2014-12-28(Sun)

山辺に向かいて 2014年12月28日の礼拝メッセージ

山辺に向かいて
中山弘隆牧師

 目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る、天地を造られた主のもとから。どうか、主があなたを助けて、足がよろめかないようにし、まどろむことなく見守ってくださるように。見よ、イスラエルを見守る方は、まどろむことなく、眠ることもない。主はあなたを見守る方、あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。昼、太陽はあなたを撃つことがなく、夜、月もあなたを撃つことがない。主がすべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を見守ってくださるように。あなたの出で立つのも帰るのも、主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。
詩篇121編1~8節


 こういうわけで、わたしたちは、憐れみを受けた者としてこの務めをゆだねられているのですから、落胆しません。かえって、卑劣な隠れた行いを捨て、悪賢く歩まず、神の言葉を曲げず、真理を明らかにすることにより、神の御前で自分自身をすべての人の良心にゆだねます。わたしたちの福音に覆いが掛かっているとするなら、それは、滅びの道をたどる人々に対して覆われているのです。この世の神が、信じようとはしないこの人々の心の目をくらまし、神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにしたのです。わたしたちは、自分自身を宣べ伝えるのではなく、主であるイエス・キリストを宣べ伝えています。わたしたち自身は、イエスのためにあなたがたに仕える僕なのです。「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。
コリントの信徒への手紙二 4章1~10節


