2012-12-16(Sun)

告知 2012年12月16日の礼拝メッセージ

告知
中山弘隆牧師

 主は更にアハズに向かって言われた。「主なるあなたの神に、しるしを求めよ。深く陰府の方に、あるいは高く天の方に。」しかし、アハズは言った。「わたしは求めない。主を試すようなことはしない。」イザヤは言った。「ダビデの家よ聞け。あなたたちは人間に、もどかしい思いをさせるだけでは足りず、わたしの神にも、もどかしい思いをさせるのか。それゆえ、わたしの主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」
イザヤ書7章10~14節


 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
マタイによる福音書1章18~23節



(1)教会歴の意味とその中心点
 わたしたちは待降節を守っていますが、来週はいよいよ神の御子イエス・キリストの降誕を祝うクリスマス礼拝を行います。
 クリスマスの恵みは、旧約聖書が預言していた「神われらと共にいます」すなわち「インマヌエル」という永遠の事実がキリストにおいて実現したことであります。
そして、この神の恵みの事実こそ、主イエス・キリストの生涯を通して、特に十字架の死と死人の中らの復活とを通して実現した神の救いであります。この神の救いの行為を神の啓示と言います。それゆえ、「神の啓示」とは主イエス・キリストご自身であります。
また、人間の救いである啓示によってご自身を示された方は、あくまでも父なる神であります。それゆえ、父なる神を啓示する者、すなわち「啓示者」と言います。
さらに、神の啓示が人間によって理解され、神の救いが人間のもとで体験されるとき、その状態を「啓示された状態」と言います。この状態は教会にそして教会に連なるクリスチャンに聖霊が与えられることによって可能となります。「聖霊」によって、神の救いが人間のもとで霊的な力を発揮し実現します。
つまり、神の御子・主イエスをこの地上に送ってくださった方は父なる神であり、地上で神を現し、神の救いとなってくださった方が神の御子であり、神の救いがわたしたち人間の中で働き、神の救いを人間が体験し、認識できるようにしてくださった方が聖霊です。
実に、父・子・聖霊の神の働きを通して、神われらと共にいます「インマヌエル」が名実ともに実現しました。
それゆえ、インマヌエルが実現するために、神が与えられた出来事は、クリスマスの出来事と十字架の贖いと復活と聖霊の降臨であります。この四つの出来事を通して、神がインマヌエルとなってくださいました。
従いまして、教会は神の四つの出来事を記念し、祝うために、教会歴を定めているのです。

しかし、教会は誕生の当初から教会歴を制定していたのではありません。当初から定めていたことは礼拝に関する規定であり、御言葉による礼拝と聖礼典による礼拝であります。そして、毎日曜日が礼拝の日と定められていました。
次に、二世紀ごろからイースターとペンテコステを守るようになりました。最初のイースターはイエスの受難を覚えて過ごす悲しみの期間でした。それに対してペンテコステが主イエスの復活と聖霊の降臨を覚える喜びの期間でした。その後、イースターの期間について、前半を受難の悲しみの時期とし、後半を復活の喜びの時期とに区別するようになりました。
さらにクリスマスの礼拝が守られるようになったのは、四世紀になってからです。それはキリスト教がローマ世界で国教となった時期です。また教会が神の恵みに対する理解が深まるにつれて、クリスマスが礼拝と生活の中で重要な位置を持つようになったからです。

(2)クリスマスの秘儀
キリスト教会のこのような状況によりまして、クリスマスの出来事を事件の目撃者として伝えている書物は、聖書の中でマタイによる福音書とルカによる福音書だけであります。
最初に使徒たちが宣教しました福音は、例えばパウロの書きましたローマの信徒への手紙の冒頭ではこのように言っています。
「この福音は、神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。」(ローマ1:2~4)
また使徒ペトロの証言を基にして書かれたマルコによる福音書では、ただ「神の子イエス・キリストの福音の初め」と言って、洗礼者ヨハネの活動に続く、イエスの活動から書き起こしています。そこにはイエスの誕生の記事はありません。このように使徒たちが主イエスの十字架と復活の証人として福音を宣教していました当時は、主イエスの誕生の出来事に対する関心はなかったのです。
しかし、それは人の目には隠されていたということであり、事実の持つ意義は無限に大きいのです。讃美歌267番で次のように歌われています。
「ああベツレヘムよ、小さな町。静かな夜空に またたく星。恐れに満ちた 闇のなかに 希望の光は 今日かがやく(1節)。--
人はみな眠り 気づかぬまに めぐみの賜物 天よりくる。心低くし 主を迎えよ、罪ある世界の 救い主を(3節)。--」
この讃美歌にありますように、まことに静かな夜、星だけが瞬いている中で、神の御子はこの世界に誕生されました。それゆえ広い世界の中で、ごく一部の人々にしか知られていませんでした。
そしてそれらの人々も十分な認識を持ってはいませんでしたが、それを受け入れるに相応しいだけの信仰が与えられていました。彼らは神に対する謙遜な信仰をもって、その事実を受け入れたのです。

