2013-12-29(Sun)

神の恵み 2013年12月29日の礼拝メッセージ

神の恵み
江田めぐみ伝道師

 主は、その道の初めにわたしを造られた。いにしえの御業になお、先立って。永遠の昔、わたしは祝別されていた。太初、大地に先立って。
箴言8章22~23

 神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから、エフェソにいる聖なる者たち、キリスト・イエスを信ずる人たちへ。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。神はこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えて、秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。これは、前もってキリストにおいてお決めになった神の御心によるものです。こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。
エフェソの信徒への手紙1章1~14

 エフェソの信徒への手紙では、長い賛歌によって導入されています。この賛歌はキリストのうちに働かれる神の喜びへの共鳴であり、キリストのうちにあって働かれる神の奥義に導きいれられることを願っています。
 はじめの挨拶は「神の御心によってキリスト・イエスの使徒たちとされたパウロから、…」(エフェソ1:1)ここで、差出人はパウロとなっており、神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされた身分を読者に紹介しています。パウロは福音の使徒として苦労し、「あなたがたのためにわたしが受けている苦難を見て、落胆しないで下さい。この苦難はあなたがたの栄光なのです。」(エフェソ3:13)と、人間パウロの思惑を越え、人々の好悪によらず、神ご自身の御心によって、「わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしたちに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき」(ガラテヤ1:15-16)と記されているように、異邦人の使徒と立てられた人であるのです。
 パウロという名は、エフェソ1章1節と3章1節に出てくるのみです。パウロは、「主に結ばれているわたしはあなたがたに勧めます。神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩み」(エフェソ4:1)に記されているように、福音の死者として鎖に繋がれているのです。しかし、その鎖は「あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人になっている」(エフェソ3:1)ところの、御心と一致したパウロの思いを表すものです。

 「…エフェソにいる聖なる者たち、キリスト・イエスを信ずる人たちへ」(エフェソ1:1)のエフェソにいると翻訳されている原文では「エフェソに」ということであり、「…いる」と言う語はありません。そして、この「エフェソに」と言う名宛て地を示す句は、古い写本には存在していないのです。又、「エフェソの信徒たちへ」と言う表題も、エイレナイオス(およそ130-202年)の証言に始まり、仮説の域を出ないのです。
 エイレナイオスとは、古代のキリスト教の理論家(教父)、司祭でありました。小アジアのスミタナに生まれ育ち、初期のキリスト教理論家の一人であり、ルグドゥヌスの迫害に際して、キリスト教を擁護する著述を残した人でした。

 神の御心は鍵にある語句の一つである「イエス・キリストによって神の子にしよう、御心のままに前もってお定めになったのです。」(エフェソ1:5)ここでは「神の御心によって……使徒となった」(1コリント1:1)と記されています。ここでの「使徒」は、三箇所で用いられています。(エフェソ2:20・3:5・4:11)「使徒や預言者という土台の上に建てられています。」そのかなめの石はキリスト・イエスご自身であり(エフェソ2:20)として、使徒が土台に譬えられています。「この計画は、キリスト以前の時代には人の子らに知らされていませんでしたが、今や霊によって、キリストの聖なる使徒たちや預言者たちに啓示されました。」(エフェソ3:5)では、啓示の受け取り手として、「ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです。」エフェソ4:11)ですから、教会の役務の一つとして、考えられています。
 賛歌はキリストのうちに働かれる神の喜びへの共鳴であり、読者がその喜びに唱和し「酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。むしろ、霊に満たされ詩篇と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。」(エフェソ5:18-19)と、キリストのうちにあって働かれる神の奥義に導き入れられることを願っているのです。

 父性と一致の源としてみられている神は、「こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。」(エフェソ3:14)賛歌において働きと業の主体となっていて、まず、そのたたえる神の業は、「わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。」(エフェソ1:3後半)とこの部分では賛歌の主題を示しております。
 父なる神の祝福は、天の祝福ばかりではなく、「キリストにおいて、わたしたちを祝福された」のです。従って、神の祝福は先ず「霊的」なものであるのです。
それに「あらゆる霊的な……」の「あらゆる」を持つ祝福の霊的な力の全体性と全面性が強調されております。

