2014-06-22(Sun)

御子よる父の啓示 2014年6月22日三位一体礼拝メッセージ

御子よる父の啓示
中山弘隆牧師

 あなたは、主こそ神であり、ほかに神はいないということを示され、知るに至った。主はあなたを訓練するために、天から御声を聞かせ、地上に大いなる御自分の火を示された。あなたは火の中からその言葉を聞いた。主はあなたの先祖を愛されたがゆえに、その後の子孫を選び、御自ら大いなる力をもって、あなたをエジプトから導き出された。神はあなたよりも強大な国々をあなたの前から追い払い、あなたを導いて、今日のように彼らの土地をあなたの嗣業の土地としてくださった。あなたは、今日、上の天においても下の地においても主こそ神であり、ほかに神のいないことをわきまえ、心に留め、今日、わたしが命じる主の掟と戒めを守りなさい。そうすれば、あなたもあなたに続く子孫も幸いを得、あなたの神、主がとこしえに与えられる土地で長く生きる。
申命記4章35~40節


 そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたたちが驚くことになる。すなわち、父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。また、裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。
ヨハネによる福音書5章19~27節


(1)三位一体の神を賛美する
 本日は三位一体の主日礼拝を守っています。このことは非常に重要な意味を持っています。なぜならば普段の礼拝では特に三位一体の神と呼ぶことはなくても、実はわたしたちは「唯一の主なる神」を、「三位一体の神」として信じ、礼拝しているからです。
 確かに聖書には三位一体と言う神学的な用語は出て来ません。しかしその根拠となる聖書の証言は至る所に現れています。
 先ず、復活の主イエスは、使徒たちに、父と子と聖霊の御名による洗礼を施すように命じられています。
 「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28:19~20)
 聖書で「名」とは単なる名称ではなく、その名を持った方の臨在と働き、すなわち生ける存在を意味しています。従って、父なる神の存在と子なる神の存在と聖霊なる神の存在を意味しています。
 また、使徒パウロの祝祷にも、父と子と聖霊の御名が語られています。「主エイス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。」(コリントの信徒への手紙二、13:13)
 さらに、神を賛美する場合にも、父と子と聖霊の御名が一緒に語られています。例えば、エフェソの信徒への手紙1章3~14節で、
 「わたしたちの主イエス・キリストの父なる神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。---わたしたちは神が愛される御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。---聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。」
 このように、父なる神、御子イエス・キリスト、聖霊が神の創造、救い、救いの完成をもたらす方として、告白賛美されています。
 旧約聖書では神は唯一であり、神は創造者であり、審判者であり、救済者であると告白されていました。
 新約聖書では創造者としての父なる神、救い主としての子なる神、信仰者を聖化される神としての聖霊が「啓示」されました。
 この神の啓示は「神の内部」で父と子と聖霊の「区別」があることを示しています。
 それぞれ自己の意志と働きを持っている「三つのパーソン」が神の内部に存在していることを明らかにしています。同時に神は「唯一」であるということは、父と子と聖霊は「同じ本質」を持っていることを表しています。
 なぜなら神の本質とは神の性質、意志、力、働きを意味しており、神の愛と真理、そしてすべての被造物とは異なる聖なる性質、神の絶対的な自由と主権、創造と審判と救済の働き、神の永遠と無限、神の唯一性、そして神の栄光を意味しているからです。
 そのような神の本質は「父の本質」であり、「子の本質」は父の本質であり、「聖霊の本質」は父と子の本質なのです。それゆえ、父と子と聖霊は同じ一つの本質なのです。
 従いまして、神のパーソンは三つありますが、そこに働いている「神の意志、力、働き、性質」は一つなのです。つまり神は三位一体の神なのです。
 讃美歌351番は聖なる主なる神を拝み賛美しています。1節で次のように言っています。
 「聖なる 聖なる 聖なる主よ、夜ごと朝ごとに ほめたたえん。
  三つにいまして ひとりなる 主こそ力に 満ちあふる」
 2節では、永遠の神を礼拝しています。「聖徒も 天使も 御名をほめ 変わらぬ神を伏し拝む」と賛美しています。
 3節では、神の愛と栄光を賛美しています。「ただ神のみは 聖なるかた 愛と栄えに 満ちあふる」
 4節では、すべての被造物が「三つにいまして、ひとりなる神」の栄光を賛美しています。
讃美歌352番では、1節で、父なる神の臨在と導きを祈り、2節で、神の御子なる救い主イエス・キリストの臨在と祝福を祈り、3節で、聖霊なる神の臨在と聖化を祈っています。

