2013-01-06(Sun)

生命の大河 2013年1月6日新年礼拝メッセージ

生命の大河
中山弘隆牧師

 神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。わたしたちは決して恐れない。地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも。海の水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶるさまに山々が震えるとも。大河とその流れは、神の都に喜びを与える。いと高き神のいます聖所に。神はその中にいまし、都は揺らぐことがない。夜明けとともに、神は助けをお与えになる。すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。神が御声を出されると、地は溶け去る。万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。主はこの地を圧倒される。地の果てまで、戦いを断ち、弓を砕き槍を折り、盾を焼き払われる。「力を捨てよ、知れ、わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる。」万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。
詩編46篇2~12節


 祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、“霊”がまだ降っていなかったからである。
ヨハネによる福音書7章37~39節



 わたしたちは2013年の新しい年を迎えました。本日の礼拝において、共に神の御名を賛美し、主イエスにおいて与えられる恵み溢れる人生を今年も一歩一歩と前進することを切に願っています。

(1)共にいます神
 詩編46編は実に聖書の信仰の神髄であり、預言者的な精神の充満した非常に霊的な賛美の歌であります。
 宗教改革者ルターは福音的な信仰を見事に表明した多くの讃美歌を作って、宗教改革に勇気を与えました。特に讃美歌一編の267番は有名です。
「神はわが櫓(やぐら)、わが強き盾、 苦しめる時の 近き助けぞ。
おのが力 おのが知恵を 頼みとせる 陰府(よみ)の長(おさ)も など恐るべき。」
という歌詞は、「神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対することができようか」(ローマ8:31)という使徒パウロの福音的確信とともに、詩編46編から強い感化を受けています。
ルターは宗教改革を起す前に、福音による魂の救いを経験したのですが、その前の段階で詩編の研究をしているときに、霊的な強い影響を受けました。そして次第に福音の光の射す方向に導かれてきたのです。その体験からルターは詩編を聖書の信仰を言い表しているものとして重要視しています。
このように詩編46編2節の言葉、すなわち「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。」という聖句は、信仰者が依って立つべき信仰生活の土台であります。
信仰生活とは、主イエスに出会って、主イエスの内にすべての人間の救いと自分の歩むべき人生が備えられていることを知り、主イエスを信じて、主イエスに従っていく人生です。主イエスはわたしたちと出会い、わたしに従って来なさいと呼び掛けて下さいます。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。」(マルコ8:34~35)
これは誰でも自分の力で自分の救いを獲得しようと欲するならば、自分と自分の命を失うが、自分の新しい命は主イエスの中にすでに与えられていることを知って、自分が主イエスの所有物とされていることを認め、主イエスに従うとき、神の御前に生きる新しい自分と命と自由を得るという約束なのです。
そのような信仰生活は、決して平穏無事な人生ではありませんが、どのような困難と試練とに出会っても、無事にそこを通り過ぎることができるのです。
神は恵み深く真実な方でありますから、どのような困難な時にもわたしたちを決して見放されることはありません。わたしたちを試練に遭わせられても、そこから逃れる道を備えてくださるのです。
「神は真実な方です。--試練と共に、それに耐えるよう逃れる道をも備えてくださいます。」(コリント一、10:13)

(2)神の主権
次にこの詩編は三つの部分から構成されています。
第一の部分は2節から4節までです。ここでは自然界における生成と消滅の過程において働く神の無限の力を賛美しています。
第二の部分は5節から8節までです。ここでは歴史の中に働く神の支配と導きを賛美しています。
第三の部分は9節から12節までです。ここでは歴史の終末において、神の国が実現することを告白しています。

「わたしは決して恐れない。地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも 海の水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶるさまに山々がふるえるとも。」(46:2~6)
これは巨大地震と大津波による天変地異が起こってもわたしたちは動揺しない。神がこれらすべての事件の中でも唯一の支配者であり、神は御自身の目的を実現されるとき、それは長い目から見れば人間社会の幸いのためであると確信するからです。
勿論、災害大国である日本も今回の東北沖の巨大地震と大津波により、実に多くの人命と生活基盤が一瞬のうちに奪われました。言葉では到底言い表せない大きな不幸を経験して、誰しも神様なぜでしょうか、という心の悲痛さを感じ、呻くのは当然です。
しかし、どれほど信仰深い人であってもその理由を説明することはできません。その故はただ神様だけがご存じなのです。
神様は人間とご自身とを連帯化し、人間の問題をご自身で担うために、尊い御子を十字架の死に渡されました。
人間に対するこの無限に深い愛を持っておられる神が、万物の支配者であるということだけを信仰者は知ることができるのです。
それゆえ、神様がすべてのことをご存知であり、さらにすべてのことを通して、恵み深いご自身の目的を実現するために働いておられることを信じて神を賛美するのです。
そこから、神は様々な困難に耐え、それを乗り越える道へと人間と人間社会を導いてくださいます。同時に人間のなすべき使命を与え、またそれを果たす力と知恵を与えてくださいます。ここに本当の未来があります。

「大河とその流れは、神の都に喜びを与える。いと高き神のいます聖所に。 神はその中にいまし、都は揺らぐことはない。夜明けとともに、神は助けをお与えになる。 すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。神が御声を出されると、地は溶け去る。」(46:5~7)
旧約聖書では、神の都とは神殿のあるエルサレムの町を指していますが、新約聖書ではキリスト教会のことであります。
その中に霊的な生命の大河を神は流れさせてくださるので、世界の歴史がどのような状況になっても、教会は福音の伝道と神の愛の証の業を継続し、前進させることができるという確信の表明です。
実に、人間を生かす生命は神から与えられるものです。こうした意味で預言者エレミヤは、神を「生ける水の源」と呼んでいます。これは主イエス・キリストの到来により、一層確実になりました。

