2013-11-24(Sun)

豊かなる神の恵み 2013年11月26日の礼拝メッセージ

豊かなる神の恵み
江田めぐみ伝道師

 イスラエルを贖う聖なる神、主は人に侮られ、国々に忌むべき者とされ、支配者らの僕とされた者に向かって、言われる。王たちは見て立ち上がり、君侯はひれ伏す。真実にいますイスラエルの聖なる神、主があなたを選ばれたのを見て。
イザヤ書49章7節


 神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる言葉、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。こうして、キリストについての証しがあなたがたの間で確かなものとなったので、その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます。主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。
コリントの信徒への手紙一1章1~9


 パウロの手紙は、どの手紙も、挨拶における自己紹介から始まっております。
パウロはこの手紙でも、自分の肩書を使徒であると説明しています。使徒とは「遣わされた者」という意味ですが、その遣わした方が神であるということを、「神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となった」と言っているのです。ここには明らかにパウロの使徒性の主張が込められています。それは、神の御心によってこの世に使わされた全権大使ということです。使徒性は使徒言行録の最初の章で言われているような、生前のイエスと共に生活した者の中から選ばれた12人とは異なり、「わたしたちには、他の使徒たちや主の兄弟たちやケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか」。(1コリ9:5)からも伺われるような広い意味を持つのです。
 さらにここでは組織や人脈によらない、直接神の意志によって、復活の主と結びついて「人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ」、(ガラテヤ1:1)使徒の権威が強調されています。

 コリントは、巨大な文化的るつぼであり、独立心が強く、退廃的でありました。ローマ人は前146年にコリントを破壊したのです。しかし前46年、ローマ帝国ユリウス・カイザルはコリントを再建し、港を建設しました。コリントの繁栄は、あらゆる脱落に繋がっていくのです。偶像礼拝が隆盛をきわめ、異教徒の神殿に、「コリントの女」と呼ばれる娼婦が雇われていたのです。
 コリントの教会には、様々な信者がいたのです。富裕な商人、一般労働者、元神殿娼婦、中産階級の家族などです。この多様性のために、パウロは霊的に一致することと、キリストのようになることの必要性を強調しようとしているのです。
 わたしたちは「キリスト・イエスによって聖なる者とされて」(1コリ1:2)いるのです。
 神ご自身が、私たちを神の永遠の御国の住民になるように招いておられるのです。御子イエス・キリストは、私たちの罪を取り除いてくださる唯一の方であり、この栄光の御国に私たちを導いてくださる唯一の方であるのです。

 恵みは、キリストにおいて与えられる神の救いという、おしみない賜物です。
それを受けることは、「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており」(ローマ5:15:1)と、私たちに平和をもたらすのです。真の平安は、イエス・キリストへの信仰によって得ることができるのです。
 パウロは神の召しの事実に立ち、恵みと平安を、その源なるお方に目を注ぎつつ祈りました。パウロは「恵み」を祈ると同時に、現に与えられている「神の恵み」の事実に目を注ぎ、さらに、確かに約束されている終末の希望の思いを巡らし、感謝に満たされているのです。

 この手紙の宛先はコリントにある神の教会です。教会は神の所有ということです。教会はこの世に存在し、神の所有物である所に、この世の諸団体との違いがあるのです。教会に集まり、教会員を形造っている人たちは、「キリスト・イエスに会ってきよめられている」人たちです。それはイエス・キリストを信じて救われた人ということです。この世の人の中から神さまによって特別に聖別されて選ばれて神の僕とされ、神のものとされている者ということなのです。
 私たちが救われて信仰を持つということは、神の存在、神の息吹が分かることなのです。神の存在が本当に分かった時、私たちの目に見えてくる世界は変わってくるのです。
 罪と死の中にあった私たちが、十字架の血潮によって清められ、罪は流し去られてしまうのです。罪人を生かす者としての復活が、キリストと共に信ずる者に与えられるのです。それは復活の主が私たちを生かすのです。

 イエス・キリストは、復活して生きておられるのです。「イエス・キリストはきのうも、今日も、また永遠に変わることのない方です」。(ヘブル13-8)私たちは自分たちの人生をこのいける神に重ね合わせ、人生の同行者として頂く時、私たちの人生は明るく開かれてくるのです。イエス・キリストは復活して天に昇り、神の右に坐しておられますが、そこで何もなさっていないのではありません。私たちのために、聖霊という助け主を送って、私たちの願い、希望に応えてくださっているのです。それは、私たちの真剣な祈りに対して応えて下さるのです。
 天の父は、求めて来る者に聖霊をくださらないことがあるでしょうか。
 それは、祈り求める時わたしたちには聖霊が与えられるのです。聖霊は、私たちに語るべきことを教えてくださるのです。ここには、平安があるのです。「わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています」。(1コリ1:4)と、言っているのです。

