2014-11-30(Sun)

救い主を待ち望む心 2014年11月30日の礼拝メッセージ

救い主を待ち望む心
江田めぐみ伝道師

 わたしは主に望みをおき、わたしの魂は望みをおき、御言葉を待ち望みます。わたしの魂は主を待ち望みます。見張りが朝を待つにもまして、見張りが朝を待つにもまして。
詩篇130編5~6節


 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た。
ヨハネによる福音書1章1~8節


 詩篇130・5-6節のみ言葉は、「わたしは主に望みをおき/わたしの魂は望みをおき/御言葉を待ちます。わたしの魂は主を待ち望みます/見張りが朝を待つにもまして/見張りが朝を待つにもまして」と記されています。それは、私は心をつくして主を待ち望み、私は主のみ言葉の成就を待ち望みます。わが魂は、見張りの人が明け方を待つにまさって、熱心に主を待ち望みます。明け方を待つ人々のように、神がその御言葉に従い(5節)また、「赦しはあなたのもとにあり、人はあなたを畏れ敬うのです」(4節)。赦しのご性格に従って救いを与えてくださるよう、希望と期待を持って待つ、ということであるのです。
 待つということは、来るはずの人や物事を迎えようとして時を過ごすことや、あるいは用意をして迎えること、期待するという意味であります。

 今日から、アドベント(待降節)の日を迎えました。
 アドベントとは、皆さんよくご存知だと思いますが、降誕祭前の4週間、旧約の民にならい、主イエスの誕生を祝う準備の期間のことを言います。
 皆さんはこの時期にどんな準備をするのでしょうか。
 クルスマスツリーに飾り付けをしたり、アドベント・カレンダーを出したりすることでしょう。
 私たちが使っているカレンダー(暦)は、1月1日から新しい年が始まり、学校や会計年度は4月1日から新しくなります。けれども、キリスト教の暦の起源(西暦)はイエス・キリストの降誕を基準にして作られています。私たち日本人は西暦の他に年号があり、平成元年とか昭和63年とか使っていますが、これは日本の中だけに通用するもので、国際的に文書を作成するときには西暦を使います。この西暦はイエス・キリストの出生を起源としています。そして歴史はイエス・キリストの出生を基準としてキリスト出生前何年というように計算し表示することになっています。したがって、クリスマスを待つアドベント(待降節)から1年の歩みが始まります。アドベントとは、クリスマスの前の4回の日曜日の期間を指します。この時期は準備の時として、教会では、アドベント・クランツを飾り4本のろうそくを立て、日曜日ごとに1本ずつ火をつけてクリスマスを待ち望みます。主の降誕の日を迎える心の備えをしたりします。
 アドベントとは到来・来臨という意味で、神の御座から下りこの世に人として生まれてくださった主イエスを待望する期間を意味する言葉として用いられるようになりました。
 アドベントの期間を守る意味は、①主イエスは救い主として、この世の主として来てくださったことを覚えます。②この主を迎えるために、歓喜と待望と、救いに対する渇きをもって心の備えをします。③またこの世の罪の審判者として来られた主を覚え、主のみ前に悔改めをします。④2千年前の過去の出来事としてクリスマスを記念するのみでなく、終末に再び来てくださる主を待望し、終わりの日に備えるという意味をもっています。

 次に、アドベント・クランツと聞きますと皆さんは何を思い浮かべますか。
 アドベント・クランツは、クリスマス・ツリー同様に、ドイツから始まりました。
 もみの枝で輪(クランツ)を作り、4本のローソクを立て、3本のリボンをつけて天井から吊るします。ローソクはクリスマスまでの4週間または4つの日曜日をあらわし、3本のリボンは三位一体を示します。小さいクランツは、吊るさずに、三芳教会のようにテーブルの上においているところもあります。このローソクの火は、クリスマスが近づくにつれて光が増えていきます。クリスマスには、4本のローソクの火がともります。

