2014-06-08(Sun)

イエスを神はメシアとされた 2014年6月8日ペンテコステ礼拝メッセージ

イエスを神はメシアとされた
中山弘隆牧師

 その後、わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る。その日、わたしは、奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。天と地に、しるしを示す。それは、血と火と煙の柱である。
ヨエル書3章1~3節


 神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです。ダビデは天に昇りませんでしたが、彼自身こう言っています。『主は、わたしの主にお告げになった。「わたしの右の座に着け。わたしがあなたの敵を、あなたの足台とするときまで。」』だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。
使徒言行録2章32~41節

 
(1)旧約聖書の預言の成就
 本日は聖霊降臨日の礼拝を守っています。聖霊降臨日とはキリストの使徒たちが、聖霊に満たされて、キリストの福音宣教を開始したことを記念する日です。
 使徒たちを代表して、ペトロが説教していますが、その内容の概略を説明しますと次の四つの点から成り立っています。
 一つは今や旧約聖書の預言が成就したということです。一つはキリストの救いは終末論的な出来事であるということです。一つは聖霊が神の民に与えられると言うことです。一つは信仰の応答を要求することです。

 まず、使徒言行録2章16節で、ペトロは聖霊の降臨について証し、聖霊が降臨したことにより預言者ヨエルの預言が今や成就したと、言っています。さらに2章17~18節で次にように言っています。
 「神は言われる。終わりの時、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。わたしの僕やはしためにも、そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。」(2:17~18)
 これは旧約聖書のヨエル書3章1~2節の引用です。そして、ペテロは、神様のこの約束は今日あなたがた一同の目の前で、実際起こりました。それゆえ旧約聖書の約束すなわち預言が成就したのですと宣言しました。
 但し、ヨエル書3章4節が「主の日」と呼んでいる日をペトロは「終わりの時」と言い換えています。なぜならば、神が約束された「主の日」の救いは終末論的な性質を持っているからです。
 従いまして、終わりの日に実現する第一の出来事は、すべての人間に聖霊が与えられるという究極的な恵みです。ここで神様が「わたしの霊をすべての人に注ぐ」と約束されていますのは「聖霊」のことです。
 ところで、聖霊の働きとは神の言葉を語ることであり、人が聖霊により神を知り、神に従う全く新しい生き方をすることです。このような事態になることが旧約聖書における救いの約束が実現したことです。
 確かに、使徒たちはすべての人間の中の一部に過ぎませんが、使徒たちによる福音宣教を通して、すべての人間に聖霊が注がれると言う意味が込められています。
 次に、ヨエル書で聖霊を与えられた者たちが預言するとの意味は、
今や聖霊を受けたキリストの使徒たちが「究極的な神の言葉」である「福音」を語ったことによって実現しました。

 このようにて、ヨエルの預言が成就しました。その証しとして、使徒たちはキリストの福音を力強く宣教しました。これがペンテコステの日に起きた聖霊の降臨です。ペンテコステとは、五十日目と言うギリシャ語ですが、キリストの受難日から数えてちょうど五十日目であったからです。

(2)終末論的な出来事
 従いまして、今やキリストの使徒たちが聖霊による啓示と力によって、主イエス・キリストを宣教したということそれ自体が、終末論的な出来事であると言えます。
 なぜならば、イエス・キリストが死人の中から復活し、父なる神の右に座し、全世界の主となられたことが終末論的な出来事であるからです。そして使徒たちが受けた聖霊は正に主イエス・キリストが父なる神のもとから送られた霊でありますので、聖霊の降臨は「イエス・キリスト」が「主」となられことを示しているのです。
 他方、これまでの人間に対する神の直接的な支配は、すでに地上におけるイエス・キリストの宣教活動を通して、すなわちイエス・キリストの人格とその言動を通して開始しました。
 主イエスの存在と言葉と行動を通して、神が働き、罪の赦しに伴う数々の力ある業が行われました。そして神はイエス・キリストの働きを承認し、イエス・キリストが救い主であることを父なる神ご自身が証してこられたのです。この点ペトロは次のように語っています。
 「イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレのイエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしによって、そのことをあなたがたに証明されました。」(2:22)
 しかし、これまでのイエスの働きは一定の制限のもとにあり、一部の人々の間で働いたに過ぎず、まだ本格的な働きではありませんでした。その制限が取り去られ、主イエスを通して人類に対する神の救いが本格的に働くためには、イエス・キリストによる人類の罪の贖いが必要でありました。
 それゆえ今やイエスは十字架の死を経て、復活し、神の右に座し、「主」となられました。言い換えれば、主イエスは名実ともに「人類の救い主」すなわち「メシア」となられたのです。そのことにより神の救いが本格的に世界の中で開始しました。この事実をペテロは、次のように宣言しました。
 「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」(2:36)

