2013-07-14(Sun)

イサクの神 2013年7月14日の礼拝メッセージ

イサクの神
中山弘隆牧師

 イサクがその土地に穀物の種を蒔くと、その年のうちに百倍もの収穫があった。イサクが主の祝福を受けて、豊かになり、ますます富み栄えて、多くの羊や牛の群れ、それに多くの召し使いを持つようになると、ペリシテ人はイサクをねたむようになった。ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。アビメレクはイサクに言った。「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。」イサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだ。そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けた。イサクの僕たちが谷で井戸を掘り、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争った。そこで、イサクはその井戸をエセク(争い)と名付けた。彼らがイサクと争ったからである。イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てると、それについても争いが生じた。そこで、イサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けた。イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。イサクは更に、そこからベエル・シェバに上った。その夜、主が現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす。わが僕アブラハムのゆえに。」イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。
創世記26章12~25節


 イエスは言われた。「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、そんな思い違いをしているのではないか。死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。死者が復活することについては、モーセの書の『柴』の個所で、神がモーセにどう言われたか、読んだことがないのか。『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている。」
マルコによる福音書12章24~27節


(1)聖書の神
 旧約聖書の創世記には、イスラエル民族の族長と呼ばれているアブラハム、イサク、ヤコブの信仰の歩みが記されています。今日わたしたちがそれを読むことによって、聖書における信仰とは何であるかを知ることができます。
 先ず信仰の基礎は神が御言葉をもって族長に出会い、祝福と約束を与え、彼らを導き出し神に従う人生を送るようにされたことです。アブラハムの召命は神が彼に出会い、次の言葉を語られたことによります。
 「主はアブラハムに言われた。『あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。』わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る。アブラハムは、主の言葉に従って旅立った。」(創世記12:1~4)
 神がアブラハムと出会い、祝福の言葉を与えられました。あなたの生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい、と命じられたことにより、アブラハムは神を知ったのです。
 このことはアブラハムが神を知る前に、神はアブラハムを知っていてくださったことを表しています。同時にアブラハムの人生は、神が計画しておられるように展開していくことを意味しています。 
 アブラハムはこのことを信仰によって理解し、自分の人生のすべてを神に献げて、神の導かれる所に、「行く先」を知らずに出て行ったのです。その後は一生涯神の導きに従って歩み通しました。
 次にアブラハムに与えられた約束を受け継いだイサクに対しても、神は御言葉を持って、イサクと出会い、御自身を現わされました。
また、アブラハムの時代に起こったのと同様の飢饉がイサクの時代にも起こりましたので、イサクはペリシテ人の王アビメレクの所に移動しました。そのとき神は次のように仰せになりました。
 「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。あなたがこの土地に寄留するならば、わたしはあなたと共にいてあなたを祝福し、これらの土地をすべてあなたとその子孫に与え、あなたの父アブラハムに誓ったわたしの誓を成就する。」(創世記26:2~3)
 実にイサクは神の御声に従って、ペリシテ人の土地に寄留することに決心したのです。
 これらの出来事を考慮しますと、聖書の神は真に人格的な神です。神はアブラハムやイサクをご自身の前に生きる一個の人格として知ってくださり、彼らに対する 神ご自身の目的を実現するために、歴史の中で働いておられる神であることが分かります。
 この点で族長たちの信じる神は古代世界の人たちの信じる神々とは全く異なっていました。古代世界の人たちが信じる神は特定の地域と結びついており、人間と人格的に結びついてはいませんでした。今日でも日本の氏神は地域に住む人々が祀っていますが、それは古代の信仰です。従いまして、人が神の支配する特定の地域から出て他の場所に行けば、その神との関係は消滅し、他の領域を支配する他の神との関係に入ることになります。しかしそのような神々を信じている限り、人間は自分の人格と自分の生涯に対する自覚と責任に目覚めることはできません。
 それとは全く対照的に、聖書の族長たちは多くの地域に移住することを余儀なくされましたが、彼らは初めから終わりまで自分を知っておられる同じ神との交わりの中にありました。実にこのことによって族長たちは自分たちの生涯を神に対する信仰によって歩み抜くことができたのです。
 実に族長たちの神との人格的関係を、主イエスご自身が次のように証しておられます。そこで、主イエスは「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」という出エジプト記2:6の言葉を引用されました。これは聖書の神が族長たちの約400年後にモーセに現れ、イスラエルの民をエジプトから解放し、族長たちに約束された土地に導くため、神がモーセにご自身を現わされましたときの出来事です。そこで神はモーセに対して、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と仰せになったのです。
 それゆえ、神は本来的に主イエスの父でありますが、同時に神は主イエスを通して、ご自身をアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼ばれることを承認されたのです。

