2013-01-27(Sun)

神に属する者 2013年1月27日の礼拝メッセージ

神に属する者
中山弘隆牧師

 すると預言者ハナンヤは、預言者エレミヤの首から軛をはずして打ち砕いた。そして、ハナンヤは民すべての前で言った。「主はこう言われる。わたしはこのように、二年のうちに、あらゆる国々の首にはめられているバビロンの王ネブカドネツァルの軛を打ち砕く。」そこで、預言者エレミヤは立ち去った。預言者ハナンヤが、預言者エレミヤの首から軛をはずして打ち砕いた後に、主の言葉がエレミヤに臨んだ。「行って、ハナンヤに言え。主はこう言われる。お前は木の軛を打ち砕いたが、その代わりに、鉄の軛を作った。イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしは、これらの国すべての首に鉄の軛をはめて、バビロンの王ネブカドネツァルに仕えさせる。彼らはその奴隷となる。わたしは野の獣まで彼に与えた。」更に、預言者エレミヤは、預言者ハナンヤに言った。「ハナンヤよ、よく聞け。主はお前を遣わされていない。お前はこの民を安心させようとしているが、それは偽りだ。それゆえ、主はこう言われる。『わたしはお前を地の面から追い払う』と。お前は今年のうちに死ぬ。主に逆らって語ったからだ。」預言者ハナンヤは、その年の七月に死んだ。
エレミヤ書28章10~17節


 聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」のであり、また、「つまずきの石、妨げの岩」なのです。彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。あなたがたは、「かつては神の民ではなかったが、今は神の民であり、憐れみを受けなかったが、今は憐れみを受けている」のです。
ペトロの手紙一 2章6~10節



(1)若い預言者
 エレミヤ書には預言者エレミヤがどのように神の言葉を語ったかを証言しています。エレミヤは、苦難の中にある同胞とどこまでも連帯化することによって、神の愛と真実を知った預言者です。しかし彼はイスラエルの存亡の危機において、神の名をもって語る偽預言者との激しい戦いを余儀なくされました。
 今日の聖書註解者たちの見解によりますと、エレミヤは西暦前626年頃に誕生したと見られていますので、26章に記されていますように、彼がエルサレムの神殿で「神殿に関する預言」をした当時は、約17歳であったと思われます。26章には次のように記されています。
「ユダの王、ヨシアの子ヨハキムの治世の初めに、主からこの言葉がエレミヤに臨んだ。」(26:1)
 また、彼の聞いた神の言葉の内容が記されています。
「主の神殿の庭に立って語れ。ユダの町々から礼拝のために主の神殿に来るすべての者に向かって語るように、わたしが命じるこれらの言葉を語れ。--彼らが聞いて、それぞれ悪の道から立ち帰るかもしれない。そうすれば、わたしは彼らの悪のゆえに下そうと考えている災いを思い直す。--主はこう言われる。もし、お前たちがわたしに聞き従わず、わたしが与えた律法に従って歩まず、--わたしの僕である預言者たちの言葉に聞き従わないならば、わたしはこの神殿をシロのようにし、この都を地上のすべての国々の呪いの的とする。」(26:2~6)
 まことに驚くべきことは、エレミヤが語った最初の言葉はエルサレム神殿の破壊でありました。実にそれは当時の信仰者たちには全く不可解なことでした。
なぜならば、信仰深いヨシア王の時代に、律法の書に従って宗教改革が行われ、それまで各地にあった神殿をエルサレムに集中し、そこで律法に従った正しい礼拝が行われていたからです。
 それに対して神様の意志は、あくまでもイスラエルが神の言葉に従って、正義と公平と愛を実行することでありました。彼らが依然として神のこの意志に従わないので、神は彼らの信仰の拠り所であるエルサレム神殿を破壊すると仰せになったのです。
 エレミヤはこれを神の真実と深い愛から出る神の審判として受け止め、そのことを語ったのです。
しかし、神殿の祭司たちと神殿に属する預言者たちはエレミヤが神殿を汚す言葉を語ったゆえに、彼を死刑にすべきであると主張し、裁判がただちに開かれました。
 この時、エレミヤを救ったものは、彼自身の勇気であります。ちょうど同じとき、同じ内容の預言をした預言者ウリヤはヨアキム王を恐れ、エジプトに逃亡しましたが王の遣わした追っ手に捕らえられ連れ戻され、王の剣によって殺害されました。
 ウリヤと比べれば、エレミヤの取った態度は全く対照的です。彼の裁判の様子は11節以下に記されています。彼は次のように弁明しています。
 「わたしはお前たちの手中にある。お前たちの目に正しく、善いと思われることをするがよい。ただ、よく覚えておくがよい、わたしを殺せば、お前たち自身と、この都とその住民の上に、無実の者の血を流した罪を招くということを。確かに、主がわたしを遣わし、これらすべての言葉をお前たちの耳に告げさせられたのだから。」(26:14~15)
 この場におけるエレミヤの発言は、エレミヤ自身でなく聖霊がエレミヤをして語らせられた言葉です。預言者が本当に神から遣わされた者であるか。彼の語る言葉が本当に神の言葉であるか。それを試す試金石は、預言者が自分の言葉と態度をもって神に忠実に従っているかどうかです。
預言者が単に大胆な言葉を語るだけでなく、本当に自分の存在と生命のすべてを神に委ねて語っているかどうかです。
エレミヤのこの態度と発言を通して神が臨在されましたので、エレミヤが神の言葉を語っていると思う有力な人たちがいて、エレミヤはその危機を脱出することができました。

