2010-05-23(Sun)

聖霊の働き 2010年5月23日ペンテコステ礼拝メッセージ

聖霊の働き
中山弘隆牧師

 わたしが清い水をお前たちの上に振りかけるとき、お前たちは清められる。わたしはお前たちを、すべての汚れとすべての偶像から清める。わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。また、わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる。
エゼキエル書36章25~27節

 今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」 
ヨハネによる福音書16章5~15節

(1)聖霊の降臨
 本日、わたしたちはペンテコステの日に聖霊が教会に降臨したことを記念して礼拝を守っています。ペンテコステとは聖霊降臨日でありますが、その言葉の意味は旧約聖書では五旬祭、すなわち五十日目の祭りという意味です。新約聖書でも、聖霊降臨日は、主イエスの受難の日から数えて50日目に当たりますので、ペンテコステと呼んでいます。最初のペンテコステの日に、約3千人の人たちが主イエスの名によって洗礼を受けました。そう言う意味で、ペンテコステはキリスト教会の誕生の日です。

 死人の中から復活された主イエスは、聖霊が使徒たちに降るときに、彼らは主イエスの証人となり、主イエスの名を世界中に広める務めを果たすようになる、と約束されました。さらに聖霊を受けるまでエルサレムに留まっていなさい、と命じられたのです。このことは、使徒言行録1:8に次のように記されています。
 「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そしてエルサレムばかりでなく、ユダとサマリアの全土で、また地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」
 この約束に基づいて、使徒たちや他の弟子たちは宿泊していた家で、すなわち二階の部屋で、一つの心となって、祈りに専念していました。
 使徒言行録1:14では、「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」と記されています。その結果、ペンテコステの日に、聖霊が彼らの上に降ったのです。
 日本のプロテスタント教会の福音宣教の始めに、ペンテコステのような出来事がありました。それは明治5年3月(1872年)にまだキリスト教の布教は禁止されていましたが、横浜の外人居留地に住んでいた宣教師バラが教えていた英語塾の青年たちの間で起こりました。宣教師たちは毎年、年の初めの1週間、祈祷会を開いて日本の救いのために熱心に祈っていたのを、見た学生たちが非常に感動してバラ宣教師に日本人の祈祷会を開くように懇願したのでした。その祈祷会において、バラ宣教師は使徒言行録をテキストに選び、ペンテコステの箇所を説明しました。そこに約30人が集まり、これまで祈ったことのない青年たちが祈り出しました。すると彼らは次々に祈り、ある者は感極まって泣き、ある者は叫ぶようにして祈ったと言うことです。この祈祷会は2月2日から一ヶ月続きました。その結果、3月10日にその中から9人が洗礼を受けることになり、すでに洗礼を受けていた2人を加えて、そこに日本最初のプロテスタント教会であります日本基督公会が誕生しました。公会とは教派を越えた普遍的なキリスト教会という意味です。その公会は現在の横浜海岸教会の前身であります。

