです。
 それゆえ、使徒でありながら、キリストを裏切ったユダの補充として、弟子たちの中から一人を選び、使徒たちの仲間に加える必要に迫られました。そのとき使徒ペトロは使徒言行録1:21~22で次にように言いました。
 「主イエスがわたしたちと共に生活された間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中から誰か一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人となるべきです。」
 それではなぜ「復活の証人」が必要かと言えば、人類の救いは十字架について人類の罪を贖われたイエス・キリストが復活されたことの中にあるからです。キリストが復活されたことにより、キリストを信じる者は誰でも、地上の信仰生活の中で、復活のキリストが持っておられる永遠の命を与えられ、神の御前に生きるからです。
 さらに、キリストが復活されたことにより、最後の日に、つまりキリストが再臨される日に、人間は死人の中から復活させられるのです。そのことによって、神の国に入れられ、永遠に生きるのです。 
 以上の二点で、キリストの復活は人間の救いの決定的要素です。
 さらに、使徒たちが復活のキリストから、キリストの福音を宣教するため、この世界に派遣される準備として、聖霊を受ける必要がありました。
 ところで、聖霊の所有者は父なる神と神の御子が人間となったイエス・キリストです。先ず、イエス・キリストが聖霊の所有者であることは、キリストが神の権威をもって罪の赦しを語られたとき、病気に悩んでいた人の罪が赦され、その印として、長年の病気が癒されました。そのことを通して示されました。
 それを見た人たちはイエスが奇跡を行なわれたと言い、この人は一体どういう方であろうかと、不思議に思い、イエスの人格の神秘を前にして非常に戸惑いました。しかし、それは決して奇跡ではなく、創造的な神の働きがイエスを通してその人を健康にしたのです。 
 言い換えれば、イエスは聖霊の所有者ですからご自身の中にある命を聖霊によって病める人に注がれたのでその人は癒されました。
 このように、キリストの働きと聖霊の働きは不可分離に結びついています。その理由はキリストが聖霊の所有者であるからです。この点は復活されたキリストの場合も同じです。最後の晩餐のとき弟子たちと話されたキリストの教えはこの点を明らかにしています。

(3)聖霊の務め
 それはヨハネによる福音書13~16章によって、イエス・キリストの談話として伝えられています。ヨハネによる福音書16:7でキリストは次のように仰せられました。
 「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたの所に来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたの所に送る。」さらに16:12~13で次のように仰せられました。
 「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて、真理をことごとく悟らせる。」
 ここでキリストは、聖霊を「弁護者」または「真理の霊」と呼び、ご自身が復活し、天に上げられ、神の右の座に着かれたとき、父のもとから聖霊を使徒たちに、そして教会に送る、と仰せられました。 
 弁護者とはギリシャ語でパラクレイトスと言いますが、その意味は「助ける者」、「執成す者」、「励ます者」という意味です。また聖霊は「真理の霊」と呼ばれています。
 ここでキリストは、地上におけるご自身の思いと行動の本当の意味を聖霊が使徒たちに理解させられると言われました。そしてキリストを通して父なる神が達成された救いが何であるかの認識を、聖霊が与えられると言われました。
 さらに、16:14で、「その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。」と仰せられました。
 これらのキリストの言葉から、聖霊はキリストが救いについてやり残された仕事を受け継いで、救いを完成させられる第二の救い主であるというのでは決してないことが分かります。
 キリストは地上の生涯と十字架の死と復活によって、人類の罪を贖い、救いを達成されました。その復活のキリストを父なる神は「救い主」として任命されたのです。さらに復活のキリストを主、言い換えれば万物に対する「神の主権」を持つ者とされました。
 今や復活のキリストは主、すなわち神として働き、人間としての制限を超え、いつでもどこにでも臨在し、使徒たちが聖霊によって宣教する福音の言葉を通して、どんな人々とも出会われるのです。
 さらにキリストは聖霊を与え、聖霊によってキリストを信じる信仰を与えられるのです。そのようして復活のキリストご自身が信じる者たちの心と存在の中に臨在し、働かれるのです。
 正に、この方が「万民の救い主」となられた復活のキリストです。
 その場合、復活のキリストは聖霊を通して、ご自身の思いと命令をわたしたちに知らせられるのです。同時に聖霊が復活のキリストの命をわたしたちに絶えず注ぎ込んでおられます。
 それゆえ、わたしたちは復活の主に従い、救いの道を歩むことができるのです。
 ところで、聖霊は神であり、父なる神、子なる神と同じように、神としてご自身のパーソンを持っておられます。単なる神の力ではありません。ご自身の意志と働きを持っておられる神です
 実にその方が、復活のキリストの思いをわたしたちに知らせ、復活のキリストの命をわたしたち中に注ぎ、わたしたちがキリストの救いの中で、キリストに従うことを可能としてくださるのです。
 もう一つ注意すべき点は、聖霊は御子イエスとは違って、人間の身体をもっておられませんので、聖霊の働きは人間の目に見えないし、人間の感覚で感じられる種類のものではありません。
 しかし、聖霊の働きは現実的で、最も確実で、瞬間的です。この点について人間が詮索する余地は全くありません。信仰者としてわたしたちの取るべき態度は、ただ「聖霊の働きを信じる」こと、そしてキリストの命令を「直ちに実行する」ことのみです。
 キリストの命令を聞いて、わたしたちが互いに愛し合うとき、そこにキリストの臨在と救いが現れています。そのような創造的な働きをキリストは聖霊を通してわたしたちの内にしておられます。
 ここにわたしたちの確信と力と喜びの源泉があります。わたしたちはキリストにおいて、神の救いを受け、聖霊を通して、キリストの命令を聞き、実行することが、わたしたちの感謝と喜びなのです。わたしたちはそのようにして神を賛美する者たちです。



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