(2)当時の世界状況
 次に、エレミヤの預言活動の開始から4年を経た605年に、世界情勢を一変させる大きな事件が起こりました。それは新興国バビロンが衰退したアッシリア帝国とエジプト王国の連合軍に対して決定的勝利を収めたことです。それはカルケミシの戦いと呼ばれています。それゆえ、この国際状況の変化をどう読み取るかが大きな問題となりました。
それを単なる軍事的、政治的、経済的な次元の問題として理解するか。あるいはもっと深い次元で理解するかどうかが問われていたのです。それを最も深く、かつ全体的に把握する視点は、神が世界の歴史の支配者であるという信仰による判断です。
 預言者エレミヤは信仰による判断に基づいて、いつまでたっても神に従わない反逆の民イスラエルに対する神の審判は最早避けることはできないと思いました。民の罪は骨髄に刻まれ、存在の奥深くまで達していることが分かったのです。
 このときからエレミヤが預言者として最も活発に活動した時期が始まります。しかし、エレミヤに反対する勢力にヨヤキム王が加わり、王はエレミヤの預言を記した巻物を刀で切り裂き、火の燃え盛る暖炉に投げ込んでしまいました。このことを聞いたエレミヤは直ちに身を隠し、地下活動に入ったのです。
 その間、ユダの情勢も激しく変わりました。政治の面から見ますと、ユダはエジプトに従属するか、それともバビロニアに従属するかの二つの政策の間を揺れ動いたのです。バビロニアに従属している場合には貢物を贈るのですが、貢物を停止した場合にはエジプトの言うことを聞いた時です。
このような経過をたどった末、598年にエルサレムは初めてバビロンの軍隊に包囲され、ヨヤキム王は病死しました。次のヨヤキン王が即位しましたが、わずか二か月でバビロンに降伏し、ヨヤキン王は第一次の捕囚としてバビロンに移されました。
次の王となったゼデキヤは11年の間国を治めましたが、彼はエレミヤに好意的であり、神の言葉を伺うために使いをエレミヤのもとに何度も送り、あるときはエレミヤを自分の部屋に呼びました。
 