 次に、主イエス・キリストを通して働く神の救いが、どうして終末論的な出来事なのでしょうか。それは神の救いが神の審判を通して実現したからです。
 しかも、その審判とは旧約聖書時代に、神の民イスラエルに対して神の審判と救済が何度も繰り返されましたが、そのような種類の一つの審判ではなく、最終的で究極的な審判であったからです。
 この点、預言者アモスは「主の日」に到来する神の審判はイスラエルの存続に終止符を打つと預言しました。アモス書8章1~2節で次のように預言されています。
 「主なる神はこのようにわたしに示された。見よ、一籠の夏の果物(カイツ)があった。主は言われた。『アモスよ、何が見えるか。』わたしは答えた。『一籠の夏の果物です。』主はわたしに言われた。『わが民の最後(ケーツ)がきた。もはや、見過ごしにすることはできない。』」
 さらにアモスに与えられた第五の幻(アモス9:1)で、神は神殿を崩壊させ、民を滅亡させると仰せなりました。これが神の民イスラエルの「終わりの日」の預言です。
 正に、イエス・キリストの十字架の死は、人類の罪に対する神の究極的な審判でした。しかし父なる神は人類を直接に裁かれたのではなく、イエス・キリストを通して裁かれました。すなわち、神の御子であるイエス・キリストが人類のために、人類の代表として、人類に代わって、人類の罪のため裁かれたのです。そのことによってのみ人類の罪の贖いが完全に実現しました。
 従いまして、イエスの十字架の死である審判を通して、父なる神は人類が神の御前に生きる新しい道を開いて下さったのです。正にそれは父なる神がイエスを死人の中から復活させ、人類と世界の主権者としてお立てになったことによります。
 その結果、罪人である人間が神の御前に義とされ、神に受け入れられ、神に従い永遠に生きる「新しい人間」として、主イエスの中で「創造された」のです。
 それゆえ、またわたしたち罪人は、主イエスがわたしたちのために死なれたことによって、主イエスと共に死んだのです。つまり、わたしたちの歩みとこの世界の経過はそのことによって、終止符が打たれました。
 言い換えれば、生まれながらのわたしたちの思いと行動は、その将来性が全く無くなったのです。自分の歩みをこれまでと同じように続けるならば、そこには絶望と死のみが待ち構えているという状況になったのです。
 しかし、主イエス・キリストにあって、既に神によって創造されている新しい自分には真の将来性があるのです。わたしたちが生まれながらの古い自分に背を向け、主イエス・キリストにおいて与えられている新しい自分に向って歩むことが「永遠の命」です。
 主イエス・キリストにおいて実現した神の救いが終末論的な救いである所以は、実にこの点にあります。
 同時に、この終末論的な救いをわたしたちが受領する手段は、主イエスの十字架の贖いと復活の中で、既にわたしたちは主イエスの所有物とされており、「主イエスの中」で既に神の御前で生きる「新しい自分」が与えられているという神の事実を理解し、受け入れる「信仰」です。そして信仰をもって、絶えず喜んで、感謝して、主イエスに従うこと、これが新しい自分の生き方なのです。

(3)信仰の応答
 最後に、十字架の死による人類の罪の贖いを経て、人類の主権者となられた主イエス・キリストの働きは、終末論的な働きであります。その理由は、主イエス・キリストの支配と救いが聖霊を通して行われ、人類の救いの完成に向かって進展して行くからです。
 旧約聖書の長い時代は、神の救いの到来に向かって導かれて来た歴史でありました。それはイエス・キリスト到来の準備の期間でした。その期間にも聖霊は神の選ばれた真正の預言者たちに働きましたが、聖霊を受けた預言者たちは、神の霊でないこの世の諸々の霊によって語った偽預言者たちとの激しい戦いの中で神の言葉を語ったのです。
 それゆえ、真正の預言者たちはイスラエルの民に神への信仰を喚起し、神を認識させ、悔い改めさせ、神の意志を実行する生活へ人々を導いたのです。そこに旧約聖書時代の宗教が成立しました。
 しかしそれにも拘らず、旧約聖書の時代における聖霊の働きは非常に限定されていました。それゆえ真正の預言者が最早出現しなくなったユダヤ教の時代には、聖霊は神の民の中に全く見られなくなってしまいました。
 その結果、ユダヤ教は預言者たちの霊的、精神的遺産を受け継ぎ、宗教的伝統を守っていますが、神との直接的な交わりと聖霊の光を心に受けることのない、人間の営みとしての宗教でありました。
 それに対して、イエス・キリストが主となられた今は、聖霊がキリスト教会の中に働き、教会に属する一人一人に働きますので、旧約聖書も含めて「聖書の言葉」が生ける神の言葉として、クリスチャンを生かすことができるのです。
 今や主イエス・キリストはいつでも、何処でも、臨在し、生きて働らいておられる主権者です。ヘブライ人への手紙はこの点を次のように言っています。
 「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です。」(ヘブライ13:8)
 このような生ける主イエス・キリストは聖書の御言葉を通して、人間と出会い、信仰を与え、信じる者に、聖霊を与えられる方です。なお聖霊の重要な働きは、信仰者を主イエス・キリストと人格的に結ぶことです。そして聖霊を通して復活の主イエス・キリストが信仰者の中に働かれることです。
 それゆえ、復活の主イエスは使徒たちの宣教の言葉を通して、それを聞く者一人一人と出会い、復活の主イエスご自身が御言葉を語られるのです。そして聞く者たちに信仰の応答を求められます。
 ペトロは説教の締めくくりとして、悔い改めと洗礼を勧め、次にように奨励しています。
「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」(2:38)
 「悔い改め」とはギリシャ語で「メタノイア」と言います。それは生き方の方向転換を意味します。自分の罪の思いに従う生き方から神の御心に従う生き方への方向転換をすることです。
 正にその生き方が「神との和解」の中に入れられた人間の生き方であるとも言われています。
 信仰者は誰でも地上の生活をしている限り罪人であり、罪の思いが働きます。それにも拘わらずキリストの贖いによって神は罪の赦しをもって日々わたしたちと出会って下さいます。それゆえ罪の思いと業を捨て、キリストの中にある新しい人間に既に与えられているキリストの思いと業を行うことが「神との和解」の中で生きる新しい人間の働きなのです。
 これらすべては父なる神の愛から由来し、主イエス・キリストの中に実現している恵みであり、聖霊を通して日々わたしたちの中に働きわたしたちが体験できる霊的現実です。
 この神の力強い働きが聖霊降臨日に開始されました。わたしたちはこの日を喜び、共に心から神を賛美しましょう。



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