2014-07-06(Sun)

神の計画 2014年7月6日の礼拝メッセージ

神の計画
中山弘隆牧師

 いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げ、あなたの神は王となられた、と、シオンに向かって呼ばわる。その声に、あなたの見張りは声をあげ、皆共に、喜び歌う。彼らは目の当たりに見る。主がシオンに帰られるのを。歓声をあげ、共に喜び歌え、エルサレムの廃虚よ。主はその民を慰め、エルサレムを贖われた。主は聖なる御腕の力を、国々の民の目にあらわにされた。地の果てまで、すべての人が、わたしたちの神の救いを仰ぐ。
イザヤ書52章7~10節


 神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち、この救いの言葉はわたしたちに送られました。エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず、また、安息日ごとに読まれる預言者の言葉を理解せず、イエスを罪に定めることによって、その言葉を実現させたのです。そして、死に当たる理由は何も見いだせなかったのに、イエスを死刑にするようにとピラトに求めました。こうして、イエスについて書かれていることがすべて実現した後、人々はイエスを木から降ろし、墓に葬りました。しかし、神はイエスを死者の中から復活させてくださったのです。このイエスは、御自分と一緒にガリラヤからエルサレムに上った人々に、幾日にもわたって姿を現されました。その人たちは、今、民に対してイエスの証人となっています。わたしたちも、先祖に与えられた約束について、あなたがたに福音を告げ知らせています。
使徒言行録13章23~32節


(1)福音を知らせる聖霊
 使徒言行録は、使徒たちが聖霊の働きに導かれて福音宣教と教会形成を行なった記録でありますので、聖霊業伝ともいえます。
 キリスト教の初期の時代に、異言やその他超自然的と思われる奇跡が行われ、それらは聖霊の働きであると重視されたことが記されています。しかしこの側面を強調し過ぎると、聖霊の働きに対する片寄った見方に陥る危険性があります。
 なぜならば聖霊は決して単なる神の力ではありません。まして超自然的な働きをする霊的な被造物ではありません。あくまでも聖霊はご自身の自覚と意志を持っておられる方であり、父・子・聖霊の親密な交わりを持っておられる神であります。従って人間が聖霊を所有し、自分の願いを聖霊によってかなえようと言う利己的な考えは、聖霊には全く通じません。むしろそれは聖霊を汚すことです。
 主イエスは「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪を負う。」と警告されました(マルコ3:29)。 
 使徒言行録でも、以前魔術を行なって人々を驚かしていたシモンと言うユダヤ人がピリポの伝道により、洗礼を受けてクリスチャンになったのですが、彼は未だ聖霊のことは分かっていませんでした。ペトロやヨハネの使徒たちが来て、洗礼を受けただけでまだ聖霊を受けていない人の上に手を置いて祈ったとき、聖霊がその人たちに与えられたのを見て非常に驚嘆しました。早速金を使徒のもとに持って来て、「わたしが手を置けばだれでも聖霊が受けられるように、わたしにもその力を授けて下さい。」と申し出たとき、ペトロは「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っているからだ。」というペトロの厳しい叱責を受けて、恐怖の念に襲われ自分の罪が赦されるように、ペトロに祈って下さいと哀願しました。
 このように聖霊に対する畏敬の念が初代のクリスチャンの間に広まって行ったのです(使徒言行録8:17~24)。
 それゆえ、ペンテコステの日、教会に初めて聖霊が与えられたとき何が起こったかを注意して観察する人には、それが福音宣教の開始であることが分かります。使徒言行録の2章では、聖霊の働きを絵画的にドラマチックに描いていますが、他方それと平行して同じペンテコステの出来事を伝えている使徒言行録4:29~31節で、より簡潔で、より正確な報告が記されています。
 それはキリスト教会に対するユダヤ教の迫害の中で、使徒たちが福音を明瞭、かつ大胆に語ることが出来るようにしてくださいという熱烈な祈りが答えられた出来事であったと言われています。
 「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることが出来るようにしてください。」(4:29)という祈りが答えられ、「祈りが終わると、一同が集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語り出した。」(4:31)のです。これこそ、ペンテコステの中心的な出来事でした。
 さらに、彼らが語るべき「神の言葉」として聖霊を通して示された内容が、主イエスの福音です。つまり、十字架に掛けられて死んだ主イエスを神は復活させ、神の右に挙げられたので、今や主イエスは世界の万民の救い主として働いておられるという福音です。その福音は主イエスが復活されたことによって啓示されました。
 それゆえ、使徒たちは主イエス・キリストの身に起こった復活の目撃者として、福音の証人に神から任命されたのです。
 それゆえ、聖霊の働きの第一は弟子たちがイエス・キリストの生涯を正しく理解し、キリストの十字架の贖いの意味を知り、主イエス・キリストの復活とその現実を確信するようにさせたことです。  
 従いまして、父なる神が聖霊を通して「福音の内容」を使徒たちに啓示されたのです。このため主イエスの復活以後、聖霊が弟子たちの心に働き、心を照らし、旧約聖書の預言が主イエス・キリストによって成就したことを教えました。その間、弟子たちは毎日旧約聖書を主イエス・キリストの身に起こった出来事の光の中で読み、沈思黙考を重ねました。その結果ついに旧約聖書で約束されている神の救いは、主イエス・キリストによって成就していることを悟ったのです。使徒言行録によれば、弟子たちがこの確信に至るまで、主イエスの復活後40日間を要したと言われています。
 「イエスは苦難を受けた後、ご自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日に渡って彼らに現れ、神の国について話された。」(使徒言行録1:3)
 ここで復活の主イエスが使徒たちに現れ、神の国について教えられたのは、聖霊を通してであります。
 所で、一番初にそのような確信に至った者たちがペトロを代表者とする使徒たちです。福音のために、ユダヤ教の最高法院で取り調べを受けたペトロの弁明の言葉が、このことを雄弁に物語っています。使徒言行録4章12節で次のように言っています。
 「わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名(イエス・キリストの名)のほか、人間には与えられていないのです。」
 所でイエス・キリストの名とは復活のイエスの存在とその働きを意味しています。実に生ける「イエス・キリストの名」こそ、「万民に救いをもたらす」という確信が聖霊によって与えられました。

