2013-05-12(Sun)

摂理の御手によって 2013年5月12日の礼拝メッセージ

摂理の御手によって
中山弘隆牧師

 主は月を造って季節を定められた。太陽は沈む時を知っている。あなたが闇を置かれると夜になり、森の獣は皆、忍び出てくる。若獅子は餌食を求めてほえ、神に食べ物を求める。太陽が輝き昇ると彼らは帰って行き、それぞれのねぐらにうずくまる。人は仕事に出かけ、夕べになるまで働く。主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。同じように、海も大きく豊かで、その中を動きまわる大小の生き物は数知れない。舟がそこを行き交い、お造りになったレビヤタンもそこに戯れる。彼らはすべて、あなたに望みをおき、ときに応じて食べ物をくださるのを待っている。あなたがお与えになるものを彼らは集め、御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。御顔を隠されれば彼らは恐れ、息吹を取り上げられれば彼らは息絶え、元の塵に返る。あなたは御自分の息を送って彼らを創造し、地の面を新たにされる。
詩編104編19~30節


 今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」
マタイによる福音書6章30~34節


(1)神によって創造された世界
 詩編104篇は詩編の中でも最も素晴らしい賛美の歌です。
 「わたしの魂よ、主をたたえよ。」で始まり、「わたしの魂よ、主をたたえよ。ハレルヤ。」で終わっています。
 この詩の主題は、神によって創造された世界の中に現された神の栄光と知恵であります。神の栄光と知恵の限りなく大きいことを言い表しています。
 人間に与えられた最高の幸いは、神の恵みを知って神を賛美することであります。そしてそのような賛美は、ただ口で神に栄光を帰すだけでなく、自分の存在と行為を通して神に感謝し、神を喜び、崇めることであります。
 この詩人は宇宙万物を創造し、人間が生きていく上で必要な地上のすべての環境を保持し、わたしたちの生活を成り立たせておられることの中に、神の大きな働きを生き生きと感じ取っています。
 写真家の白川義員(よしかず)さんがある対談の中で、感動の時を持つことが人間には非常に大切であると言っておられました。白川さんが写真家になられた契機は、ある新聞社の取材旅行をしておられた時、ヨーロッパ・アルプスのマッターホルンが日の出の太陽に照らされて真っ赤に輝き、頂上あたりのレンズ雲が黄金色に染まって、湖の水面に逆三角形の姿で映ったのを見られたことです。
 それは一瞬の光景でしたが、正に彼岸の世界のように思え、あまりの美しさに写真を取ることさえ忘れておられました。その体験を境にして人生観がすっかり変わり、写真家になられたとのことです。 
 また対談の中で、自然は人間の知恵をはるかに越えていると言っておられました。例えばアメリカのデス・バレーの砂丘では、太陽と風が砂を24時間動かし続けています。そこに生じる波紋はその一瞬をとって見ても完璧で精緻を極めています。
 そのような自然の営みを見ていると、その背後にある偉大な精神の存在を感じると言っておられました。
 白川さんと同様に、この詩人も宇宙と地球の生成、そして自然の中の生命の誕生について、そこに働いている聖なる神の意志を実に生き生きと感知しています。
 そこには神の姿は見えません。しかも自然は人間の言葉を語りません。しかしそこに存在している自然は実にスケールの大きな目的が働いていることを示しています。万物に調和をもたらし、全体で一つの目的を実現させる深遠で壮大な意志の働きを示しています。正にそれは聖なる人格である生ける神の御心です。
「主は地をその基の上に据えられた。地は世々限りなく、揺らぐことがない。深遠は衣となって地を覆い、水は山々の上にとどまっていたが、あなたが叱咤されると散っていき、とどろく御声に驚いて逃げ去った。水は山々を越え、谷を下り、あなたが彼らのために設けられたところに向かった。あなたは境を置き、水に越えることを禁じ、再び地を負うことを禁じられた。」(104:5~9)
 これは人間の住む地球がどのようにして誕生したかを説明している古代の世界像に基づいています。創世記の1:9~10では次のように説明しています。「神は言われた。『天の下の水は一つの所に集まれ。乾いたところが現れよ。』そのようになった。神は乾いたところを地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。」
 このように古代人は海を恐れていましたが、「海の水」はすべてのものを破壊する力の象徴と見られていたからです。ノアの時代に人類の罪が世界の秩序を乱すようになったのを見て、神は審判を下されて大洪水が起こり、世界のすべてのものが破壊されました。
 それに対して、現代の世界観は人間の住む環境として神様が創造された地球の架け替えのない重要さを再認識するようになりました。
 宇宙飛行士たちが、宇宙船から地球を見たとき、生命のオアシスである地球が、暗い宇宙空間の中で、青いガラス球のようにひときわ美しく輝いている不思議さに感動しました。それは広大無辺の宇宙空間に一枚の紙のように見える非常に薄い大気圏だけに、生命が存在していることが、一層神秘なことと思えたからです。どうしてそこに生命が誕生するようになったのだろうかと考えますと、当然無数の原因が働いてそうなったのでありましょうから、それは人間の理解を遥かに越えています。
 しかし、宇宙船の窓の外に地球が見えるということは、宇宙飛行士にとっては何ものにも勝る事実であり、その場所と自分とが細い一本の生命の糸によって繋がれているという厳粛な事実に、感動を覚えたことでありましょう。
 それらすべては神の恵みによることでありますので、わたしたちの世界の存在そのものが神の大きな恵みを証しています。