本日の聖書の箇所でありますヨハネによる福音書7:37~38で主イエスはこのように仰せになりました。
「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてある通り、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」
これは主イエスご自身が、生命の泉となってこの地上に住む人間のただ中に来られたことを証する御言葉です。
同時に、信仰によって主イエスと結びつく者は、生命の豊かな供給を主イエスから受けるのです。
その結果、主イエスの生命はクリスチャンの中から外に、他の人々に向かって溢れ出るほど流れるというのです。
ヨハネ福音書は主イエスの御言葉を解釈して、「これはイエスを信じる人々が受けようとしている“霊”(聖霊)について言われたのである。」と言っています。
主イエスを信じることにより、聖霊がわたしたちの心の中に宿り、聖霊が心の中に神の愛を注ぎ、聖霊が主イエスの命をわたしたちの存在の中に注ぐのです。神からこのような大きな恵みが与えられているという霊的現実を、わたしたちが本当に知りますならば、大きな感銘を受けざるを得ません。
さらに、クリスチャンを通して外に向かって流れ出る主イエスの命の大河は、周囲の人々の中に活力と英知と希望を生み出すのです。
神のこの恵みの偉大さを思うとき、わたしたちは尽くせぬ感謝と喜びに満たされます。
実に、神の愛が人間の中に働くとき、その愛は人間が共同体や国家を形成するために必要な正義と公平と憐みとなって働きます。
具体的に言えば、次のようになります。
クリスチャンは教会の礼拝から、家庭や職場や、学校や地域の仕事に遣わされて、そこで働きます。その生活も神の支配下にあります。それゆえプロテスタントの信仰理解では、「召命」ということはクリスチャンとして「職場で働く」ことを意味しています。

(3)歴史の新しい展開
歴史における神の支配は、教会と国家との二つの領域において働いています。もちろん教会と国家とは別の領域でありますが、二つの円は同心円なのです。同心円の中心は神であり、主イエス・キリストであります。このことを預言者たちは明らかにしています。
「人よ。何が善であり、主が何を求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。」(ミカ6:8)
この神の意志に人間が応答することによって、歴史は神の御手によって新しく展開するのです。預言者イザヤは神の民イスラエルと国家の存亡にかかわる危機の中で、神を信頼し、神への従順を貫く必要を強調しました。
「まことに、イスラエルの聖なる方、わが主なる神は、こう言われた。『お前たちは、立ち帰って、静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある』と。しかし、お前たちはそれを望まなかった。」(イザヤ30:15)
アッシリア帝国の攻撃にさらされ、イスラエルの二つの国家である北イスラエル王国は滅び、もう一つのユダ王国はまさに風前の灯の状態になりました。このときユダ王国は嵐に襲われた森の木々が騒々しい音を立て激しく揺れ動くように、恐怖と混乱に陥りました。溺れる者わらをも掴むという有様でエジプトと同盟を結び、アッシリアの攻撃から国家を防衛しようとしました。
しかしそこには歴史の支配者が神であるという信仰は全く働いていませんでした。信仰といっても神はイスラエルをどんなときにも守ってくださるという利己的な信仰であり、神に対する本当の信仰ではなかったのです。
神はユダ王国が自分たちの知恵と力によってはこの難局を打開することできないと警告され、次のように仰せられました。
「エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものに過ぎず、霊ではない。主が御手を伸ばされると、助けを与える者はつまずき、助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる。」(イザヤ31:3)
確かに歴史は人間の活動の場所であり、そこにある人間の様々な計画と努力が重なり、大きな流れを作り出しています。しかし本当の意味で歴史を支配しておられる方は神であります。このことを知ることが今日のグローバル世界で最も必要です。
人類がこれまで歩んできた歴史の中で、古代の王朝制度から、中世の封建制度を経て、市民革命が起こり、現代の民主主義制度が確立しました。他方、経済面では農業、手工業、通商や貨幣経済が発達し、産業革命による工業の発達と資本の蓄積によって、今日の資本主義と金融市場が登場しました。
そのような様々な発展を経て今日の世界に至っていますが、それらすべては人間の知恵と努力の結果であると考えられています。そのように多くの人々が歴史の支配者は自分たち人間であると考えています。確かに人間の果たす役割は大きいといえます。
それにも拘らず、歴史を支配し、歴史の時代を区分し、新しい歴史を開かれた方は神なのです。

(4)神に従う人生
最後に、神様は人間が神を信頼し、思い煩いを捨て、心を静めて神の御心を尋ね求め、神に従うことを求めておられます。
そのことによって人は神から認識と力を受け、日々新たにされ、逞しく歩むことができます。
イザヤは「共にいます神」の導きを次のように預言しました。
「わが主はあなたたちに災いのパンと苦しみの水を与えられた。あなたを導かれる方はもはや隠れておられることなく、あなたの目は常に、あなたを導かれる方を見る。あなたの耳は、背後から語られる言葉を聞く。『これが行くべき道だ。ここを歩め、右に行け、左に行け、』と。」(イザヤ30:21)
この預言は今日、主イエスによって実現しています。それゆえ神の御声に聞き従って歩むとき、わたしたちの心の中に聖霊を通して、神の愛と主イエスの命が働くのです。
神様は一人一人の人生を導き、それぞれの歩みを恵み溢れる時としてくださいます。



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