 また、クリスマスの準備として思い出されるものの一つとして、アドベント・カレンダーがあります。私が子どもの頃、父は、大きなアドベント・カレンダーを作ってくれました。それは12月の暦の日にちのところに、小さな窓が沢山描かれてあり、それを日めくりカレンダーのように開けていくのです。すると窓の中に描かれているのは、例えば、綺麗に飾られたもみの木であったり、家族の団欒であったり、クリスマスプレゼント等、見ていて楽しくなるようなものが、描かれていました。そこに描かれている窓を、一日ずつ開けるのがとても楽しみで、ワクワクしながら開いた窓を今も思い出されます。そしてクリスマスの25日の日は、飼い葉桶の中の赤ちゃんイエス様を囲んで、牛や馬や、らくだなどと共に、羊飼いや、博士さんたちが贈り物を運んできている場面を見ることができました。
 今アドベント・カレンダーは、容易く手に入るようになりましたので、きっと皆さんのお家でも、飾られていることでしょう。

 今年も間もなくクリスマスを迎えますが、クリスマス・イヴの礼拝では、ろうそくを手に持ち賛美歌を歌う時、暗闇の中にろうそくの灯火が輝きます。
 ろうそくの火に照らされて歌うクリスマス・ソングは、暖かな火の光の中で歌ううたに、心が和みます。
 光と聞くと色々な光が私たちの周りから照らしていることに、気づくでしょう。

 今年の10月8日に皆既月食がありました。皆さんもその時月の欠けていく姿そしてまた元の姿に戻るという天体ショーをみられた方もいることでしょう。
 地球と月は太陽の光を反射して輝く天体です。地球(月)にも太陽の光による影があり、太陽とは反対の方向に伸びています。この地球の影の中を月が通過することによって、月が暗くなり、欠けたように見える現象が「月食」です。
 月食は、太陽、地球、月が一直線に並ぶ時、それは満月の月だけに起こります。けれども、皆既月食が満月の時にいつも見ることができるかと言うと、それはできません。なぜならば、地球の影には「本影と言って、太陽の光がほぼさえぎられた濃い影」と、「半影と言って、本影を取り囲む薄い影」があり、月がどちらの影に入り込むかによって、月食の呼び方が変わるのです。従って、月の全てが本影に入り込む現象が「皆既月食」となるのです。
 この天体ショーを見た時に、神が初めに、天と地を創造されたこと、そして、混沌とした中で、「光あれ」と言った神の言葉が浮かんで来ました。
 世の中には、沢山の暗闇が潜んでいます。

 私たちが目にしている光は、神が造られました。神は天地万物の創造者であり、初めに天地を創造され、神は「光あれ」と言われ、こうして光があったのです(創1:3)。ここでは、神は光を創造するために何の素材も用いません。ただ、言葉を発しただけです。すると光が生じたのです。神の言葉には、創造的な力があるのです。神が言葉を発するとそれは出来事になるのです。
 神の言葉は必ずなるという信仰があるのです。そのように、神の言葉によって、この世界は造られ、存在するに至ったのです。
 「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった」(ヨハネ1:1)。この言は御子キリストを表しています。この言葉は神の言葉、愛そのものであるような言葉です。
 「この言は、初めに神と共にあった。」(ヨハネ1:2)。言葉は神であり、これは初めに神と共にあったのです。ここには、「共に」という語が出てきますが、「インマヌエル、と呼ばれる」この名は、「神は我々と共におられる」(マタイ1:23)や「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)の「共に」であります。それは神ご自身が、一人で存在するのではなく、「父と子」というように、「三位一体」の姿で存在するのです。
 ここで言う「共に」ということは、ただ場所が一緒ということだけでなく、「向き合って共に」ということです。そこには、愛しあい語り合う姿があるのです。そこには子なる神キリストの姿、十字架の愛の姿があるのです。
 「万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった」(ヨハネ1:3)。すべてのものの根底には、この愛の言葉があります。従って、わたしたちはこの言葉を離れてしまったら、存在の根本を失ってしまうのです。「言の内に命があった。命は人間を照らすひかりであった」(ヨハネ1:4)。私たちには命があり、この命は、人々の光でした。光は暗闇の中で輝きます。しかし、暗闇はこれには勝ちません。これには、命があります。
 私たちは、この命の言葉に触れる時、必ず癒やされるのです。けれども暗闇は隣り合わせにあるので、みなこの暗闇の中に引き込まれないように、気をつけなければならないのです。
 「光は、暗闇の中で輝きます。しかし、暗闇はこれに打ち勝つことはできないのです」。
 光は暗闇の中でまわり明るく照らすだけでなく、心を暖かくするのです。また、知識や認識を与えてくれます。けれども暗闇は、これに打ち勝つことはできなかったのです。
 なぜ暗闇は打ち勝つことができなかったのでしょうか。それは、「この言葉は神だからです」。御言葉によって、光によってできた世界に、暗闇があることはどうしてでしょうか。
 暗闇は実体ではありません。救いに付随して暗闇があるのです。
 光には色々な光があります。太陽のような明るいまぶしい光であったり、月や星のようなちょっと暗い光であったり、またろうそくのように私たちの身近な光であったり沢山の光が私たちを取り巻いています。けれどもその光をさえぎるように、光の前に物を置くと置かれたもののところで、光を吸収していまい、その後ろにはできるのは影となってしまうのです。その邪魔物を取り除けばまた光はそこに灯るのです。

