2013-12-01(Sun)

主を待ち望むアドヴェント 2013年12月1日の礼拝メッセージ

主を待ち望むアドヴェント
江田めぐみ伝道師

 堅固な思いを、あなたは平和に守られる。あなたに信頼するゆえに、平和に。
イザヤ書26章3節


 主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なことを、また、徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。
フィリピの信徒への手紙4章4~9節


 主を待ち望むアドヴェントの季節がやって来ました。クリスマスの前4回の日曜日の時期をアドヴェントと呼んでいます。アドヴェント・クランツを作り、それにローソクを4本立てて、毎週1本ずつ灯を灯していきます。4本の灯がともされれば、クリスマスを迎えるのです。12月25日がクリスマスと定められました。
 アドヴェントは、ラテン語で「到来」と言う意味です。救い主の到来を待ち望む時という意味で待降節(降臨節)と言われています。2000年前にベツレヘムに到来されたキリストは、世の終わりに再び到来されます。ですから、アドヴェントは昔から「二つの到来」を迎える準備をする時と考えられてきました。日本の国では待降節はクリスマスの準備をする時なのです。又、アドヴェントの時期になると、アドヴェント・カレンダーを飾り、日ごとにカレンダーの日めくりの窓を明けていく楽しみが、子どもたちが経験することができるのです。それは、主の誕生を指折り数えながら、待ち望む心が、様々な形で示されています。

 私は子供の頃から、クリスマスになると、一つの楽しみがありました。それは、父が手作りで作ってくれたアドヴェント・カレンダーを、一日に一つずつ開ける楽しみがありました。家の窓を開けるとその中には綺麗なもみの木が飾られていたり、次の日には家族の温かい団欒の絵が描かれていたりと、クリスマス当日までに窓を開ける楽しみがありました。クリスマスの日の窓を開けると、そこには馬小屋の中で飼い葉桶の中に、赤ちゃんイエスさまが寝ています。マリアさんとヨセフさんがその側でやさしく見守っています。空にはダビデの星が輝いていて、星に導かれた3人の博士さんや、羊飼い・羊たちが赤ちゃんイエスさまを囲んで、お祝いしている絵を見るのが楽しみでした。

 皆さんはクリスマスを迎えるに当たって、この時期になると準備されるものがありますか。三芳教会では、玄関にクリスマスツリーを飾り、礼拝堂の講壇前にはアドヴェント・クランツを飾ります。教会に入る入り口の外のところでは、クリスマスツリーの電飾がつき、暗い夜に電飾の光が輝きます。又、今年もそれぞれの家庭や教会などで、思い思いの装飾をして、今年も飾り付けが始まることでしょう。
 町では、クリスマスシーズンになると、クリスマスソングが色々なところから聞こえてきます。

 今朝礼拝で歌われた242番「主を待ち望むアドヴェント」は、4本のローソクによせて歌う、歌なのです。
 この歌詞は、マリア・フェルシェルというオーストリアの女性です。彼女は、ウイーンでドイツ語と音楽の教師をしていました。作曲は、ハインリヒ・ロールで、ドイツのカトリックの音楽家です。「主を待ち望むアドヴェント」の曲は、カトリック、プロテスタントを問わず、歌われております。
 第一節の歌は、ルカによる福音書3章4節に基づいて、「荒れ野で呼ぶ者の声がする。主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」洗礼者ヨハネのように、主の道を準備せよと歌います。「道を用意すること」は、王なる神をあなたの人生にお迎えするために、過去の心の重荷や現在の疑念をわきへと消し去ることであるのです。
 第二節は、ローマの信徒への手紙15章7節にもとづいて、「神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」と勧めています。
 第三節は、フィリピの信徒への手紙4章4-5節に、「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます」という言葉から、暗い夜のすみまで、あなた達に与えられた恵みを輝かせなさい、というのです。
 「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい」。(フィリピ4:4)ここでは、喜びの勧めが記されております。「主において」ということが言われております。
 パウロは、たとえ何が起こっても、イエス・キリストが彼とともにいることを知っていたので、喜びにあふれていたのです。これは一時的な喜びではなく、主キリストを根拠とした喜び、すなわち、主から湧き出る喜びのことです。又、本人の自覚と努力を要求する喜びであるのです。
 「あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます」。(フィリピ4:5)究極の喜びは、私たちのうちに住んでいるキリストから生じるのです。キリストは近いのであり、再臨はこの究極の喜びを完全に実現するのです。私たちのうちに住んでいる方は、私たちのためにご自分の最後の目的を達成されるのです。
 「広い心」と訳されている語は、ト・エピエイケス(ギリシア語)以外のどんな言語にもそのまま対応する訳語の見つからない語の一つであります。日本語訳では「寛容」、「柔和」、「温和」などと訳されています。パウロはこの「エピエイケス」な態度が「すべての人に知られるように」なることを勧めています。「ト・エピエイケス」は、キリストの特徴、アイデンティティ―でなければならないというのであるのです。神の憐れみとはまさにこの性質を指すものであります。
 この「エピエイケイア」がフィリピ書において重要な位置を占めるのは、二章で歌われているキリスト賛歌の中のキリストの態度に関連しているからであろうと考えられます。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で、現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」。(フィリピ2:6-8)」
 神としての当然の権利にしがみつかないこと、自分を空しくするすべてを知っていること、これがほかならぬキリストの実践した「エピエイケア」なのであります。キリスト者のこの特質をすべての人びとに示すようにという勧めは、「主はすぐ近くにおられます」という、主の来臨の緊迫した状況の中で与えられているのです。到来する主に関心が向く時、何事にもこだわらない広い心(エピエイケイア)が身につくようになるのです。そしてこれが「どんなことにも、思い煩うのはやめなさい」との勧めにつながっていくのです。この煩いは、「神の国と神の義を求めなさい」。(マタイ6:33)神の国の体現であるキリストを待つ心と、思い煩いとは両立しないのです。求めることを祈りつつ神に願って打ち明けるにも、感謝が伴わなければならないのです。
 第四節は、イザヤ書60章1節の、「起きよ、光を放て。あなたを照らす光は昇り、主の栄光はあなたの上に輝く」とあります。
 歌詞も素敵ですが、三拍子の軽やかなメロディーがクリスマスを待ち望んで喜びに躍る心を歌いあげています。

