2013-05-19(Sun)

主イエスの御名によって 2013年5月19日ペンテコステ礼拝メッセージ

主イエスの御名によって
中山弘隆牧師

 そのとき、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く。そのとき、歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。荒れ野に水が湧きいで、荒れ地に川が流れる。
イザヤ書35章5~6節


 ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しを乞うた。ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しを乞うていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。
使徒言行録3章1~10節


(1)ペンテコステ
 本日の礼拝はペンテコステを記念して行っています。「ペンテコステ」と言うギリシャ語は、「50日目」と言う意味で、主イエスの復活を記念するイースターから数えて50日目に当たります。
 元来イースターもペンテコステも旧約聖書で定められていましたユダヤ教の「過ぎ越しの祭り」と「刈り入れの祭り」の日でありましたが、それらの日にキリスト教で最も重要な主イエスの復活が起こり、また聖霊による福音伝道が開始されました。そのためこれらの日はキリストが誕生されたクリスマスと共に三つの重要な記念日になりました。
 しかし、ペンテコステは教会の誕生日ではありません。なぜならば、聖霊はキリストの復活と同時に、キリストによって使徒たちに与えられ、聖霊によってキリストの福音が啓示され、その時から教会は既に地上に存在していたからです。
 従いまして、ペンテコステはキリスト教会誕生の記念日ではなく、キリストの福音宣教が聖霊によって開始された記念日なのです。
 最初の福音宣教はエルサレムにおいてなされましたが、福音の内容はあくまでも人類全体を対象としていますから、当時のギリシャ・ローマ世界に離散していたディアスポラと呼ばれているユダヤ教徒がエルサレムに集まって来ましたのは、彼らが全世界の人々を象徴していたといえます。
 ところで、「聖霊」は復活のキリストから教会に、そして教会に連なるクリスチャン一人一人に与えられました。しかも聖霊は単なる神の力ではなく、父・子・聖霊の三位一体の神である「聖霊なる神」なのです。実にこの聖霊はクリスチャンを復活の主イエス・キリストと結びつける方です。葡萄の枝が葡萄の幹に繋がっているならば、豊かに実を結ぶことができるように、クリスチャンは聖霊を通して主イエスの義と命とを受け主イエスに似る者へとなって行くのです。
 このような主イエスとの生命的なつながりによって、クリスチャンは自分の新しい存在を最早自分の中にではなく、キリストの中に持つ者となりました。その結果、クリスチャンはキリストの中に存在し、キリストの中で生きるのです。
これがクリスチャンであります。それゆえ聖書はクリスチャンの在り方を「キリストにあって」あるいは「キリストに結ばれて」と言い表しています。

 視点を少し変えて言えば、ペンテコステの日に現れた聖霊の力強い働きは、キリストの恵みと異なる神の恵みを教会にもたらしたのではなく、聖霊のもたらした「恵みの実体」は主イエス・キリストご自身であります。
 それゆえ、聖霊は主イエスの思いをクリスチャンの心に与えます。今やクリスチャンは聖霊によって主イエスの思いを持って生きることができるようになりました。
 次に主イエスは神の御子でありますから、神を「父」と呼ぶ「御子の霊」をクリスチャンは聖霊によって与えられましたので、「神の養子」にされたのです。
 次に聖霊は主イエス・キリストの十字架の死において啓示された神の愛をクリスチャンの心の中に絶えず注ぎますので、クリスチャンは神の愛を実行することができるのです。
 ところで、神の恵みはすべてキリストの中に備えられているのですから、それを知るために人は復活のキリストと出会うことが必要です。従って福音が語られることが何よりも必要になります。
 最も基本的なことは福音が啓示され、福音が語られることです。実にこのことがペンテコステの日に生起しました。使徒たちは聖霊による確信をもって、忠実に、恐れなく福音を語りました。

(2)福音の内容
 次に、彼らの語った福音は今日「ケイルグマ」と呼ばれています。それは福音の根幹で福音全体を統一する要因となっています。ペンテコステの日に為されたペテロの説教が示していますように、6つの要点から構成されています。
 第一は、聖霊の降臨により、今や救い主の到来を約束した旧約聖書の預言が実現し、メシアの時代が開始したという点です。
 第二は、イエスの地上における神の国宣教と十字架の死と復活に関するイエスの歴史の要約です。イエスの人格とその業、十字架と復活において、メシアの時代が歴史の中で開始したという点です。
 第三は、復活のイエス・キリストが神の右に挙げられて天地の支配者となり、新しい神の民であるキリスト教会の頭となられたという点です。
 第四は、聖霊は教会におけるキリストの活発な臨在と教会に対するキリストの絶えざる導きの徴であるという点です。
 第五は、キリストの支配の最後の完成であるキリストの再臨です。
 第六は、悔い改めて主イエス・キリストを信じなさい、そうすれば主イエスの御名によって罪の赦しと聖霊を受けるという勧めです。
 それゆえ、聖霊によって啓示され宣教された福音は、あくまでも主イエスを主題とする神のメッセージであります。

 正に、初代のクリスチャンにとって、主イエス・キリストは活きて働く天と地の唯一の支配者でありました。それは神の御子イエスが地上に到来して以来、「すべての歴史の中で働くイエス」でありました。この点ヘブライ人への手紙は次のように言い表しています。
 「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です。」(ヘブライ13:8)
 今や主イエスは全人類の救い主となって働いておられます。しかし地上におられたイエスとは違って、現在は神としての力を完全に発揮しておられますので、その姿は見えません。それでも地上におられたときと同じ人間性を持っておられます。
但しその人間性は復活した人間性であり、霊的身体を持った人間性でありますので、主イエスが再臨し、わたしたちも復活させられるまでは、主イエスの姿は見えません。最後にわたしたちが復活した時点で、主イエスの姿を見えることができるのです。
 このように復活し、昇天し、天地の支配者となられた主イエスは地上におられないと言うのではなく、その姿は見えませんが地上に臨在し、救い主として活発に働いておられる方です。
 この活ける主イエスの「霊的現実」を今日のクリスチャンたちが使徒たちや初代のクリスチャンたちのように体験し、認識して、不動の確信を持つことが非常に重要です。
 実に、彼らは主イエスの霊的現実を「イエス・キリストの御名」と呼んでいます。