(2)イサクの信仰とその歩み
 次にイサクは神から自分が知られていることを信じて、そして自分の人生は神が自分に対してすでに計画しておられる人生を歩むことに「本当の意義」があることを知りました。
 それゆえ、イサクは神の計画しておられる「本当の自分」の人生を歩むために、神の御心を知しらされ、また御心に従う力が与えられることを「絶えず」願っていました。
 従って、イサクの生涯には二つの特徴があります。一つは自分の弱さと、もう一つはそこに働く神の力と祝福の豊かさです。
 つねに彼の生活が不安定である最大の原因は、彼には定住する国がなく、他国人の土地で寄留者として過ごさざるを得なかったことです。彼はペリシテ人の国に寄留し、そこで穀物の種を蒔き、また家畜を育てました。このように彼の生業は半農・半酪農でした。その中で、神様から祝福を受け、多くの財産を得ました。
 しかし、その半面で周囲の人々から羨ましがられ、反感を買い、彼の生活がその都度脅かされることになりました。イサクの成功を妬んだペリシテ人は、彼の井戸を埋めてしまい、彼を追い出そうとしたのです。難民として寄留する人々が弱い立場にある間は、置いてやっていても、自分たちよりも強力になると、追い出そうとするのは、人間の自然的傾向です。このことが、26章15~16に記されています。
 「ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。アビメレクはイサクに言った。『あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。』」
 このような事態の中で、イサクの性格は根本的に人との争いを好まない特色を持っていました。それゆえ、イサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだのです。17節には次のように記されています。
 「そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘りなおし、父が付けたとおりの名前を付けた。」
 しかし、ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」と主張し、イサクの羊飼いと争ったのです。それゆえイサクはその井戸をエセク(争い)と名付けました。
 21節には、イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てましたが、その井戸も争いが起こりました。そこでイサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けました。
 しかし、22節では「奇跡」が起こったと記されています。
 「イサクはそこから移って、さらにもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、最早争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付けた。」
 そのことをイサクは神に感謝して、この場所は神が与えられた場所であると言う信仰を表明しました。言い換えればこれが神の御心に従って歩む者の人生です。
 そのとき、イサクは、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった。」(26:22)と言っています。
 作家の三浦綾子はある本の中で、イサクのことについて書いておられます。人は絶対と言う言葉をあまりに簡単に使用してはいけないと思う。人が自分の目で見ることのできるものは限られており、しかもその見方は必ずしも正しいとは言えないからです。わたしたちは人生の危機において、絶対にこの道しかないと思い込まずに、もしかしたらもう一つの道があるのではないかと考える必要があるのではないでしょうか。
  同じ生きるなら、こうしか生きられないではなく、こうも生きられる、と言う気持のゆとりが欲しいものです。そのときにわたしたちの人生が一層深いものとなりますと三浦綾子は言っています。

 これまでのイサクが歩んだ人生を振り返って見ますと、イサクは井戸を掘り当てて、ようやく定住できると思われた時、ペリシテ人との間に井戸の所有権をめぐって争いが生じ、幾度も窮地に立たされました。それでもイサクはもう一つの道があることを信じて、希望を抱いていたのです。
 しかし、もう一つの道とは神が計画し備えていてくださる道でありますので、そのことは実際に生起するまで、人間の目には見えない道です。それにも拘らず、神の本質が愛であることを知ることによって、イサクは神が用意していてくださっている見えない道を信じました。なぜなら、神は常に赦しを持ってイサクと出会ってくださいますので、神の愛と全能の力をイサクは信じていたからです。
 その結果、イサクは古い井戸の復活だけでなく、新しい井戸も掘り当てました。これは乾燥地帯では特別の知恵と幸運が伴わないとできないことです。それゆえ、ペリシテ人はイサクが神の祝福と知恵を持っていると感じ、これ以上イサクに対して悪を行なえば、今度は自分たちの立場が悪くなるのではないかと恐れ、イサクとの争いを止めてしまいました。

(3)神の性質を映し出す人間
 今やイサクの信仰の生涯は一つの峠を越えたのです。ちょうどイサクがベエルシェバに定住するようになった時のことです。そこで非常に感動的な出来事が起こりました。
 イサクを追い出したペリシテ人の王アビメレクは参謀のアザトと軍隊の長ピコルと共に、イサクの所に来て、契約を結びたいと申し出ました。26章28節に彼らの申し出が記されています。
 「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。」
 この申し出をイサクは喜んで受け入れ、彼らのために祝宴を開き、翌朝早く起きて、彼らは契約を結び、互いに害を与えず、共存することを誓約しました。そのようにしてイサクはペリシテ人の王と武将たちを送り出したのです。するとその日の夕方、イサクは新しい井戸を掘っていた僕たちから、「水が出ました」との吉報を受けました。そこでイサクはその井戸をシブア(誓い)と命名したのです。
 33節には、「そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。」と記されています。

 以上がイサクに関する聖書の証言です。イサクは実に平和を好む人、争うことを避けようとする穏やかな人柄であったことがよく分かります。苦労して掘り当てた井戸に対して自己の権利を主張することは当然であると考え、相手との共存を不可能にする争いを避け、相手の要求を聞き入れました。
 さらにこれまで自分たちに散々迷惑をかけたペリシテ人の王が来て、自分たちはあなたに何も危害を加えず、むしろあなたのためになるように計り、あなたを無事送り出したから、これからは互いに友好関係を結ぶ契約をしたいと言う申し出を、イサクは喜んで受け入れ、契約を結びました。それを見た僕たちは何と弱腰の主人であろうかと呆れたかも知れません。
 しかし、そうではなく、イサクは神と人格的な交わりを生涯保ち、つねに神の恵みと正しさと力を身近に感じており、神の性質を絶えず考えて、行動していました。その結果、イサクは神の性質を自分の言動と態度を持って映し出していたのです。
 もちろん、イサクには罪がない完全な人間であったと言うのではなく、多くの欠点や神に反する行動を取ったことも度々あったことでしょう。
  しかし、神の恵みと正しさは常に、イサクに生きる道を切り開きました。それだけでなく、そのことを通して、イサクに反対していたペリシテ人もイサクには神が共におられ、イサクを通して神の祝福と正しさが自分たちにも及ぼされると感じたのです。
 その原因は、イサクが神の性質を映し出す人間となっていたから、ペリシテ人に神がイサクと共におられることが分かったのです。
 もしそうでなければイサクに与えられた神の祝福を見るだけでは、本当の意味でペリシテ人は神に対する「畏敬の念」を持つことはなかったでありましょう。
 これらのことを考えますと、神の目的は神を信じる者が神との人格的な交わりの中で、神を知り、神の性質を映し出す人間となることであると言えます。



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