 次にこの詩人は水を「生命の泉」として重要視しています。
「主は泉を湧きあがらせて川とし、山々の間を流れさせられた。野の獣はその水を飲み、野ろばの渇きも潤される。水のほとりに空の鳥は住み着き、草木の中から声をあげる。」(104:10~12)
 ここで詩人は里山が人間の住む環境として与えられていることを洞察し、その環境を守り、生命がそこで調和を保って存続できるようにすることが神から与えられた人間の使命であることに注意を喚起しています。

(2)神様の摂理に基づく人間の働き
 さらに人間の労働がどのように可能となり、維持されるかについて考察しています。
「主は天上の宮から山々に水を注ぎ、御業の実りをもって地を満たされる。家畜のために牧草を茂らせ、地から糧を引き出そうと働く人間のために、様々な草木を生えさせられる。ぶどう酒は人の心を喜ばせ、油は顔を輝かせ、パンは人の心を支える。」(104:13~15)
 人間社会を築き、文化を生み出す源は、人間の労働であります。しかし、その労働は神の恵みによってだけ可能です。しかもそのような営みは神が備えられた自然環境の中で、初めて可能となります。もし今日栽培されている稲や麦の祖先にあたる植物がこの自然界に自生していなかったならば、人間は稲や麦を手に入れることはなかったでありましょう。人間のできることは自然界にあった食物の品種を改良することです。今後どれほどバイオテクノロジーが進歩しましても、遺伝因子の組み換えでなく、人工的な遺伝因子によって全く新しい食料をつくりだすことはできません。
 しかし人間には他の動物とは異なり、働く能力を与えられています。人間の頭と手と足とを使って、植物を栽培し、それを収穫して食べることができます。このように労働することは、人間に与えられた神様の大きな恵みであります。
 それゆえ神様から与えられている自然環境を守り、人間の知恵を働かせて、隣人と共に共存する社会を形成することが重要です。
 一つは人間が宗教や思想の相違を越えて、共に生きることです。これはネパールで医療伝道されました岩村 登先生がよく言われていたことです。
 ネパールでは急斜面に水田を造って稲作を行っていますが、水は上の田んぼから順番に下の田んぼに水を流すことになっております。そこで下の田んぼの所有者がヒンズー教徒でも仏教でも、或いはキリスト教徒でも差別しないで、自分の田んぼの水は下の田んぼに流すというルールを皆が守って、共存していると話されました。
 一つは科学技術やバイオテクノロジーはあくまで神様が定められた自然界の調和を守る範囲で適用するべきであります。その範囲を逸脱することは創造の秩序を破壊することです。
 主イエスは神の恵みを次のように証しされました。
「天の父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正し者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる。」(マタイ5:45)
 これは神様が人間を愛しておられるので、人間にお与えになりました神の恵みです。この恵みに加えて、神様は生命に必要な綺麗な空気を与えてくださいました。この恵みを人間は感謝して受け、恵みの範囲内で生きることが正しい生き方です。
 今このことを考えますと、人間社会が将来においても存続するためには、電力の供給は再生エネルギーを基本とするように政策を切り替えることが必要です。
 原子力発電は、自然環境を破壊します。原子炉から出る膨大な量の使用済み燃料は神様から与えられた大地を人間が長い将来にわたって住めなくしてしまいます。
 日本の政治家や企業の指導者の考え方は、非常に対症療法的で、常に経済が成長しなければ、豊かな暮らしはできないし、雇用も維持できない、と声高らかに主張しています。しかし行き着くところは、環境破壊と資源の枯渇であり、グローバル世界における貧富の格差の拡大です。一パーセントの金持ち層と九十九パーセントの貧民層に人類は区分されるかもしれません。
