2013-10-27(Sun)

信仰による神の義 2013年10月27日宗教改革記念日の礼拝メッセージ

信仰による神の義
中山弘隆牧師

 アブラムは尋ねた。「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」アブラムは言葉をついだ。「御覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えてくださいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」見よ、主の言葉があった。「その者があなたの跡を継ぐのではなく、あなたから生まれる者が跡を継ぐ。」主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。
創世記15章2~6節


 ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。
ローマの信徒への手紙3章21~26節


(1)宗教改革の原点
 本日の礼拝はキリスト教会にとって非常に大きな意義を持っています宗教改革を記念するための礼拝です。
 今から496年前の1517年10月31に、ローマ・カトリック教会で、アウグスチヌス会の修道士でありましたマルティン・ルターがドイツのヴィッテンベルグにある教会の扉に、カトリック教会が当時発行していました免罪符が無効であることを指摘した95の論点を掲示し、これについて神学的な公開討論を呼びかけました。
 これが発端となって、あたかも乾ききった草原に火が燃え広がるように、宗教改革の波はたちまちヨーロッパ全体に及びました。当時のヨーロッパの人々は一人残らず、自分はプロテスタントに属するか、それともカトリックに属するかの決断を迫られるという事態を引き起こしたのです。このようなヨーロッパ全体を巻き込む宗教的運動は、また同時に社会的、政治的、経済的、文化的な運動でもありました。
 しかし宗教改革運動の核となる部分はあくまでも信仰の問題であり、人間の救いに関わるキリストの福音とは何か、信仰とは何かが真剣に問われたのです。従いまして、宗教改革の原点は神の御前での魂の平安を求めて、修道院に入り苦闘していたマルティン・ルターの宗教体験にあると言えます。
 彼はカトリック教会の提供する救いの手段によってではなく、聖書の研究を通してキリストの福音を再発見し、それによって神の与えられる魂の平安を体験することができたのです。その確信は免罪符が無効であるという95の論点を教会の扉に張り付ける数年前の出来事であったと言われています。
 彼はドイツで有名なエルフルト大学を卒業し、さらに父親の願いによって、エルフルト大学で法律学の勉強を始めた途端に修道院に入りました。それは彼が以前から自分の存在を根底から揺り動かすような恐怖に襲われ、それ以後拠り所のない闇の中をさ迷っている不安を感じていたことが原因です。ルターは自分が神の御前から締め出されていると思い、魂の平安を求めて、修道院に入りました。見習いの修道士なって間もなくヴィッテンベルグの修道院に移され、同時にヴィッテンベルグの神学校で神学を学びました。
 それからは修道士として要求される仕事に励み、しばしば司祭のもとに行って自分の罪を告白し、執り成しの祈りをしてもらい、罪の償いのために課せられる祈り、奉仕、苦行を熱心に果たしましたが、それでも魂の平安は得られず、数年にわる苦闘が続いたのです。
 24歳のとき彼は司祭になり、29歳のとき神学博士の学位を取得し、聖書の講義をする教授の地位があたえられました。そのころ、詩編の講義、ヘブライ人への手紙の講義をしながら、魂の平安を求め続けました。ヴィッテンベルグの修道院の庭にある塔の一室が彼の書斎となっており、そこで1511~1512年にかけてルターはローマの信徒への手紙を研究しました。

