2012-10-07(Sun)

聞いて行いなさい 2012年10月7日の礼拝メッセージ

聞いて行いなさい
中山弘隆牧師

 何をもって、わたしは主の御前に出で、いと高き神にぬかずくべきか。焼き尽くす献げ物として、当歳の子牛をもって御前に出るべきか。主は喜ばれるだろうか、幾千の雄羊、幾万の油の流れを。わが咎を償うために長子を、自分の罪のために胎の実をささげるべきか。人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。
ミカ書6章6~8節


 「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。』」「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。
マタイによる福音書7章21~29節


(1)主イエスの命令
 本日の聖書はわたしたちが良く知っている箇所で、次のような主イエスの御言葉が記されています。
 「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。」(7:24)
「わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。」(7:26)
 イエスの教えは、日常生活の身近な事柄を譬に用いて語られていますので、非常に印象的で、しかも生命感にあふれています。
 イエスはこの御言葉を語られる前に、山上の説教において、人間の生き方について教えられました。しかしそれは一般的な人間の生き方ではなく、今や主イエスを通してこの世界の中に開始している神の国での生き方を教えられたのです。そしてそれらの教えを終えるにあたって、特に印象深いこの御言葉を語られました。
 山上の説教を聞いて、それを実行する者は、岩の上に自分の家を建てる賢い人に譬えることができると仰せられました。
 これはどういう意味でしょうか。家とはその人の人生を表しています。家を建てるとは自分の人生を築くこと、すなわち自分の人生を形成すると言うことです。
 イエスは、わたしの教えは聞いて、それを実行することによって意味があるのだ、そうすることによってのみ、あなたの人生は神の国で生きる人生として形成されるのだと仰せになりました。
 言い換えれば、イエスの教えと、それを実行しなさいと言う命令は、実行する力と知恵と命を主イエスが与えてくださると言う意味を持っているのです。
 それは主イエスの支配が世の権力者たちの支配とは全く異なる所以です。世の権力者は自分の利益のために、人々を強制して、自分の命令を実行することを要求しますが、実行する力を与えることはありません。
それに対して、主イエスはご自身の命を与えることによって、命令を実行できるようにされるのです。従いまして、主イエスの命令はあなたにそれを実行させてあげようと言う約束なのです。

(2)復活の主イエス
今、わたしたちが聖書を読んで、その中で出会う方は復活の主イエスです。つまり、確かに聖書に書かれているイエスの御言葉は、地上で過ごされたイエスが語られた言葉ですが、その言葉を通して復活の主イエスはわたしたちに語っておられるのです。イエスは単なる過去の教師ではなく、主となって今働いておられる方です。
それゆえ、主イエスがわたしたちとどのような関わりを持っておられるかをキリストの福音は説明しています。
すなわち、主イエスはわたしたち罪人の代理者となり、わたしたちの罪を担って神の裁きを受け、死んでわたしたちの罪を贖ってくださいました。そして死に至るまで神に従順であったことにより、わたしたちの義と聖と命を達成してくださいました。
それゆえ、父なる神はイエスを死人の中から復活させ、天地の支配者である主とされたのです。そして、わたしたちの命は主イエスの中に保存されているのです。コロサイの信徒への手紙は次のように言っています。
「あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。」(コロサイ3:3)
また、コリントの信徒への手紙一で次のように言われています。
「神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。」(コリント一、1:30)
要するにこれらの言葉は、主イエス・キリストの中にわたしたちの命は保存され、隠されていると言うのです。また、キリストがわたしたちの義となり、聖となり、贖いとなって、わたしたちのために神の御前に存在しておられると言うのです。
復活のイエスはこのような方でありますので、聖書の御言葉を通して今わたしたちと出会い、わたしたちに主イエスの御言葉を実行しなさいと仰せになるのです。
それゆえ、わたしたちが主イエスの命令を実行するとき、主イエスの命がわたしたちの中に活発に働きますので、わたしたちはそれを実行することができるのです。
従いまして、今日わたしたちはこのイエスの教えを真剣に受けとめ、真剣に実行しているか否かが、一人一人に問われています。
福音主義的信仰に堅く立っていた敬虔なドイツの牧師ブルームハルトは、福音の威力を多くの人々に示した有名な牧師です。彼の力強い言葉は、福音を誤解して眠っているクリスチャンたちに覚醒を促す言葉です。
「彼らは人間の救いのすべてが主イエスの恵みによると言う福音を誤解している。彼らは主イエスがすべてをしてくださるのだから、自分たちのすべての重荷を主イエスに委ねて、自分たちは何もしなくてもよいと言って、枕を高くして安眠をむさぼっている。しかし福音はそのようなことを語っているのではない。福音はわたしたち信仰者が主イエスの業に参加し、神に仕えることを語っているのだ」と言いました。
確かに、人間の救いは人間の努力や人間の功績によって達成できるのでなく、純粋な神の恵みによるのです。さらにそれを信じる信仰によるのです。しかし、そのことはわたしたちが何もしなくてもよいと言う意味ではありません。
なぜならば、主イエスを通して働く神の救いが人間の中に開始されるとき、人間は神の御前に生きるという新しい生き方が始まるからです。