(3)バビロンの軛
 本日の聖書の箇所はエレミヤ書28章でありますが、新共同訳聖書では「ハナンヤとの対決」という小見出しが付けられています。
 これはゼデキヤ王治世の4年5月のことです。当時、ユダはバビロンの属国となり、第一次捕囚の民がバビロンに移されて5年目を迎えていました。このとき2節以下に記されているように、偽預言者ハナンヤが神の名によって次の預言をしました。
 「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしはバビロンの王の軛を打ち砕く。二年の内に、わたしはバビロンの王ネブカドレツァルがこの場所から奪っていった主の神殿の祭具をすべてこの場所に持ち帰らせる。また、バビロンへ連行されたユダの王、ヨヤキンの子エコンヤおよびバビロンへ行ったユダの捕囚の民をすべて、わたしはこの場所へ連れ帰ると、主は言われる。--」(28:2~4)
 この預言はイスラエルの民全体の願いを表しています。このことに関して、エレミヤも人々の前で、この預言が真実の預言であるように、と言っています。しかし、神の御心はそうではなく、神はエレミヤに臨み、ハナンヤが打ち砕いた木の軛に代え、鉄の軛をイスラエルに負わせると仰せになりました。
しかし、ハナンヤの預言は一般のユダヤ人の気持ちを代表しており、何よりも神殿を擁護する立場にありましたので、多くの人々の支持を得ました。
ただ一人彼の預言に反対するエレミヤの言葉にハナンヤは恐怖を感じました。そして歴史の状況は不気味な何かを潜ませているように思え、遂に絶望に陥り、彼はその年の内に死んでしましました。
そのような偽預言者との壮絶な戦いの中で、エレミヤはバビロンの王ネブカドレツァルの軛は、イスラエルに対する神の審判であるゆえに、それを負うことにより、イスラエルの将来が開けることを一貫して語っています。
さらに、29章に記されているように、エレミヤはバビロンにいる捕囚の民に手紙を書き、バビロンの地で良き市民として働き、家庭を持ち、子どもを育て、神に対する信仰を保持し、バビロンの地で信仰共同体としてのイスラエルを発展させるように奨励しました。
つまり、そうすることがイスラエルの民の歴史の岐路において、神に属する民の行く道であると、勧告したのです。
ここに、エレミヤの信仰がありました。国家と宗教とが一体化していたイスラエルの旧来の宗教は、神への従順を実現するができませんでした。それゆえ神はそのような宗教を捨てられたが、今こそイスラエルの民に対して、生活全体を通して神への従順を求めておられることを確信しました。それゆえエレミヤは新しい形態の宗教を目指したのです。
つまり、それは世界の各地に離散しているイスラエルの民として、世界の各地に形成される信仰共同体としての宗教でした。