 それでは「霊的」とは、どのような働き、機能を持つものなのでしょうか。
主イエスご自身、聖霊とは、真理の御霊であり、弁護者、慰め主パラクレートス(パラクレートスとは、ギリシア語で、弁護者、助け主、慰むる者)そして導き手であると言っています。(ヨハネ福音書14:16・14:26,15;26,16:7)ですから、「霊的」とは、神の働き、力の意味で、物質に対する精神などの意味ではありません。
 「キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。」(エフェソ2:6)ここの「天の」とは「天上において」というギリシア語直訳の語句を簡略化した訳であります。「天上」とは霊力の場であり、もろもろの天を想定したギリシアとユダヤ的宇宙観が入り混じって、手紙の宇宙観を形作っています。キリストが諸天を貫いて昇られ、「この降りて来られた方が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも更に高く昇られたのです。」(エフェソ4:10)天上の神以外の力と権勢をのり越えて、「神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ」(エフェソ1:20)たことが述べられています。
 これに加えて、神以外の、神にいまだ逆らうものの働きの場は、「この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。」(エフェソ2:2)と、空中に位置づけられています。
 しかし、「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」(エフェソ6:12)まだ人間世界に働きかけてやまない力であることを、手紙の著者は忘れていません。人間はそれらの霊力の呪縛の下に呻き苦しんでいます。しかし、父なる神の祝福は天の祝福ばかりではなく、「キリストにおいてわたしたちを祝福された」のです。「こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのものと一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。」(エフェソ1:10)

 「イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。」(エフェソ1:5)「前もってお定めになった」ことは、予定は、時間的な前後を思弁できるような予定ではなく、愛の予定、愛の選択制と先行性を示したのであります。自分の属する教派やグループの優先制を主張しようとするような宗教的思弁の結果による決定論や予定説ではありません。キリストによる仲立ちをもって神の子となるよう、神はあらかじめ愛のうちにそのはからいを定めておられたと信ずるのです。これは信仰による目的であり、そして、更に「神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。」(エフェソ1:6)

 7節は贖いと赦しについて述べています。十字架の血によって、罪の赦しを今、現在得ている事実を賞賛しています。人間の側から拒否しない限り、あふれるばかりの慈しみの恵みがあるわけです。

 神の「秘められた計画」とは、「神のみ心の意志の奥義」の啓示であります。わたしたちの上に、あふれる神の恵みは、神の秘められた計画が知らされた事実を告げています。神の計らいはキリストにおいてあらかじめ定められたものであり、神の好意によるものであります。秘められた計画は、神の働きをうちに秘めたものであって、世の人々の眼には隠されているのです。ギリシア語では、ト・ミュステーリオン(奥義)で、新共同訳では、秘められた計画と訳されています。これは世の終わりの日に関する神の秘密とか終末の日の秘密と言った意味です。
 神はキリストのうちに人間の存在様式である時間と空間を観ておられ、「天地創造の前に、神は私たちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのないものにしようと、キリストにおいてお選びになりました。」(エフェソ1:4)ご自身で設定された目的に向かって完成すべく働き続けられるのです。それはキリストのうちに森羅万象を統合することであるのです。

 「神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。」(エフェソ1:22)手紙のうちではキリストを「頭」と譬えているので、宇宙的な広がりの中で、森羅万象を統合し、その頭としてのキリストのもとに一致させるというメタファーとして、キリストの役割が説明されているものと受け取れます。