本日の聖書はこのように言っています。
「イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。」(マタイ1:18~19)
婚約者の相手が、自分の知らない間に子を胎内に宿したという事態に直面して、ヨセフは人生最大の危機に陥りました。散々に悩み、考え抜いたのち、ようやくマリアをひそかに離縁しようと決めたのです。
ユダヤ教の律法によれば、婚約を解消するには、男性が相手の女性に離縁状を手渡すことによって、可能となるのです。もし婚約中に、相手の男性が死亡したとすれば、まだ処女であっても婚約者は未亡人と見なされました。法的に見れば婚約と結婚は同じ事柄なので、20節では天使がヨセフに対して、婚約者マリアを「妻マリア」と呼んでいます。しかしそれでも婚約と結婚は区別されていました。結婚とは男性が婚約者を自分の家に連れて来て、一緒に生活し始めることによって成立しました。
婚約者が自分と一緒に暮らす前に、すでに身ごもっているのを知って、驚き、どうしたらよいか迷い、悩んでいたヨセフを聖書は「正しい人であったので」と言っています。
これは二つの意味があります。一つはユダヤ教の律法を忠実に守っている人という意味です。一つは相手に同情し、親切であるという意味です。それゆえ、律法に従って離婚するために、裁判所にマリアを連れて行って、裁判所が離婚を認める方法と、もう一つは離縁状をヨセフが書き、それを二人の証人の前で、マリアに直接手渡す方法がありました。ヨセフはマリアのことを熟慮して、離縁状を二人の証人のいる前で、手渡すことを決心したのです。
これが床の中で夜通し考えた末に決心した結論です。ようやく決心がつきましたので、しばらく睡眠をとりましたが、そのとき主の天使が夢の中で現れました。
「このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。『ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」』(1:20~21)
ヨセフの心は正しく、繊細でありましたので、夢の中での神の訪れを敏感に察知し、神の呼びかけを聞くために注意を集中しました。
「マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである」との神の御告げを信じ、受け入れました。
これは人間の理性によっては到底理解できない不可解な出来事ですが、天地の創造者であり、イスラエルを選ばれた神である主は、唯一の主であり全能であるから、このことをなされたのだと信じたのです。自分の理性の限界を知り、神の全能の業に対して畏敬の念を抱きつつ、謙虚にそれを受け入れる信仰を持ったのです。
この信仰によって、マリアから生まれる子が自分の民を罪から救う救い主であることを信じました。
さらに、神はヨセフにマリアから生まれる子に「イエス」と名付けるように命じられました。旧約聖書においては、人の名前はその人の人格を表すものと見なされています。
イエスという名前はヘブル語です。これは「ヤーウェは救いである」という意味です。但し、「ヤーウェ」とはイスラエルの神、主の御名です。旧約聖書では「イエス」を「ヨシュア」という発音で使用されています。
さらに、天使は「その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」と説明しています。
これはヘブル語による言葉の綾(あや)によるものです。なぜなら、イエスはヘブル語で、「エーシュァ」ですが、これを「ヨシァ」と読めば「救うであろう」という意味になるからです。
イエスは「イスラエルの民を罪から救う」ので、救い主であると主の御使いは語りました。明らかに、これはイエスがキリスト教の意味での救い主であることを示しております。なぜならば、ユダヤ教の救い主はイスラエルの民を罪から救う者ではないからです。
ユダヤ教の救い主、すなわちメシアの使命は、罪人と悪魔を裁き、滅ぼすことです。そういう意味で、メシアの時代の特徴は罪が消え去るということです。そして神は残った正しい民に聖霊を与え、命を与えられるというのです。
これらのことを考慮しますと、神の御声が救い主イエスの使命を明らかにし、それは民を罪から解放することとした意義は極めて大きいといえます。
ここで、ヨセフが神の御声を聞き、それに従う謙遜な信仰をもって、母マリアとその胎児を迎え入れました。その結果、人類の救い主、イエス・キリストはヨセフの父親としての愛情と一家の生活を支えるヨセフの大工としての職業によって、守られて少年時代を過ごされました。少年時代のイエスにとって、ヨセフの父親の愛情と天の父の愛とが二重写しになっていたと思われます。

(3)キリストの支配のもとにある現代世界
今日わたしたちは主イエス・キリストの十字架の贖罪と復活の主イエスの支配の中で、罪を赦され、神との正しい関係を与えられて、心に何物にも代えがたい、平安と喜びが与えられています。
それゆえ、今日の人間と社会とにとって、創造的に新しく生きる道は神の御心に従うことによってのみ可能です。神の恵み深い支配と配慮をヨセフが信じ、謙遜な態度で神に従いました。そのように、今日の人間も神に従うことによって神から霊的な力を受け、英知と将来に対する洞察と愛と道徳的力を受け、困難を乗り越える勇気と忍耐が与えられるのです。
ヨセフは神の無限の知恵と力とを知り、人間の浅はかな知恵と人間の高慢な態度を捨て、謙遜に神から定められた道を歩みました。
 現代社会は、経済の成長により、雇用の問題やその他の人間の諸問題が解決できると過信しています。経済成長により、社会に格差や歪が拡大し、力のある者たちが有利となり、力のない者たちが苦しんでいます。その端的な現れは、少子高齢社会と日本の国債が700兆円に達しているということです。また原子力発電に頼ることにより、生産性を高めようと産業界は考えていますが、使用済み核燃料のごみにより日本の国土が汚染されるのは確実です。
また、日本の政治家の中には核武装する必要性を叫ぶ人たちもいます。核武装によって日本の国が守れないのは明らかです。日本の平和は外交努力によって守る以外には方法はありません。
神は人類にこの地球上で生きよと命じておられるのですから、自然環境を守るためには、原子力や石油に頼らない、再生エネルギーによる電力を供するための制度や、また様々な方面の技術革新が必要です。たとえいかに困難でありましても、神の御心ならば必ず実現するのです。
さらに、このグローバル時代において、日本社会はいつまでも経済成長が可能であるという前提を見直し、経済面で縮小することが最早避けられないという見通しに立って、その中で人々が品位と逞しさをもって生きる新しい社会を創造していくことが必要です。
それが神の御心です。神は経済状態がどのような時にも、正義と憐みを実行し、人々が喜んで、共に生きることを欲しておられます。人間が謙遜に神に従うならば、神は英知と力を与えてくださいます。



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