2013-05-26(Sun)

生ける唯一の神 2013年5月26日三位一体主日礼拝メッセージ

生ける唯一の神
中山弘隆牧師

 聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
申命記6章4~5節


 しかし、これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである。」「初めからこれらのことを言わなかったのは、わたしがあなたがたと一緒にいたからである。今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」
ヨハネによる福音書16章4~15節

(1)聖書の神
 本日は日本基督教団の教会歴によりますと、三位一体の主日です。確かに、聖書に三位一体と言う用語はありませんが、それでも聖書は父なる神と神の独り子である主イエス・キリストと聖霊を告白しています。
 従いまして、キリスト教の信仰の中心は、神が唯一で、人格的な神であると言うことです。
しかし神は決して孤独の神ではなく、神ご自身の内部で、父・子・聖霊の三つのパーソンを持っておられ、その三つのパーソンの間で愛と平和の交わりを持っておられる一つ神です。
三つのパーソンは一つの本質を共有し、それぞれ一つの同じ意志を持ち、一つの同じ働きをしておられるのです。そのような一つの神がわたしたち人間と深く関わっておられるのです。

 それに対して、多神教の神々や汎神論的な神は、聖書の神とは本質的に異なっていますので、この世界を創り、人間を救う力は持っていません。
多神教ではそれぞれの神の働きの分野や特徴が異なっています。それゆえ、この世界や人間社会の中に統一した、首尾一貫した真理と力が働かないことになります。従って、そのような神々は真理と命の根源であるとは言えません。
 他方、汎神論的な神は自然や人間の中に神性が宿り、神と自然や人とが幾つかの段階を経て、連続的につながっています。そのような神は自己の意志と目的を持ち、それを実現するために人間の歴史を支配する神ではありません。
汎神論的な世界観では自然が初めから存在しており、永劫回帰していると言います。世界は無限に長い年月を経ると再び最初の状態に戻り、そのような循環を果てしなく繰り返すと言うのです。そこには本当の意味の価値観が欠如しており、一切の現象が空虚になってしまいます。それでは人間の生きる意味がありません。

(2)唯一の主なる神
 他方、聖書の神概念は、人間が勝手に考え出したのではなく、あくまでも神がご自身を人間に啓示されたことによって与えられました。つまり、神様は人間と関わられた「救いの歴史」を通して、ご自身を現わされたのです。
神の啓示は旧約聖書においては、イスラエル民族をエジプトの奴隷の状態から救い出された事件を通して与えられました。それに対して、新約聖書では神の御子イエスを通して、人間を罪から救い出してくださったことにより、究極的な啓示が与えられたのです。

 本日の聖書の箇所であります申命記では、次のように言われております。
「聞け、イスラエルよ、我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命記6:4~5)
「聞け、イスラエルよ」で始まるこれらの言葉は、聖書の根本的な信仰告白であります。今日でもユダヤ教徒は毎日二回、この信仰告白を唱えています。
 出エジプトの救済を通して、神は御自身を主として啓示されました。「主」とは「天地の唯一の支配者」と言う意味です。
 エジプトから神の力強い御手によって救出されたイスラエルの民は、シナイ山において律法を与えられ、神との契約関係に入れられました。その律法の前文で神は次のように仰せになりました。
「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」(出エジプト記20:2~3)
 そのとき、モーセは神に「どうか、あなたの栄光をお示しください。」と祈り求めたので(出エジプト記33:18)、主はモーセと出会われました。
「主は雲の内にあった降り、モーセと共に立ち、主の御名を宣言された。『主、主、憐み深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ちた神、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と咎とを赦す。しかし罰すべき者を罰せずにはおかず、父祖の罪を、子、孫に三代、四代までも問う者』」(出エジプト34:5~7)
 さらに次にように言われました。
「あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないからである。」(出エジプト記33:19~20)
従いまして、旧約聖書の段階で、神は「ご自身を唯一の神、絶対的な自由を持つ主権者」としてイスラエルの民に示されました。
 言い換えれば、人類に対する神の救いの第一段階として、アダムの子孫であるイスラエルが罪人であることを容認し、そのような人間が神に従う在り方を律法で示されたのです。
 以上が旧約聖書の段階で啓示された唯一の神であります。