(2)今日における聖霊の働き
 次に、それでは聖霊は今日の教会の中で、そして教会に連なるクリスチャンの中で、どのように働いているのでしょうか。
 先ず、聖霊は神です。父・子・聖霊の三位一体の神様です。従いまして、神の御子が人間となられた主イエスとは異なり、聖霊は身体を持たず、人の目には見えない方です。神様は人間や世界とは絶対的に異質であり、無限の力を持ち、世界や人の思いを遥かに越えて働かれる霊であります。旧約聖書では、人間は神を見ることはできないと教えています。神を見た人は生きていることはできないと恐れられていました。従いまして聖霊は神の力を持って働く方でありますから、神様がこの世界と人間を創造されたとき、神様は聖霊の力によって創造の業を実現されたのです。そして今日もこの世界は聖霊の働きによって存続しています。
 しかし、神様はご自身の性質である愛によって人間を創造されましたとき、人間を神様ご自身との交わりに入れることを欲しておられました。それは聖霊が人間の良心、人格の中に臨在されることによって可能となる神と人との交わりです。
今や神の永遠の目的がペンテコステの日に実現したのです。そしてわたしたちは主イエス・キリストを信じて聖霊を受けたことによって、この世界の中で、生まれながらの自然的な人間として生活していましても、これまで決して経験したことのない神様との人格的な交わりを持つようになりました。そして霊的な命が働き、この世界よりも高い、超自然的な秩序に属して生きる者となったのです。わたしたちは自然的な秩序であるアダムの子孫でありますが、キリストと結ばれたことにより、超自然的な秩序の中に入れられたのです。実にこの事態こそ、人類に対する神の救いが最終的な段階に達し、神が約束しておられた預言が実現した、と言えるのです。
 旧約聖書を見ますと、イザヤ、エレミヤ、エゼキエル等の預言者たちが「主の日」が到来すると「神の救い」が実現する、と預言しています。エゼキエル書36章26から27節に次にように記されています。
 「わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。また、わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる。」
 ここには二つの事柄が預言されています。一つは、人間を新しい人間として再創造することです。つまり新しい心、新しい霊を与えるということは、新しい人間の創造です。正に、このことはわたしたちが聖霊を受けたことにより、主イエス・キリストと結ばれましたので、実現しました。この点を、使徒パウロはコリントの信徒への手紙二、5:18で説明しています。
 「キリストと結ばれる人は、だれでも、新しく創造された者なのです。」
そしてわたしたちに新しい心と新しい霊が与えられたことについて、パウロはコリントの信徒への手紙一、2:16の後半で、このように言っています。
「しかし、わたしたちはキリストの思いを抱いています。」
これは、わたしたちの新しい心と新しい霊の中に、キリストの思いが働いていると言う現実です。
次に、エゼキエルの預言のもう一つの点は、聖霊の授与です。 
「また、わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる。」
ここで、神様はわたしの霊を人間の中に置くと仰せられました。神様の霊とは聖霊のことです。
これはどういう事態かと申しますと、イスラエルの民と神との古い契約における古い関係がキリスト教会と神との新しい契約における新しい関係によって置き換えられることなのです。  
古い関係において、イスラエルの民は、神に対して忠実であることを決して学ぶことはできませんでした。それはイスラエルに対する神の意志である律法が文字としてだけ示されていましたので、彼らはパーソンとしての神に出会っていませんでした。その結果、生ける人格的存在である神の意志を理解できなかったのです。それゆえ、イスラエルの民は律法を外面的にだけしか守りませんでした。それしかできなかったのです。
他方、それとは対照的にクリスチャンの心に聖霊が与えられたとき、クリスチャンはパーソンとしての神と出会い、生ける神ご自身が御心をクリスチャンに示されるので、自然的人間の心の頑なと利己的思いを捨て、神の意志を理解するのです。そして心から感謝をもって、実行することを熱望します。そこで神様は実行する力を聖霊によって与えらますので、クリスチャンは喜んで自ら進んで実行するようになります。
このように、旧約聖書で神が「終わりの日」に与えると約束されていた聖霊の働きの本領は、人間に示されている神の律法を神の人格的な意志として理解させ、律法が要求している道徳と信仰を実行させる力であります。すなわち、道徳的力であり、霊的生命であります。従いまして、奇跡を行ったり、異言を語ったりすることは、聖霊の働きの奔流ではなく、奔流の表面に現れる泡のようなものです。あくまでも聖霊の働きの奔流は道徳的力であり、霊的生命であります。言い換えれば人間の心と行動の中に神の愛を働かせることであります。
このことは神様が、先ず主イエス・キリストの中で実現してくださいました。すなわち、地上における主イエスの生涯の中で、主イエスの人格と言葉と行為との中で、特に主イエスの十字架の死と復活の中に達成してくださいました。
しかし、主イエスが達成してくださった神の無尽蔵の恵みは、主イエスの中に保存されているだけでは、まだわたしたち人間の側には働きません。わたしたちの人格の中に、わたしたちの実存の中に働くためには、聖霊がわたしたちに授与されることが必要であったのです。
それゆえ、主イエスはこの事態が生起する前に弟子たちに教えられました。この点に関して、ヨハネによる福音書16:7~8で、はっきりと示されています。
「しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたのところには来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。」
弁護者とは聖霊のことです。また聖霊は真理の霊とも呼ばれています。「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。」(15:26)
従って主イエスが復活し、神の右に上げられ、天地の支配者になられましたので、その結果、聖霊が父と子とから、教会に、そして教会に属する一人一人のクリスチャンに与えられたのです。このことを別の視点から見れば、復活の主イエスが聖霊によって、クリスチャンの心の中に、人格の中に臨在され、働かれる以前は、神の御子イエスはまだ完全な意味では救い主ではなかったのです。聖霊を通して、復活の主イエスが人間の中に臨在されるようになりましたとき、この時に主イエスは名実ともに救い主、主イエス・キリストとなられたのです。
それゆえに、ペンテコステの日に主イエスの福音を聖霊の力によって語ったペテロの宣教は、この点を明らかにしています。
「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシア(救い主)となさったのです。」(使徒言行録2:36)
これは神様が主イエスを復活させ、救い主の地位に任命されたと言う意味です。さらに、ペトロは主イエス・キリストの名のほかには救いはないと宣言しています。
 「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」(使徒言行録4:12)
 実に主イエス・キリストの名とは、生ける現実であり、聖霊を通して信仰者の心の中に働き、信仰者と人格的に対面される主イエス・キリストであります。
 また、聖霊は天地の支配者である主イエス・キリストをクリスチャンの中に臨在させ、働かせるので、「キリストの霊」と呼ばれています。また聖霊は父・子・聖霊の神をクリスチャンの中に臨在させ、神との人格的な交わりをあたえるので、「神の霊」と呼ばれています。
 「神の霊があなたがたの中に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。キリストがあなたがたの内におられるならば、体は罪によって死んでいても、霊は義によって命となっています。」(ローマ8:9~10)

(3)聖霊と福音の宣教 
 最後に、聖霊の働きについて、聖霊は主イエス・キリストの福音の宣教と密接に関係しています。主イエスが唯一の救い主として述べ伝えられるところに、聖霊は働くのです。聖霊は福音を大胆に語らせる神の力であります。
 また、聖霊は福音が語られるとき、主イエスを信じる信仰を引き起こします。主イエスに対する信仰を人間の心の中に与えるものは聖霊の働きなのです。このことこそ、聖霊が行う奇跡であります。聖霊によってのみ、人は十字架について人間の罪を贖い、復活してご自身の義と霊的生命を人間に与えられる主イエスを信じることが可能となるのです。
 その聖霊がペンテコステ以来、キリスト教会に与えられています。そして主イエス・キリストを信じる者の中に与えられています。聖霊は主イエス・キリストの霊的生命をわたしたちの心の中に絶えず湧き出させるのです。聖霊は終わりの日にわたしたちを復活させ、主イエスの救いを完成させられます。そう言う意味で、聖霊はわたしたちの弁護者であり、慰め主であります。




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