(3)イエス・キリストの御名
 本日の聖書の箇所で使徒ペトロとヨハネとは、実にイエスの御名によって、一人の人を長年の病から癒しました。しかし、それは単なる癒しの奇跡ではなく、主イエスによる救いの出来事を意味しています。
 「すると、生まれながらの足の不自由な男が運ばれてきた。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日『美しい門』という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた。」(使徒言行録3:2~3)
 この人は自分の人生を懸命に生きようと努力した時期もありましたが、生まれながら足が不自由なため、自活の道は見つかりませんでした。大人になっても人に施しを乞うて命をつないでいる自分の姿を見るにつけ、何と惨めな人間であろうかと感じていたのです。
 そこに自分の人生に本当の意味を発見し、活力に溢れている人間が現れたのです。それは主イエスの弟子であり、今や主イエスの復活の証人となったペトロとヨハネでした。彼らは主イエスと出会う以前には、自分たちも全く哀れな人間であったことを良く知っていました。しかし、今や主イエスによって生かされ、その力強さを身にひしひしと感じていました。それゆえ、大胆に、率直に、自分のすべてを開け放して、この人と出会おうとしました。
 ペトロとヨハネは正面からまともに彼を見つめて、「わたしを見なさい」と言いました。彼らは自分の良い所を出し惜しんだり、或いは自分たち以上に良く見せようとして、わざと威厳を装ったりしないで、有りのままの姿で、彼の前に立ちました。そして彼の目を見つめ、心の奥まで共感できるような出会いをしました。これは何という印象的な出会いであったことでしょうか。
 そこでペトロは口を開きました。
 「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(3:6)
 確かにこの場合、この人がペトロとヨハネに期待したものは僅かばかりの金でした。しかし本当は金銀を求めていたのでなく、もし自分が癒され、逞しく生きることができれば、自分は幸いに成れるのだが、と言う思いがまだ彼の心のどこかに残っていたのです。
 「わたしにあるものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって、立ち上がり、歩きなさい。」と言うペトロの言葉を聞いて、これはどういう意味かと驚き怪しみながら、しばらくペトロの顔を見つめていました。
 するとペトロは自分にとって一番大切なもの、否自分の命よりも大切にしているものをあげようと正直に言っていることが分かったのです。
 そこで一心にペトロを見つめていますと、主イエスがペトロを生かしておられることが分かり、今ペトロを担っておられる主イエスが哀れな自分を担ってくださると感じたのです。これは直観でそう思ったのです。そのときペトロはぐんぐん迫ってくる気迫を持って、彼の手を取りました。温かい大きな手で、彼が立ち上がるのを助けようとしました。
 このとき、彼は主イエスご自身が臨在し、彼に決断を促しておられるように思いました。その瞬間、彼は自分で歩けるような気がし、思い切って歩こうと決心したのです。するとどうでしょうか。忽ち彼は歩けたのです。これは全く不思議なことです。
 彼は主イエスの使徒たちとの出会いを通して、主イエスご自身が彼に語りかけ、彼を追い求め、彼に直面しておられるのを経験しました。その出来事の中で、彼は主イエスご自身が自分を受け入れ、抱擁し、包み込んで、主イエスの命と力を与えてくださるので、自分は新しく生ることができると信じました。
 この霊的な現実、すなわち神様が主イエスによって、わたしを知り、わたしを愛していてくださるということこそ、何ものにも優る恵みであると確信しました。そのようにして彼は、自分の人生の本当の意味を、神の恵みの中に発見したのです。
 さらに、神が主イエスを通して自分と共におられ、自分の人生を担い導いてくださるならば、どのような結果に終わろうともそれが一番よい人生だと思えたのです。ここに心から感謝の念が沸き起こりました。それゆえ、彼は神を賛美しながら、神殿の境内を歩き回りました。
 さらに喜びに溢れて神を賛美するうちに、今後は神の愛に応えて生きようと決意しました。その時、彼は自立して生きることができるようになったのです。

(4)主イエスの御足の跡を辿る人生
 最後に、福音の宣教を聞いて、復活の主イエスに出会い、主イエスを信じて、聖霊を与えられる時、人は罪と死に至る歩みから、義と生命に至る神の子たちの歩みへと移されたのです。
 ところで神の子たちの歩みとは、主イエスが人類の代理となって、十字架の死によって人類の罪を贖い、人類のために義を達成された主イエスの歩みの中で、すでに備えられています。
 実に、主イエスの地上の歩みは「ただ一回限りの出来事」であります。それゆえ聖霊によってクリスチャンは主イエスの一回限りの歩みに連なることによって、自分の人生の中で主イエスの歩みを「新しい形で繰り返す」のです。この事実こそ、主イエスの救いが人類の歴史全体を貫き、その完成へと前進していく所以です。
 言い換えれば、クリスチャンが聖霊によってキリストの思いと決断と行為とを、自分の思いと決断と行為によって確認し、追体験するのです。これこそ神の国の先取りとして永遠の命に生きることに他なりません。
 正に人はこの歴史の中で「永遠の命」に生ることが、自立し逞しく生きる秘訣であります。



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