(4)新しい契約
 次に、エレミヤは捕囚の民に手紙を書きましたときには、彼が預言活動を始めてからすでに16年が経過していました。
 その期間において、ゼデキヤ王がエレミヤの言葉に従っていた場合には、ユダの国を存続させることができましたが、国内の親エジプト派の勢力が次第に強くなり、ゼデキヤ王は最終的にバビロンに背きました。このためバビロンの王ネブカドレツァルは全軍を率いてエルサレムを包囲しました。
ゼデキヤ王は、夜の闇にまぎれて、兵士たちを伴ってエルサレムから脱出しましたが、バビロンの軍隊に追跡されて捕まり、バビロンの王ネブカドレツァルの陣地に連れていかれました。そこでゼデキヤの目の前で、王子たちや貴族は皆殺され、ゼデキヤは両眼をつぶされて、バビロンに囚人として連行されました。
遂に587年にエルサレムの町は破壊され、ユダ国家は消滅しました。そのときすでに、エレミヤが預言活動を始めてから22年が経過していました。エレミヤは約39歳の時です。
エルサレムに決定的な危機が迫ってきた頃、エレミヤは親エジプト派の人たちの手に陥り、宮廷の中にある井戸に投げ込まれたのですが、宮廷につかえるクシュ人の宦官に助けられました。その後は監視の庭に拘留されることになりました。このような幾多の苦難を経て、エレミヤは自分自身をも含めてイスラエルの民全体が罪に染まっており、心は偽りと傲慢に満ちていることを知ったのです。
そのような罪深い民に対して神は審判を下されましたが、しかしそこに働いているイスラエルの民に対する神の愛と真実をエレミヤはますます深く知ったのです。そのことが新しい契約の預言となっています。
「見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。わたしが彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った。しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれであると、主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。」(31:31~33)
これは神が人間の罪を贖い、人間を根本的に新しい存在とし、神を知り、神に従うことを最大の喜びとする新しい人間とするという意味です。そのとき人は常に神に対して心を向け、神の命令を聞き、それを自ら進んで実行するようになるという内容の預言です。
実にこのことが可能になるのは、文字として記された律法ではなく、聖霊によって心に中に語られる神の命令であり、それを聞く者は、同時に聖霊によって心の中に新しい命が働くので、神の命令を実行するようになるという意味です。
エレミヤがこの預言をした後に、ユダ国家は消滅し、バビロン帝国の州となったのですが、そこにいた親エジプト派のユダヤ人が反乱し、エレミヤを無理にエジプトに連れて行きました。しかし、絶望したユダヤ人はエレミヤを石で打ち殺したと伝えられています。多分エレミヤは40歳でその生涯を終えたと思われます。実に彼は「神の愛と真実」、そして「新しい契約」を預言するために召された生涯をそのように歩み終えたのです。
実にエレミヤが預言した新しい契約は今や主イエス・キリストの到来により実現しております。この契約の相手は最早イスラエルだけでなく、全人類が契約の対象であり、しかも古い人間ではなく、罪から贖われた新しい人間なのです。



スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

教会案内
〒354-0044
埼玉県入間郡三芳町北永井959-3
TEL・FAX:049-258-3766

牧 師:中山弘隆

創立日:1972年2月19日

最寄り駅
東武東上線 鶴瀬駅 西口
東武東上線 ふじみ野駅 西口
よりタクシーで10分
※駐車場完備

三芳教会へのバス利用方法

MAP
三芳教会の地図です
定例集会案内
●主日礼拝
  毎日曜日 10:30~12:00
●教会学校
  毎日曜日 9:15~9:40
●朝の祈祷会
  毎日曜日 9:45~10:10
●キリスト教入門講座
  毎日曜日 9:45~10:10
●マルタマリア会(婦人会)
  毎木曜日 10:30~
●マルタマリア会例会(婦人会)
  毎月第2主日礼拝後

毎木曜日の祈祷会は、2011年5月より、毎日曜日の朝の祈祷会に変更となりました。
三芳教会のご案内
●牧師紹介

●年間行事予定

●写真で見る三芳教会
最新記事
行事報告
● 江田めぐみ伝道師就任式
 (2012年7月22日)


● 教会バザー報告
 (2011年11月23日)


● バーベキュー大会報告
 (2011年8月21日)


● イースター報告
 (2011年4月24日)


● 柿本俊子牧師隠退の感謝会報告
 (2011年3月27日)


● 講壇交換(三羽善次牧師)
 (2011年1月23日)


● 墓前礼拝報告
 (2010年11月7日)


カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
月別アーカイブ
全記事INDEX

全ての記事を表示する

お知らせ
ようこそいらっしゃいました。



2016年10月に、当ブログの訪問者が9,000人を超えました。感謝いたします。

2015年9月に、当ブログの訪問者が8,000人を超えました。感謝いたします。

2014年9月に、当ブログの訪問者が7,000人を超えました。感謝いたします。

2014年1月に、当ブログの訪問者が6,000人を超えました。主の導きに感謝いたします。

閲覧者数
現在の閲覧者数
現在の閲覧者数:
メールフォーム
三芳教会やキリスト教についてのお問い合わせ、また当教会へのご意見、ご要望等がありましたら、下記のフォームよりうけたまわります。

お名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
QRコード
QR