 皆さんは、この世の中に生きていて、どれだけ神の恵みを感じられますか。
 アッシジの聖フランシスコには、小鳥の言葉を聞きわけるという伝説があります。それは小鳥のさえずりの中にも神の恵みを見つけていたことです。それは小鳥を通して語りかけるところの神の恵み深い言葉を、聖フランシスコは聞き分けていたに違いないと思うのです。
 私たちは、生きていることの素晴らしさということに神の恵みを感じ、感謝することのできる豊かさを信仰によって与えられているのです。パウロは、コリントの信者たちのことを神に感謝しているのです。

 私たちは、日々の生活の中で、感謝しているでしょうか。
 感謝は、毎日表現されるべきものなのです。日々の生活の中で、どれだけ感謝の気持を言い表しているか、考えてみたことがありますか。例えば、両親や友人、指導者など、そして神に対して、いくら感謝しても、しすぎることはありません。感謝が日々の生活の中で、無くてはならないものになるなら、あなたの態度が変わることでしょう。あなたは一層前向きになり、愛に満ち、謙虚になれるのです。

 コリントの教会の人たちには、様々な霊的賜物があったのです。しかし、賜物を用いて神に仕える代わりに、彼らはどの賜物がより重要であるかをめぐって議論したのです。パウロはこの議論を12-14章で、扱っております。
 賜物はカリスマ(複数)の訳です。コリントの教会の人々はこのカリスマを宗教的熱狂的恍惚状態における天的言葉の現れ(異言を語ること)と強く結びつけて考え、このような状態は自らが既に、復活の様、天的存在に入っていることであると理解していたのです。
 
 パウロはコリント人たちに「あなたがたは賜物に何一つ欠けるところなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます」(1コリ1:7)と、希望を述べています。又、「何一つ欠けるところがない」ということによって、賜物を拡大しているのです。
 パウロは賜物の所有と「キリストの現れを待ち望む」というキリストの再臨待望とを固く結合することによって、カリスマの所有が終末の実現ではなく、終末時の栄光の質であることを示しているのです。

 神は彼らを、キリストが再び来られる時に、「わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。神はこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えて、秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。これは、前もってキリストにおいてお決めになった神のみ心によるものです。こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです」。(エフェソ1:7-10)これは、彼らの賜物や功績のゆえでなく、イエス・キリストが死と復活を通して成し遂げられたことのゆえであったのです。主イエスを信じる人は皆、「キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身をささげられた後、二度目には、罪を負うためでなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださったのです」(ヘブル9:28)と、イエス・キリストが再びこられる時に、責められるところのない者と見なされるのです。それは、キリストを信じているなら、あなたは救われ、将来救いを受けることができるということです。

 パウロは、信仰の与える恵みについて、一つは言葉であり、もう一つは、知識であると言っています。言葉とは、神の言葉であり異言と預言のことを言っております。異言は祈りの言葉です。祈りの時に人には分からないけれど、神にだけは分かる祈りの賜物を与えられている人のことです。預言は神さまの言葉をあずかって、他の人に語ることです。いずれも、信仰によって、神さまについていろいろなことをほかの人に語り伝えることができると言う賜物です。ですから、キリスト者が、信仰の言葉と祈りとを多く与えられて他人に伝えることができると言うことは喜びであり、感謝すべきことではないかと思います。次に知識が豊かになると言うことですが、これも、神についての知識です。神を正しく知る信仰の知識が与えられることは喜ばしいことではないかと思います。その結果「キリストの為の証しが、あなたがたの内に確かにされる」のだと言っております。神の言葉と祈りが豊かに与えられ、神を正しく知る知識が豊かになっていくことは、その教会が伝道の準備を十分整えた状態にあると言えるのです。

 このように信仰の用意ができて初めて、私たちは「主イエス・キリストの出現を待ち望む」ことが出来るのです。私たちは、主の日、終わりの日に、神に責められることがないように、裁かれることがないようにと、パウロは言っております。私たちは、主の前に出て、その裁きに耐えることができるかどうか恐れます。人の目をごまかして生きてきたような私たちを、神は赦して下さるのでしょうか、と思わざるをえません。しかし、神の審きは、この世界が神の御支配に服するためには必要なことです。
 イエスは、十字架につけられる前に、大祭司の審問を受けたのです。その時、大祭司の審問に一切沈黙を守られたイエスが、沈黙を破って一言、言われたのです。それは「お前はほむべき方の子、メシアなのか」との大祭司の問いに対して、「そうです。あなたたちは、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来るのを見る」。(マルコ14:61~62)という言葉です。
 「大祭司らは、イエスを十字架につけて、勝利を得たように思うでしょうが、神の御子は、必ず来て、あなたたちを審く」と言われているのです。
悪しき者の支配を神はお見逃しなさらないということです。神の恵みは、はかり知ることが出来ないほど、広大で強いのです。主イエスの救いだけが、私たちを審きから守り、主の前に立って、審かれない者にして下さるのです。これが信仰の結果なのです。私たちは不真実な人間です。
 しかし、神は真実な方ですから、私たちが神の真実の中に自分たちの人生をゆだねる時、変わることのない真実を持って守って下さるのです。ここに、感謝しないではいられない救いの喜びがあるのです。



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