(2)主イエス・キリストの神性
 次に、ニケア信条の成立に際して、指導的な役割を果たした教父たちの内の一人でありますアタナシウスはキリストの神性の根拠を次のように鋭く指摘しています。
 「キリストはわれわれを罪の呪いと力とから解放された。われわれを神と和解させられた。そしてわれわれを神的な永遠の生命に与る者とされた。それゆえ、キリスト自身は神である。
 或いは逆に言えば、もしキリストが一つの被造物であるとすれば、キリストは他の被造物を罪と死とから贖うことはできなかった。
 なぜならば、贖いは創造と同様にただ神の御業であるから。」

 このようにキリスト教の神は、主イエス・キリストが神であることによって立ちも倒れもするのであり、キリストの神性がその根拠であるといっています。そしてキリストは真の神であり、真の人間であり、神の御子の人格の中で神性と人間性が結びついていることが人間の救いの試金石であると言っています。
 このようにしてニケア信条において、キリスト教の正統的な信条が成立しました。その背後には異端から「福音」を守るために、激しい論争が長年繰り返されたのです。
 異端の指導者はアリウスであり、彼は神が唯一であることを堅持するため、父なる神だけが神であり、神から出たロゴスは神の意志によって無から造られた被造物である、従ってキリストは一番初めに創造された被造物であると考えました。しかし、キリストは被造物であるが、天地万物はロゴスであるキリストによって創られたと考えました。さらに聖霊はキリストによって創られた被造物であると考えました。
 このようにアリウスはキリストに神的な力を与えましたが、キリストは神ではなく、被造物であると強く主張したのです。それに対して、アリウス主義の亜流である半アリウス主義はキリストに神的な性質を認め、父なる神の本質に「似た本質」を持っていると言いました。しかし彼らは正統主義の陣営からは、そのようなキリストでは「人間の救い」と「父なる神を完全に啓示すること」は不可能であるとして退けられました。
 それゆえ、ニケア信条で異端から正統的な信仰を守る防波堤となった標語は「ホモウーシオス」です。これはギリシャ語ですが、「同じ本質」を意味します。キリストは父なる神とその神性において「同じ」であり、「一つ」であることを表しています。
 このように厳密な知的考察とそれを裏付ける真剣な信仰の実践に基づいて、三位一体の教義が西暦325年ニケア信条として、さらに381年にニケア信条を拡大したコンスタンティノポリス信条が採択され、その後コンスタンティノポリス信条がニケア信条と呼ばれています。

 次に本日の聖書のテキストでありますヨハネによる福音書5章19節でイエス・キリストは次のように仰せられました。
 「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分では何事もできない。父のなさることはなんでも、子もその通りにする。父は子を愛して、ご自分のなさることをすべて子に示されるからである。」
 イエス・キリストのこの発言は唯一の神の内部で、パーソンとしての父と子との間に愛による親密な交わりを持っておられることを証しています。
 父は子を愛されて、ご自身のしておられるすべてのことを子に示されるのです。
 これは父の子に対する「自己伝達」なのです。また子は自己の名誉を求めず、栄光を父に帰し、父に従い、父の意志を完全に実行されるのです。
 ここに神の存在と働きの深い真理が示されています。
 さらに、子はパーソンとして、自分の意志と働きを持っておられるのですが、何事も自分の意志によらず、自分の力によらず、全く父の意志と力に依存し、従属し、それゆえ父のされることをすべてその通りに行われるのです。
 そうすることによってのみ、子は父を完全にわたしたち人間に対して「啓示」されるのです。
 さらに21節で次のように仰せになっています。
 「父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。」
 これは父が人間を生かす永遠の命を持っておられるように、子も永遠の命を持ち、自分が与えようとする人間にその命を与えることができると仰せられたのです。実にこの特権は神の代理者である人間には決して与えられない性質のものであり、ただ父と同じ本質を持つ御子にだけ与えられたのです。
 また、父と子との交わりは、神の「自己認識」を表しています。父は子を知り、子は父を知っているのです。従って、パーソンは互いに独立していますが、孤立しているのではなく、互いに内住しているのです。父は子の内に、子は父の内におり、互いに相手を完全に知り会っているのです。
 それゆえ、御子イエスは「わたしは父を知っている」(ヨハネ8:55)。「わたしは父の中におり、父はわたしの中におられる」(ヨハネ14:10)と仰せになるのです。従って「わたしを見た者は父を見たのである」(ヨハネ14:9)と仰せられました。