 主イエスが生れた2千年前にも、暗闇の中で、救い主としてユダヤのベツレヘムの馬小屋で幼子は生れました。なぜ、馬小屋で生れたのでしょうか。
 マリアとヨセフは住民登録をするために、ベツレヘムに行かなければならず、ベツレヘムに行きました。ベツレヘムに到着してから、身重なマリアは早く泊まる場所が必要でしたが、どの宿屋もいっぱいで、馬小屋で身重の体を横たえたマリアは、そこで出産したのです。聖霊によって身ごもり、マリアを通してこの世に生を受けられた神の御子は、人生の出発の初めから、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」(ルカ2:7)、と人として生きることになったのです。人の泊まるところでない馬小屋の中で、飼い葉桶に寝かされ誕生ということは、とても想像できない惨めな生活ではないでしょうか。ひっそりと家畜小屋で生きる御子の姿は、私たちに慰めを与えてくれます。
 その時の世は、全く暗い時代でした。ローマ占領軍がはばをきかせ、貧しさがあり、病人が沢山いて、とても暗い時代でした。

 主イエスは、救い主としてこの世にお生まれになったのです。主イエスは、罪、死、虚無、利己主義、あらゆる暗さの根源を担いました。それは十字架です。けれどもそこには神がいるのです。暗闇を担った神が生きているのです。十字架を信じて、自分自身をのり越えた人は、この暗さを克服した人です。暗闇の中に、光を見いだした人です。主イエスは「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(ヨハネ8:12)、と言っておられます。暗闇が続いても、あなたはそこに暗闇を担い克服したお方を待っているのです。そのお方は神と一つの方です。ですから、この変わらない暗さの様相の中で、光を掲げることができるのです。それはこの暗さを担って下さったお方、十字架の主は、神と一つだからです。
 私たちが、生きている時も、死ぬ時も、身も魂もわたし自身のものでなく、わたしの信頼すべき救い主イエス・キリストのものであることです。
 光は暗やみに輝くのです。たとい暗さはかわらなくとも、その根源は変わったのです。ですから私たちは、それを克服する力を主イエス・キリストから、いただくのです。
 
 「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も昼がわたしを照らし出す」。闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を放ち/闇も、光も、変わるところがない(詩篇139:11-12)ということは、もし私が「確かに闇が私を包、夜が私を身近に囲むだろう」と言っても、あなたにとっては、闇は闇ではなく、夜も昼のように明るいのです。あなたにとって、闇も光も異なることはありません。そして、闇は闇でなく暗黒は、現代人に対すると同様、古代の人にとっても恐怖を起こさせたのですが、それすらも神の不在を引き起こすことはないのです。

 クリスマスを迎える準備として、教会ではそれぞれの準備がありますが、お一人お一人が、心の準備を整えて、救い主のお誕生を心からお祝いできるように、またそれぞれのご家庭でも、家族そろって救い主のお誕生を心待しましょう。



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