 聖霊とは、新約聖書のさまざまな箇所に出きますが、マタイ福音書3章16節では「鳩」によって表象されております。
 主イエスは、聖霊によって身ごもりました。また、バプテスマをヨハネから受けた後に、聖霊を受け、聖霊に導かれて、荒野に行き、40日の試みをサタンから受けたのです。主イエスは、聖霊のことを、イエスが去った後に来る助け主であると弟子たちに教えたのです。
 主イエスが、十字架におかかりになり、昇天された後、弟子たちが集まっている時に、弟子たちに聖霊が注がれた出来事がペンテコステなのです。
 聖霊は、神に対して人のために執り成してくださるのです。人が聖霊によって、体の内面から新しくされることによって善良な行いをすることができるのです。

 「キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続人とされました。それは以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。(エフェソ1:11-12)ここでは、以前から神に希望をかけた「わたしたち」について述べています。このわたしたちは、ユダヤ教信仰からイエスを信じ、彼らに従うようになった「ユダヤ・キリスト者」であったかもしれないし、「あなたがた」よりも以前にイエスの弟子になった信仰の先達であったかもしれないのです。
 
 「あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。」(エフェソ1:13-14)ここでは、「あなたがた」に直接宛てられていて、「あなたがたへ」の神の同じ働きかけを強調し、「あなたがた…」といっています。この働きは、福音を聞くことであります。それは救いと解放へと働く神のダイナミックな力であります。
 次に「信ずる」ということは、福音の宣教と洗礼との関わりを示唆するものです。それは、神の働きと力であるところの聖なる霊によって証印を押されることであるのです。約束された聖霊は、パウロの伝統を伝えるものであります。「聖霊は、私たちが御国を受け継ぐための保証」であるとは、聖霊が最後の日、終末の日に受け継ぐ遺産の手付け・保証に譬えられ、贖いを待望しつつ、この共同体が完全に救われるであるという確信をうちあけ讃歌を結んでいます。



スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

教会案内
〒354-0044
埼玉県入間郡三芳町北永井959-3
TEL・FAX:049-258-3766

牧 師:中山弘隆

創立日:1972年2月19日

最寄り駅
東武東上線 鶴瀬駅 西口
東武東上線 ふじみ野駅 西口
よりタクシーで10分
※駐車場完備

三芳教会へのバス利用方法

MAP
三芳教会の地図です
定例集会案内
●主日礼拝
  毎日曜日 10:30~12:00
●教会学校
  毎日曜日 9:15~9:40
●朝の祈祷会
  毎日曜日 9:45~10:10
●キリスト教入門講座
  毎日曜日 9:45~10:10
●マルタマリア会(婦人会)
  毎木曜日 10:30~
●マルタマリア会例会(婦人会)
  毎月第2主日礼拝後

毎木曜日の祈祷会は、2011年5月より、毎日曜日の朝の祈祷会に変更となりました。
三芳教会のご案内
●牧師紹介

●年間行事予定

●写真で見る三芳教会
最新記事
行事報告
● 江田めぐみ伝道師就任式
 (2012年7月22日)


● 教会バザー報告
 (2011年11月23日)


● バーベキュー大会報告
 (2011年8月21日)


● イースター報告
 (2011年4月24日)


● 柿本俊子牧師隠退の感謝会報告
 (2011年3月27日)


● 講壇交換(三羽善次牧師)
 (2011年1月23日)


● 墓前礼拝報告
 (2010年11月7日)


カテゴリ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイブ
全記事INDEX

全ての記事を表示する

お知らせ
ようこそいらっしゃいました。



2016年10月に、当ブログの訪問者が9,000人を超えました。感謝いたします。

2015年9月に、当ブログの訪問者が8,000人を超えました。感謝いたします。

2014年9月に、当ブログの訪問者が7,000人を超えました。感謝いたします。

2014年1月に、当ブログの訪問者が6,000人を超えました。主の導きに感謝いたします。

閲覧者数
現在の閲覧者数
現在の閲覧者数:
メールフォーム
三芳教会やキリスト教についてのお問い合わせ、また当教会へのご意見、ご要望等がありましたら、下記のフォームよりうけたまわります。

お名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
QRコード
QR