 パウロは「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びを持って祈っています」。(フィリピ1:3-4)と言って、パウロの祈りは感謝に伴われていました。この手紙の中でパウロが喜びという言葉を何度も用いた中の最初であります。フィリピ人は、パウロが祈るごとに、喜びと感謝をもって覚えて祈られていたのです。パウロを助けることによって、彼らはキリストの目的に役立っておりました。フィリピ人は、神が彼らに行うよう望んでおられることならどんなことのためにでも、用いられることをいとわなかったのでした。感謝の念は、様々な形で私たちに達する神の恵みであります。そこには神の平安が、キリスト・イエスとの一致を実現させることによって、使徒たちの心と考えを警護することにあるということであるのです。

 私たちの祈りはどんな祈りをしているでしょうか。家族のため、あるいは友のために祈りますが、その時に神に感謝し、いつも喜びを持って祈っているでしょうか。いつも祈りが喜びにあふれるような祈りを持つためには、自分自身がしっかりと神に向き合って、真剣に祈ることができるからこそ喜びに繋がることができるのではないでしょうか。

 「あなたに信頼するゆえに、平和に」(イザヤ書26:3)私たちは決して争いを避ける事は出来ないのです。しかし私たちが思考を完全に神に向けるなら、どんな大混乱の中でも完全な平和を知ることができるのです。思考を神とそのみ言葉に集中させるなら、私たちはより安定し、揺るぎないものになるのです。
 「あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えをキリスト・イエスによって守るでしょう」(フィリピ4:7)神の平安は、世の平安とは違います。本当の平安は、前向きな考え方、対立がないこと、それは神が支配しておられることを知ることから生じるのです。キリストの御国に私たちの国籍は確かにあり、行く先は定められていています。神の変わらない愛と偉大な力に助けられるなら、周囲の混乱に揺さぶられることがなくなるのです。平和を求めるならば、神を信頼し、思考を神に留めることであります。
 
 心の中に何を入れるかで、私たちの言葉や行動は決定します。日常の生活の中で、私たちは、テレビ、ラジオ、インターネット、新聞、本、会話、映画、雑誌などを通して、色々なことが心の中に入ってきます。特に若者はハイテクの中で生活していることが当たり前の世界になっています。中には有害な情報もあります。どんな時に健全なものと取り替えていかなければ行けないという、判断力が必要になります。
 とりわけ、神の言葉を身近に感じて、聖書を日頃から読む習慣を身につけ、そして祈りをしなければいけません。
 
 「人間と同じ者になられた」(フィリピ2:7)ということは、キリストを基準として「わたしたちの中で、完全な者はだれでも、このように考えるべきです。しかし、あなたがたに何か別の考えがあるなら、神はそのことも明らかにしてくださいます」(フィリピ3:15)というような目で眺める時、すべては正しく位置づけられ、ふさわしく評価されるはずであって、ここに真の「キリスト教的ヒューマニズム」が成立するのです。

 パウロは「わたしから学んだこと、受けたこと、わたしについて聞いたこと、見たことを実行しなさい」。(フィリピ4:9)と勧めています。「わたしたちは到達したところに基づいて進むべき」(フィリピ3:16)であると言ったパウロには、キリストという正しい方向に向かって正しい道を走っているとの自覚があったのです。けれども、キリストという正しい方向に向かって走らなかったらどうなるでしょうか。当然目標を失い、迷路の中をただひたすら走るようなことになってしまうのではないでしょうか。
 ですから、信徒たちもパウロと同じ道を進むべきであることを勧めているのです。

 主を待ち望むアドヴェントのこの時を、「主は近くにおられる」ということを、広い心を持って、クリスマスを待ち望み心躍らせましょう。



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