(1)巡礼の歌
 この歌は小見出しに「都に上る歌」とありますように、遠くの地に離散していたイスラエルの民がエルサレム神殿で礼拝するため、グループを作って巡礼してくるときに、歌われた詩編であると見られています。
 この歌は二手に分かれて交互に歌うという形式になっており、リーダーが1、2節にありますように「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ、わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る。天地を造られた主のもとから。」と歌い始めると、それに対して、他の者たちが3節の「どうか主があなたを助けて、足がよろめかないようにし、まどろむことなく見守ってくださるように。」と応答します。このように巡礼者たちは交互に歌いながら、旅を続けたものと思われます。
 砂漠や乾燥地帯を越えてくることは大変な苦労です。足の痛みや体力の消耗、その結果、病気になることがあります。さらに思わぬ事故に遭うことがありますので、巡礼の旅はなかなか順調には行きませんでした。しかし、そのような危険を冒してまでも、世界各地に離散していたユダヤ人が、エルサレムの神殿に集まってきました。それはエルサレムに来て神を礼拝するということが、彼らの人生の中で最大目標、最大の喜びであったからです。
 なぜならば、神殿の礼拝において、祭司の献げる犠牲によって、礼拝者たちは自分の罪が赦され、神の栄光と力を仰ぎ、神の恵みを授与され、神を賛美しました。同時にその恵みの中で彼らは神に従う生活を神から約束されました。正にその生活が神と共に歩む人生であり、人間の最高の喜びであるからです。
 尚、この詩編が作られた背景には、作者の一つの体験があったと思われます。野宿する場合、巡礼者の財産を狙って襲撃してくる略奪隊から身を守るため、近くの山の上に一人の見張りを立てて夜通し警戒に当たらせました。
 きっと作者が夕方自分のテントに入る前に、見張りが立っている山の方をみると、不思議なことに見張りの傍に、もう一人の見張りが立っているのが見えたのです。そのとき、神が自分たちと共にいて下さり、自分たちを見守っておられるのだ、と強く感じました。それは一つの霊感であったと言えましょう。そのような体験が背後にあって、天地を造られた主が、われわれの巡礼の旅を守り導いておられるのだ、という確信が与えられたのです。
 多くの困難や危険が潜んでいる巡礼の途上で、「わたしの助けはどこから来るのか」ということは、巡礼者一人一人の切実な思いであります。そのような思いをもって、巡礼者たちは山々を仰ぎ見たのでありましょう。行く手に見える幾つかの山々を越えて行かなければならないのですが、その旅路を守る助けはどこから与えられるのかという問いです。その答えが、天地を作られた主にあります。
 「天地万物の創造者である神」が、「わたしこそあなたを守る者である」と答えられたのです。このことがこの詩編の信仰告白の中心です。
 3節で、「どうか主があなたを助け、足がよろめかないように、まどろむことなく見守って下さるように」と歌っているのは、天地の創造者である神の力に対する信仰の告白と神の助けの祈願であります。神が守ってくださる方であればこそ、神に助けを祈るのです。
また5節で、「主はあなたを見守る方、あなたを覆う影、あなたの右にいます方。」という告白がされています。
 これは神が巡礼者たちを「覆う影となり」、昼は強い太陽の光線から身を守り、夜は人の心に悪い影響を与える月の光から守って下さる方であるという神への信頼の表明です。
 砂漠では紫外線が強くて、日射病や皮膚ガンの原因になります。また、古代では月の光がテンカンの原因であると考えられていました。これは古代人の単なる想像による心配事でありますが、たとえどのような危険であろうとも、「すべての危険」を神が防いで下さる、ということが彼らに慰めと力を与えたのです。ここに聖書の信仰の特徴が良く現れています。
 それから、聖書で「右」と言います場合に、それは力の座を意味します。ここで信仰者の右に主がいますということは、「主が信仰者の力」となってくださるという確信を表しています。わたしたち自身は極めて弱い存在でありますが、神がわたしたちの力となって下さるので、「わたしたちに恐れはない」という確固とした告白です。
 このような聖書の信仰は、信仰者に絶えず心の平安と勇気とを与えます。その理由は「天地の創造者である神が恵み深い父なる神である」からです。万物の創造者である神が巡礼者たちを守られるならば、いかなる被造物も彼らを害することはできないのです。
彼らの旅路において、彼らを覆う影となり、彼らの右手となり、彼らから「すべての災いを遠ざけ」、その「出で立つのも帰るのも守って下さる」のであります。
 信仰者は自分が極めて弱い存在でしかなく、自分を取り巻く環境の中に目に見えない多くの危険が潜伏していても、天地の創造者なる神が共にいてくださることを確信できるときに、このような勇気と力が与えられるのです。巡礼者たちはこのことを「強く心に受け止めながら」、この詩編を歌うとき、どれほど神に対して深い感謝と信頼を感じ、喜びと慰めに満たされたことでありましょうか。
 パウロはコロサイの信徒への手紙3章16節で「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。」と奨励しています。
 それは神が恵み深い、憐み深い方であることを信じ、賛美の歌をもって神を崇めることが、神と共に歩むことの中で、大いなる慰めと霊的な力を受ける機会となります。このようにクリスチャンが集まるとき、讃美歌を歌って神から霊的な力を受けるのです。
 エルサレムで礼拝するため巡礼の旅に出た人たちは、121篇の最後の節8節で、「あなたの出で立つのも帰るのも、主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。」と歌い、祈願しています。
 これは巡礼のことだけでなく、わたしたちの人生は幾つかの山を越えて行かなければなりません。その都度わたしたちの身の振り方、出所進退を誤らないことが大切です。そのような出所進退を繰り返して人生を進んで行くとき、神が「今も、そして永久に、見守ってくださるように。」と、この巡礼の歌は歌っています。
 実に、これは人生そのものが巡礼であることを意味します。しかも、この旅路に主イエスが先頭に立って進んで行かれるのです。
 「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、誰も父のもとに行くことができない。」と主イエスは仰せになっています(ヨハネ14:6)。
 主イエスから幾多の困難や試練を乗り越える霊的な力を受けつつ歩む巡礼の旅路は、それゆえ慰めと希望と確信に満ちています。わたしたちの巡礼の終着点は、天国において、神と出会い、主イエスを通して、神を見て、わたしたちに救いを与えられた神を賛美することです。