(3)三位一体の神
 次に、唯一の神は新約聖書の段階で三位一体の神として啓示されました。そこで、神は「人類を罪から贖う」出来事を通して、御自身を究極的に啓示されたのです。
 なぜならば、人類の罪を贖うために、神ご自身が御子のパーソンにおいて、人間の罪を担い、十字架の死を全うされることが必要であったからです。
 そのため、神は「子なる神」のパーソンにおいて、人間と究極的に関わり、「神の言葉」である子なる神が「受肉」し、ご自身のパーソンにおいて、神性を人間性に結び合わされたのです。
 今や、御子イエスは旧約聖書の中で啓示された律法を解釈し、次の二つに要約されました。
 当時、ユダヤ教の律法学者たちはユダヤ人の守るべき律法は613の戒めから成り立っていると教えていましたが、他方でこれらの律法の中で「最も重要な律法は何か」と言う議論を盛んに行っていました。そのような状況の中で、律法学者はイエスを試めすため、同じ質問をしたのですが、イエスの答えは次の二つであります。
「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」(マタイ22:37)
 これは申命記の引用です。イエスは「これが最も重要な第一の掟である」と仰せられました(マタイ22:38)。続けて、次のように仰せられました。
「第二も、これと同様に重要である。『隣人を自分のように愛しなさい』」(マタイ22:39)
 これはレビ記19:18の引用です。この二つの律法を取り上げて、次のように仰せられました。「律法全体と預言者はこの二つの掟に基づいている。」
 次に、旧約聖書の時代には考えられないことが起こりました。イエスを通して、「罪の赦し」が直接与えられた出来事です。
 イエスは罪人に対して、「子よ、あなたの罪は赦される」(マルコ2:5)と仰せになりました。この赦しの宣言は独特の仕方であり、わたしが罪の赦しを宣言すると同時にあなたの罪は赦されると仰せになりました。明らかにイエスは神の立場に立ち、父なる神と一つとなって、赦しの言葉を宣言されたのです。
 さらに、自己の義を誇り、自己の功績によって救われると思っているファリサイ派の人たちの偽善を暴露されました。
 自分たちは罪人ではなく、「自分たちの父は神である」と主張している彼らに、イエスは「神があなたがたの父であれば、あなたがたはわたしを愛するはずである。なぜなら、わたしは神のもとから来て、ここにいるからだ。」(ヨハネ8:42)と仰せになりました。
 このように彼らは父なる神を愛していると言っていても、それは建前だけで、本当は父なる神を愛していないと仰せになったのです。
 さらに、イエスはご自身の人格とその性質、そして言葉と行動を通して、父なる神を完全に啓示されました。
 それゆえ「わたしを見た者は、父を見たのだ。」(ヨハネ14:9)と仰せになりました。
 神が「罪人」である人間を愛し、本当の意味で「神の子たち」とするために、御子イエスが人類の罪を担い、人類に代わって罪の結果として神から見捨てられ、虚無の中で死に、しかも死において神への従順を全うされました。
 それによって、人間が神との人格的な交わりに入れられるために必要な人間の義が、イエスによって達成されました。この結果、父なる神は御子イエスを死人の中から復活させ、神の国の支配者である主とし、教会の頭とされました。
 このように神ご自身が人間と関わり、人間の罪を取り去り、人間をご自身との交わりに入れられるために、実現してくださったことが、神の救いの中心点であり、神の啓示なのです。
 人間の救いのために、父なる神は、主イエス・キリストを通して人間と関わり、ご自身を人間に与えられたのです。

 次に、神の啓示と恵みが人間の中に働き、信仰と愛と希望と引き起こすことによって、人間は救われます。そのために聖霊が教会と教会に連なるクリスチャンに与えられました。
 本日の聖書の箇所でありますヨハネによる福音書16章5~7節で、御子イエスは十字架の死を前にして、次のように仰せになりました。
「今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしている。--しかし、実を言うと、わたしが去っていくのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。」(ヨハネ16:5~7)
 イエスが弟子たちのもとを去って父なる神のもとに行かれると言う意味は、十字架の死によって人類の罪を贖い、復活し、昇天して神の右に座し、神の国の支配者となられると言う意味です。
 イエスが「人類の救い主」である「主イエス・キリスト」となられた暁に、言い換えれば名実ともにキリストとなられた時、神のもとから聖霊を弟子たちの所に送られたのです。
 ここで聖霊は「弁護者」と呼ばれています。明らかに聖霊は単なる神の力ではなく、「パーソン」を持った方であり、父・子・聖霊の三位一体の中の「聖霊なる神」を意味しています。
 事実、聖霊が教会とクリスチャンの一人一人に与えられ、聖霊によって、クリスチャンは主イエスを信じ、神との人格的な交わりを持つ者となりました。聖霊によって主イエス・キリストの義と命を受け、愛と希望による「神の子たち」の歩みを始めたのです。
 他方、復活の主は神としての力を持って働いておられますので、わたしたち人間の目には見えないのですが、つねに信仰者と人格的に出会ってくださる方となられました。この点をイエスは次のように仰せられました。
「しかし、わたしは再びあなたがたと出会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」(ヨハネ16:22)
 「出会う」という言葉は、「見る」という言葉が使用されています。それはわたしたちが主イエスを見るのではなく、主イエスが神としてわたしたちを見られると言う意味です。
 この事態こそ、神の国の支配者である主イエスは目に見えなくても、人格的に出会われるのです。この霊的現実に接することがクリスチャンの喜びです。
 今や、教会が主イエス・キリストの福音の言葉を語るとき、復活の主イエスが出会ってくださいます。そして聖霊が働き、聞く人々の中に信仰と愛と希望が働くのです。
 それゆえ、キリストによって人類を救おうと欲せられた父なる神の目的は、今や聖霊によって、教会の奉仕を通して継続しています。しかしそれは神の国の主権者であるキリストの働きが、聖霊の働きと教会の務めを通して前進することなのです。
 このように、神が人間に与えられる救は、父なる神から出て、主イエス・キイストにおいて、聖霊を通して実現するのです。
 なお、世界の創造と維持についても同じことが言えます。このような三位一体の神は、一つの同じ本質を共有する三つのパーソンの中で、一つの同じ意志、一つの同じ愛、一つの同じ業が働いています。それゆえ、クリスチャンが三位一体の神を告白することは、神の栄光の現れを見て、「神の御名」を賛美することなのです。



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