 その中で、1:17節の言葉を熟慮しているとき、彼の心を啓示の光が照らしたのです。
 「福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。『正しい者は信仰によって生きる』と書いてある通りです。」
 ここで「神の義」という言葉を、これまで自分が理解していたのと全く違う意味で聖書が語っていることに気が付きました。神の義はルターが考えていたように人間の罪を罰する「神の怒り」を意味しているのではなく、「罪人のために与えられる」神の義であることが分かったのです。
 罪人のために罪人に代わって、主イエスが達成してくださった「神への従順による義」を意味していると確信したのです。すなわち、その神の義は福音が語っている主イエス・キリストにおいて実現した神の恵みを信じ、心から信頼することによって、神が無償で与えてくださる「神との正しい関係」であることが分かったのです。
 この「ルターの確信」が福音を正しく理解するための唯一の視点となりました。彼はアウグスチヌス派の修道院で、アウグスチヌスの神学と聖書解釈を研究して来ましたので、救いは「神の恵みによってのみ」与えられることを理解し、信じていました。
 その一方で、カトリック教会の救いに関する教理は、神の恵みによって、信徒が正しい行いを実行し、実行を通して「正しい者」となるとき、初めて救いに入れられると教えています。
 この教理に従って、ルターは神の最後の審判を思う度に、自分は必ず滅びるという不安が誘発され、魂に平安がなかったのです。その原因は神の義が罪人に審判を下す神の基準であると考えていたからです。そして自分が神の審判の基準に達していないことが彼にはよく分かっていたからです。
 しかし、実際には神の義は、罪人に与えられる神の義であることを神は「福音の言葉」を通して啓示されました。実に、神の義に対するこの理解によって、神ご自身がルターと出会ってくださったことを知ったのです。
 神はルターにご自身を示し、恵みを与え、恵みの中で神の御前に生きるようにしてくださったのです。言い換えれば、それは永遠に変わることのない「神との正しい関係」であります。
 生ける聖なる神と出会い、神との人格的な交わりを与える神との正しい関係こそ、救いの基盤であり、魂に喜びと平安を与えるのです。このときルターは本当の意味で魂に平安を得ました。

 使徒パウロがここで、「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」(ローマ1:16)と言っていますように、ルターは救いを与える神の力である「福音」を再発見しました。
 それゆえ、ただ信仰によって与えられる神との正しい関係は、福音が力を発揮することの基盤であると確信しました。
使徒たちの時代、すなわち原始キリス教会の時代のクリスチャンは皆この永遠に変わらない基盤の上に立っていました。そのことは使徒ペトロが証しています。
 「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。それは、あなたがたが信仰の実りとして魂の救いを受けているからです。」(ペトロ一、1:8~9)
 彼らは福音を信じることによって、復活のキリストとの人格的な交わりを聖霊によって日々経験しており、言葉では言い尽くせない喜びに満たされていました。ペトロはそれをクリスチャンが「魂の救い」を得ているからであると見做しています。
 これはルターが福音を信じて、魂の平安を得たことと同じ霊的な状態を意味しています。

 次に、ルターがヴィッテンベルグの教会の扉に張り付けた95の論題の第62条項では、教会が所有している「本当の宝」とは「神の栄光と恵みの最も清い福音である」と言っています。
 これはカトリック教会の免罪符に対する論駁の根拠です。カトリック教会は「聖人たちの功徳の宝」を所有し、法王は聖人たちの功徳を分与する権能を持っているので、罪を火で清めるために「煉獄の苦しみ」を受けている故人の魂は法王の発行した免罪符を購入すれば、その苦しみから免除されるといって、免罪符を発行しました。免罪符販売はローマ法王庁の大きな財源となっていました。
 ドイツでは免罪符の効用を宣伝する説教者の周りに多くの人が集まり、免罪符を購入しました。他方そのようにしてドイツの貨幣が吸い上げられ大きな損失を被っていましたので、ドイツでは免罪符に反対する気風が広まっていたのです。
ルターは「二種類の義」と題した説教の中でも第62条項の説明をしています。そこでキリストの功績は、クリスチャンが自分の善き業によって獲得する自己の功績ではなく、キリストが「誕生から十字架の死に至るまでの生涯」において、神に対する徹底的な従順の歩みによって達成されたことによる「人間のための義」であると言っています。そして神はキリストを信じる者にキリストの義を無償で与えられるので、キリストの義が信仰を通して信仰者の中に浸透することによって、人は神から義と認められると語っています。