(3)真の神であり真の人間である「神・人」
 最後に、イエス・キリストは人間と神との「存在的な仲保者」であり、真の神であり真の人間です。しかも御子としてのパーソンにおいて、神性と人間性が結びついています。しかし神性と人性とは完全に区別されています。他方また両者は混合することはありませんし、分離することもありません。実に両者はイエス・キリストのパーソンにおいて一つに結びついているのです。
 尚、重要なことはイエス・キリストのパーソンは御子のパーソンです。子は父と聖霊と同じく永遠に存在される方ですから、イエスが処女マリアから生まれる前から永遠に存在しておられる御子です。御子がマリアから人間としての意志と自覚を持っている「人間性」をご自身のパーソンの上に担い、神性と一つに結び合わされました。
 それゆえ、マリアはギリシャ語で「セオトコス」と呼ばれています。これは「神を産んだ者」と言う意味です。もちろん被造物であるマリアが神である御子を産んだと言う意味ではありません。そうではなく、マリアにおいて神性と人性が御子のパーソンの中で結合したと言う意味なのです。つまり、永遠の神の御子はマリアにおいて「神・人」になられたと言う意味です。
 それゆえ、イエスの人間性は最初、単独に存在したのではなく、最初から御子の神性と不可分離な仕方で結びつき、しかもパーソンっとしての自覚と責任の所在は神の御子の中にありました。
 言い換えれば御子の自覚がイエスの神性と同様に人間性を支え、包み、浸透し、生かし、人間としての意志と行動を指導し、促進し、従わせる原動力であったのです。そえゆえ、イエス・キリストはそのような方として、常に弟子たちに出会い、死人の中から復活しても、永遠にそのような方としてわたしたちに出会われるのです。

 従って、ニケア信条は御子について、次のように告白しています。
 「わたしたちはただ独りの主イエス・キリストを信じます。主は神の御子、独り子であって、世々に先立って父から生まれ、光の光、真の神からの真の神、造られたのではなくて生まれ、父と同質であって、すべてのものは主によって造られました。
 主は人間であるわたしたちのため、わたしたちの救いのために、天から降り、聖霊によっておとめマリアによって受肉し、人となり、わたしたちのためポンティオ・ピラトのもとで十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に書いてある通り三日目に復活し、天に上られました。そして父の右に坐しておられます。
 また生きている者と死んだ者を裁くために、栄光の内に再び来られます。その御国は終わることがありません。」
 また聖霊が神であることをはっきりと告白しています。
 「また聖霊を信じます。聖霊は主、命の与え主であり、父(と子)から出て、父と子と共に礼拝され、共に栄光を帰せられます。そして預言者によって語られました。」
 「わたしたちは、一つの聖なる公同の使徒的な教会を信じます。
罪の赦しのための一つのバプテスマを認めます。死者の復活と、来るべき世の命を待ち望みます。アーメン。」
 以上のように、三位一体の神と、神・人としてのイエス・キリスト、そして神の創造と救いと永遠の国を告白賛美しています。



スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

教会案内
〒354-0044
埼玉県入間郡三芳町北永井959-3
TEL・FAX:049-258-3766

牧 師:中山弘隆

創立日:1972年2月19日

最寄り駅
東武東上線 鶴瀬駅 西口
東武東上線 ふじみ野駅 西口
よりタクシーで10分
※駐車場完備

三芳教会へのバス利用方法

MAP
三芳教会の地図です
定例集会案内
●主日礼拝
  毎日曜日 10:30~12:00
●教会学校
  毎日曜日 9:15~9:40
●朝の祈祷会
  毎日曜日 9:45~10:10
●キリスト教入門講座
  毎日曜日 9:45~10:10
●マルタマリア会(婦人会)
  毎木曜日 10:30~
●マルタマリア会例会(婦人会)
  毎月第2主日礼拝後

毎木曜日の祈祷会は、2011年5月より、毎日曜日の朝の祈祷会に変更となりました。
三芳教会のご案内
●牧師紹介

●年間行事予定

●写真で見る三芳教会
最新記事
行事報告
● 江田めぐみ伝道師就任式
 (2012年7月22日)


● 教会バザー報告
 (2011年11月23日)


● バーベキュー大会報告
 (2011年8月21日)


● イースター報告
 (2011年4月24日)


● 柿本俊子牧師隠退の感謝会報告
 (2011年3月27日)


● 講壇交換(三羽善次牧師)
 (2011年1月23日)


● 墓前礼拝報告
 (2010年11月7日)


カテゴリ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイブ
全記事INDEX

全ての記事を表示する

お知らせ
ようこそいらっしゃいました。



2016年10月に、当ブログの訪問者が9,000人を超えました。感謝いたします。

2015年9月に、当ブログの訪問者が8,000人を超えました。感謝いたします。

2014年9月に、当ブログの訪問者が7,000人を超えました。感謝いたします。

2014年1月に、当ブログの訪問者が6,000人を超えました。主の導きに感謝いたします。

閲覧者数
現在の閲覧者数
現在の閲覧者数:
メールフォーム
三芳教会やキリスト教についてのお問い合わせ、また当教会へのご意見、ご要望等がありましたら、下記のフォームよりうけたまわります。

お名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
QRコード
QR