(2)行動を起こす聖霊
 聖霊の働きの第二は、福音宣教の行動を起こさせたということです。言い換えれば、聖霊が使徒たちに行動を促し、同時に行動できる力を与えたということです。
 それゆえ、使徒たちにとって福音を知ること福音を宣教することは直結していました。彼らは福音を確信するに至ったとき、信じているというだけに終わらず、福音を宣教しました。実にこのことが聖霊の働きの特徴です。聖霊の働きは行動力です。
 使徒たちは、ユダヤ教の最高法院に呼び出され福音宣教を厳しく禁止されましたが、彼らは決して怯むことはありませんでした。その場で、ペトロは次ぎのように断言しました。
 「神に従わないで、あなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」(4:19~20)
 これは人間の教えに従うよりも、神に従うことがより安全であるという、良心の叫びです。そして、使徒たちは自らの良心に従って、福音を話さないではいられない、と言い切っています。
 「話さないではいられない」というのは、話さないでいることが不可能である、と言う意味です。これは言い換えれば、福音宣教は人間の良心に基づいた自発的な行動であるので、どんなに脅迫されても中止することはできない。つまり福音の宣教は人間の良心に基づいた自発的な行動であるので、それは休みなく働く活発な行動であると言うのです。
 実に、聖霊は単なる神の力ではなく、父・子・聖霊の三位一体の神でありますので、神として人間の良心に直接働かれます。そのことによって人間に自発的で明るく、活発な行動を引き起こします。そこに聖霊の働きの強さと広さがあります。