(2)神の義とクリスチャンの自由
 次に、本日の聖書の箇所では神の義がさらに詳しく説明されています。
 「神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。そのように神は忍耐をしてこられたが、今この時に義を示されたのは、ご自身が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。」(ローマ3:25~26)
 ここに、神は「正しい方」であり、「イエスを信じる者を義とされる方」であることが、はっきりと述べられています。
 このことは神の御子イエスが人類の罪のために、人類に代わって十字架の死において神の裁きを受けられ、人類の罪を贖われたことを意味しています。実に、人類の罪を贖うためには、神の御子イエスが罪の裁きである死を引き受けられることが必要であったのです。
 つまり、罪の贖いとは罪を取り去ることと人を罪の力から解放することを意味しています。従って、もし人間一人一人が神に裁かれて死滅したとしましても、そでは神の義が達成したことにはなりません。なぜならそのような方法では罪に対する神の裁きが実現しないからです。従って義が達成し、人類の罪が神のみ前から取り去られ、人間の中に働いている罪が人間を束縛する力を失うようになるためには、罪のない方で神への従順を果たされた神の御子イエスが人類の罪のために裁かれることが絶対に不可欠でありました。
 ここに、罪人を愛する神の愛が限りなく啓示されています。聖書は「キリストと立てて」と言っていますが、これは神が全人類に対して神の義と愛を公示されたことを意味しています。
 御子イエスが死の極みまで父なる神に従順であったことにより、初めて人類の罪は贖われたのです。それゆえ、父なる神は御子イエスを死人の中から復活させ、御子イエスの中に人間がそれによって神の御前に生きることのできる義と命を備えてくださいました。
 このことによって、人間にとって必要であり、しかも人間がなし得なかったこと、すなわち人間が神のとの交わりの中で生きるために必要な義を、神ご自身が御子イエスにおいて達成し、人間のために備えてくださったのです。
 ここで、「神は今まで人が犯した罪を見逃しておられた」とありますが、これは人が自分の犯した罪の罰を免れていたという意味ではありません。神が罪を見逃しておられたことによって、人間は神との人格的な交わりから締め出され、魂の平安を失っていたのです。 
 この人間の悲惨さを誰よりもご存知である神は、失われている人間との人格的な交わりを自ら欲して、御子イエスをこの世界に遣わされました。今や、神が御子イエスを与えられる程まで、いかに深く罪人である人間を愛されているかをイエスの十字架と復活の事実をもって公然と示し、同時に神の義を高く掲げられたのです。
 人はこのことを信じるとき、だれでも神との人格的な交わりの中に入れられ、主イエス・キリストの中に神が実現された恵みの中で、神の御前に生きることが可能となっているのです。ここに神から与えられたクリスチャンの自由があります。

 ルターは宗教改革者として、ドイツ及びデンマーク、スエーデン、フィーランドでの改革運動のため、日夜奔走する多忙な中で、福音主義に立脚する「プロテスタント教会」を形成するために、「恵みのみ」、「信仰のみ」、「聖書のみ」という原則を高く掲げて、聖書の講義に精力を注ぎ込んできました。
 カトリック教会によって1520年に破門されたルターは、1521年にヴォルムスで開催された神聖ローマ帝国の国会の決議で、法律の保護を奪われましたが、サクソン州の領主フレデリック公に保護され、ヴァルトブルグの城に匿われました。このとき、当時の聖書はラテン語で書かれていましたので、教養のない一般の人々は読むことができませんでした。そこでルターはギリシャ語の新約聖書をドイツ語に翻訳し、その聖書は1522年に出版されました。
 その後ルターはヘブル語を勉強して旧約聖書をドイツ語に翻訳しましたが、完成は10年以上かかり1534年に出版されました。正に、ドイツ語の聖書の出版は彼のライフ・ワークということができます。
 また、1535年にはガラテヤの信徒への手紙の註解書が出版され、その年に創世記の註解の作業に取り掛かり、10年後にそれを完成しました。その翌年の1546年にルターは63歳で天に召されました。
 彼は若いころ魂の救いのために苦闘し、信仰による「神の義を身にまとい」福音に仕える生涯を歩み抜いたのです。
このことを今日わたしたちは神に感謝するものであります。



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