(2)聖書の神
 聖書の信仰は、神は天地万物の創造者であり、人間の世界と歴史の唯一の支配者であるということです。神は御自身の意志と力とを持って行動される真理と愛と義と命との所有者であります。
 それゆえ、神がご自身の目的を実現されることが人間と世界、そして天地万物によって最も幸いであります。
 預言者イザヤは次のように神の言葉を語りました。
 「あなたはこの民が同盟と呼ぶものを、何一つ恐れてはならない。万軍の主のみ聖とせよ。あなたたちが畏るべき方は主。御前におののくべき方は主。」(イザヤ8:12)
 また預言者ミカも次のように神の言葉を語りました。
 「人よ、何が善であり、主がお前に求めておられることは、お前に告げられている。正義を行ない、慈しみを愛し、謙って神と共に歩むこと、これである。」(ミカ6:8)
 このように聖書の神は御自身の意志を神の言葉をもって民に語り、その言葉を歴史の流れの中で実現される方であります。
 従って、人間が自分たちの目的をもって、自分たちの力でそれを実行することが人間に真の幸いをもたらすのでなく、人間が神の言葉を聞き、それを実行するとき自分たちが生かされると言うこと体験してきました。この霊的な事実を聖書は実証しているのです。
 今や、旧約聖書の長い時代を経て、約束されてきた神の救いが、神の御子イエス・キリストの到来と、その生涯と、十字架の死による人類の罪の贖いと、死人の中からの復活により、主イエス・キリストの支配が開始されたことにより実現したのです。

(3)十字架こそ仰ぐべき助け
 そこで、わたしたちにとって、仰ぐべき助けはキリストの十字架であります。なぜならば、十字架においてこそ「天地の造り主なる神が我らの助けである」ことが最も明らかに示されているからです。
 神の本質は愛でありますので、罪人が罪のために滅びることを欲せず、神に反抗する罪人をなお愛し続け、罪人が神に喜んで従い、御前に生きる新しい人間になるため、神は行動し、その目的を神の御子イエス・キリストにおいて実現し、人間の救いに関する永遠の決定を下されました。
 御子イエスの行動において、十字架の死によって、神は罪人を罪の責任と罪の力に束縛されている悲惨な状態から解放されました。 従って、御子の死において、神の愛が究極的に啓示されたのです。 
 神は御子の死による人類の罪の贖いの行為と事実とをもって、わたしたち罪人の一人一人に向かって、「わたしはあなたを愛している。あなたはわたしの言葉を実行することによってわたしの前に生きなさい。」と仰せになっているのです。
 世間の多くの人々が神社仏閣に参詣するのは、無病息災、交通安全、商売繁盛、或いは農作物の豊作、漁業の大漁、受験合格、その他諸々の御利益を祈願するためです。そのような視点から宗教を判断している人たちが、一体キリスト教はどんな御利益を与えるのか、と尋ねるでありましょう。
 それに対するキリスト教の答えは、「わたしたちの助けは、天地の造り主から来る」ということと、「人生はキリストに従う場であり、様々な職業はそこでキリストに従う持ち場である」ということです。
 それは、無病息災、商売繁盛という極めて、利己的で低い価値観によるものではありませんが、本当の意味で、わたしたちに職業を通して、社会的な責任を全うさせ、神の御心に従わせ、キリストの命を受けさせ、感謝と喜びと、力と希望を与えるのですから、人間にとってこれ以上の幸いはありません。従ってこれが本当の御利益であると言えます。
 それゆえパウロはコリント人への第二手紙4章7節の箇所で、信仰者は「土の器に宝を納めている」と教えています。
 パウロのいう宝とは主イエスを通して働く神の恵みです。わたしたちは真に小さな被造物であり、しかも神の御心に反する罪深い人間です。そのようなわたしたちが、主イエスの贖罪のゆえに、罪を赦され、わたしたちの中に神の力が働き、神の御心を行うことができるようにされているのです。そのようにして神から与えられた使命を果たす人生を歩むのです。
 実に、使命を果たす力はわたしたちの能力ではなく、神の霊的生命ですから、わたしたちは宝を納めた土の器です。主イエスを通してわたしたちの中に与えられる神御自身の働きこそ、わたしたちの受けるべき宝です。主イエスの働きこそ、わたしたちの相続です。
 このことを感謝し、喜び、歌い、希望をもって、前進して行く人生こそ、クリスチャンの巡礼であります。



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