 発想の転換が必要なことは多くの人々が気づいているにしても、その時期を先送りするならば、段々と諸問題の解決が困難となり、行きつく先は国家の大混乱と破滅になってしまいます。
 日本経済の発展を金融政策で誘導しようという政府の方針は、大きな矛盾を孕んでいることを金融監督庁の国際担当参事官を務め、現在は弁護士をしておられる志賀 櫻さんが新聞紙上で次のように指摘しておられました。
 金融緩和政策で多くの金が市場に放出されると、日本では適当な投資先が見つからないので、その金は税金が極端に低い小さな金融諸国に流れ、他のグローバル資金と合流し、いつか日本の国債を標的にするマネーゲームとなるならば、日本は大打撃を受けることになりかねないと、最近の新聞紙上で言っておられました。
 市場の混乱で莫大な利益を得るマネーゲームは、金儲けを発展のエンジンとする資本主義世界では防止できない。なぜならばその根本はもっと儲けたいという人間の貪欲である以上、人間がそれを規制する方法を見つけることは不可能であると言っておられます。実に社会悪の源泉であるマネーゲームは人間が神の創造された社会や世界の中に働いている神の摂理の御手を知り、摂理の御手に従う生活をしないことが最大の原因であります。
 この深刻な事態はイスラエルの民が神の強力な御手によって、エジプトの奴隷の状態から解放され、神の民として選ばれ、約束の地に導かれるために荒野で過ごした40年間に何度も起こりました。
 神はイスラエルの民の先頭に立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって照らされました(出エジプト記13:21)。言い換えれば、神はイスラエルの民と共にいまして、摂理の御手をもって導かれたのです。
 それにも拘らず、イスラエルの民は摂理の御手に信頼を置かず、常に不平を言って、神に反抗しました。
「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている。」(出エジプト記16:3)と言って、モーセとアロンに向かって猛烈に抗議しました。
 摂理の御手に導かれていましても、民は困窮と危険の中を通らなければなりませんでしたが、それでも最後に約束の地に入ることがでたのです。
 今日の世界の状況は昔イスラエルの民が出エジプトの旅の途上にあった期間に似ています。摂理の御手をもって神は今日の世界の民を導いておられます。今や人類の罪を十字架の死によって贖い、復活して天地の支配者となられた主イエス・キリストによって、神はこの世界の民を支配し、導いておられるのです。
 主イエスの支配は二つの領域に及んでいます。一つは主イエスを信じる教会であり、一つは主イエスを知らない世界の民が主イエスの摂理の御手によって見えない形で導かれ、主イエスの支配の中に置かれているのです。
 「新約聖書におけるキリスト論」と題した本を書きましたプロテスタントの有名な学者であるクルマンは次のように言っています。「主イエス・キリスト」と言う信仰告白は、「イエス・キリストは神の力をもつ支配者である」と言う意味であると言っています。
 主イエスは教会において、聖餐式を執行するとき、そこに来られ臨在される主である。同時に、すべてのものが完成する終わりの時に再臨される主であり、今既に目に見えない形で世界の歴史を支配しておられるといっています。
 このように復活の主イエスは神の摂理をもって、この世界を導いておられます。それゆえ主イエスはわたしたちが神の摂理の御手を信頼して生活するように命じられました。
「あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存知である。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」(マタイ6:32~33)



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