(3)世界伝道の大きなヴィジョン
 次ぎに、そのような自発的な伝道で始まったキリスト教は新しい段階に入りました。これも実に聖霊の働きによってです。
 この経緯は使徒言行録13章1~3節に記されています。そこで聖霊が主イエスの命令を語りました。但し、聖霊の語る御言葉は父なる神と主イエスとの語られる御言葉以外にはないのです。そのことにより聖霊は教会に世界伝道の大きなヴィジョンを与えたのです。
 これは地中海に面したパレスチナ地方にあるアンティオキア教会で起こりました。それまでキリスト教はエルサレム教会を中心としてパレスチナ地方の伝道に従事してきたのですが、今や一つの大きな転機が訪れました。福音伝道の範囲として世界を視野に入れた新しい伝道に着手したのです。
 当時アンティオキア教会には、使徒たちや預言者たちがおり、その他多くのクリスチャンたちが集まって共に礼拝をしていました。13章2節でその様子が簡潔に示されています。
 「彼らは主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。『さあ、バルナバとサウロを、わたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。』
 この段階で、聖霊は福音宣教を教会の業として、教会が宣教者を送り出すように命じました。
 この聖霊の命令は主イエスが聖霊を通して彼らの心に直接語れたのです。なぜなら彼らが主イエスを礼拝している最中に語られた命令であり、彼らにはそれが主イエスの言葉であることが明瞭でした。
 「わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせなさい」という主イエスの命令は、主イエスが以前からバルナバとサウロとを福音のために召しておられたことを意味し、同時に今ここで教会が二人を福音宣教の務めに任命しなさいという教会への指示です。
 アンティオキア教会にとりまして、世界伝道は聖霊を通して与えられた主イエスの命令ですが、他方それは「世界伝道という大きなヴィジョン」をアンティオキア教会が懐いたということです。彼らは聖霊の促しにより、今や大きな夢を抱き、その事業に着手することを決断したのです。
 他方、彼らの懐いたヴィジョンは実に大きな夢でありますから、それが成功するためには、神から出た夢であることが絶対に必要です。それゆえ彼らは神の意志を確認するため熱心に祈りました。同時に、その事業を不退転の決意を持って推進するためにも必要な神の力を熱心に求めたのです。

(4)パウロによる福音の宣教
 本日の聖書の箇所では、パウロがローマ帝国の近東の領土であったトルコのパンフィリア州のアンティオキアで語った福音が記されています。そこは彼が送り出されたシリヤのアンティオキアから約900キロメートル離れた所です。そこは大きな町でありましたので、ユダヤ教の会堂があり、多くのユダヤ人と神を敬う異邦人が安息日毎に礼拝するため集まっていました。ここで「神を敬う異邦人」とはユダヤ人の神を信じて一緒に礼拝している信仰者ですが、「ユダヤ教徒」にはならないでいる異邦人のことです。
 パウロは、「イスラエルの人たち、ならびに神を敬う方々聞いてください」とユダヤ人と神を信じている異邦人とからなる会衆に呼びかけ、イエスの福音を次のように語りました。
 先ず、神がアブラハムを選び、救いを約束されたことから始まり、イエス・キリストの到来に至るまでの、イスラエルに対する神の働きの約1500年以上に渡る長い歴史の経過と発展の概略を語りました。その路線に立脚して、今や神が約束して来られた救いが主イエス・キリストによって実現した。
 十字架の死から、イエス・キリストを父なる神は復活させられたことによって、救い主である主イエスの支配が今や実現している、と語りました。さらにこの神の恵みを信じ受け入れる者は例外なく誰でも、神の救いに入れられます。それだけでなく神様は一人一人が信仰をもって応答することを求められています。
 それゆえ、あなたがたは主イエスを信じなさいと、勧めの言葉で福音を締めくくりました。以上の内容が使徒たちの語った神のメッセージであります。
 しかし、これはアブラハムの時から神の約束が与えられているユダヤ人にとっては、イエス・キリストの救いはこれまでの自分たちの信仰が実は神への反逆であることを暴露するものです。なぜならばユダヤ人は自分たちの功績を主張することによってイエスを拒否し、十字架につけたのですが、神はそのイエスを復活させられたことにより、イエスが救い主であることを啓示されたからです。
 それゆえ復活して生きて働き、罪人に救いを与えられる主イエス・キリストの御前では、ユダヤ人も異邦人も共に罪人で、主イエスの十字架の犠牲の死によって罪が贖われ、罪が赦され、主イエスの義と命が与えられ、神の御前で永遠に生きる者とされるのです。 
 つまり、一人一人が最早自分のものではなく、主イエス・キリストのものとなり、自分が最早自分の主人ではなく、自分の主人を主イエス・キリストとして、主イエスに従うことによってのみ神の御前に生きると言うことを信じるのです。
 この信仰こそ聖霊の働きです。実に聖霊はわたしたちを主イエスと結び合わせ、聖霊を通して主イエスの思いと命とがわたしたちの心と体に与えられます。そういう仕方で復活の主イエスはわたしたちの中に働き、わたしたちを支配し、ご自身の神の国でわたしたち生かし、わたしたちが主イエスの性質を映し出す者へと導かれます。
 聖霊は主イエスの十字架の死と復活により、主イエスの中にすでに備えられている神の救いと恵みをわたしたちの所にもたらし、わたしたちが神を知り、主イエスの復活の命の創造的な力を体験し、神の御心を行う者へと変革し、高められます。
 これがわたしたちを聖化する聖霊の働きです。



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