その新しい生き方は三つの側面を持っています。それは信仰、愛、希望の三つの側面です。
信仰について言えば、人は誰でも主イエスを信じる信仰によって主イエスと結ばれ、信仰によって神の義を与えられて、神との人格的な交わりの中に入れられ、神の子とされるのです。
主イエスをとおして人間と連帯化し、人間をご自身との交わりの中に入れられた神は怠惰な神でなく、実に生ける神でありますので、常に人間に語り、人間の心を照らされる神です。それゆえ人間の良心と知性は常に活発にされ、人間は主イエスを通して、神を知り、告白し、崇め、賛美し、神に仕えるのです。
愛について言えば、信仰によってキリストと結ばれている者として、キリストの中で与えられている新しい命を受けて、キリストの命令を実行して、隣人を愛し、神に従う生き方をすることです。
また、クリスチャンはキリストの心をもって、恵み深い父なる神に求める者たちです。その祈りの中で働く神の愛によって、常に行動する者たちです。
希望について言えば、それはキリストが再臨されるときに、わたしたちも復活し、キリストの中にすでに与えられ、保存されているわたしたちの義と聖と新しい命(罪の束縛から解放された命)が現れ、キリストの姿に完全に似る者となることを信じ、待望し、そのことに向かって人生を生き抜く力です。わたしたちは希望によって救われているのです。

さらに、信仰、愛、希望は聖霊の働きです。主イエスを信じるときに聖霊が与えられるのですが、聖霊がわたしたちの心に臨在するときに、わたしたちは愛する者、希望を持つ者となります。信仰、愛、希望は同じ聖霊の働きでありますので、互いに不可分離であり、三つは同時に働きます。
しかし、信じることによって、人は主イエスと結ばれ、主イエスの義を受けて、神との人格的な交わりに入れられるのですから、信仰は、愛によっても、希望によっても取り替えられたり、或いは補充されたりする必要のない優先的役割をもっています。 
但しその場合に、信仰が時間的に愛と希望に先行するというのでなく、愛と希望の前提であるということが信仰義認の意味です。

(3)神の働きを反映させる人間の行動
最後に、主イエスの命令はわたしたちの言葉と考えと行動を通して、神の性質と行動を映し出すことを目的としています。
わたしたちが信仰によって聖霊に心を照らされて、主イエスの地上の人生と十字架の贖いの死において現された神の愛を認識するだけでは不十分なのです。
なぜならば神の愛は実践によって初めて体験できるからです。それゆえ、主イエスはわたしたちに愛の実行を命じられる主権者です。わたしたちは御声を聞いて、それを実行することによって、神の愛を知り、神の愛を証し、神を賛美する者となります。
そのようにして人間が新しい人間として、キリストの性質に似る者となり、キリストの行動を反映させる者となることが救いの内容です。


以上のことはまた次のように言えます。人は主イエスの十字架の死と復活を信じることによって、主イエスと結ばれます。言い換えれば、自分の存在の根底を神の御手によって、自分自身から主イエスの中に移されるのです。そのようにして、主イエスと存在的に結ばれた者たちは、主イエスの支配される神の国にいるのです。
このことにつきましてコロサイの信徒への手紙が語っています。
「御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。」(コロサイ1:13)
御子の支配される国とは、御子である主イエスの命と自由が充満している霊的空間です。わたしたちはそこにある霊的生命と自由を胸いっぱいに呼吸するならば、主イエスの命令を実行し、隣人を愛し、神に仕えることができるのです。
さらに主イエスの十字架の死と復活により、主イエスの支配される領域は、すでにわたしたちを取り囲み、包んでいます。しかし、そのままではわたしたちはそこにいても眠ったままの状態で、未だ霊の命と自由を呼吸していません。そのために主イエスが御声をかけられ、わたしたちを眼覚めさせられることによって、わたしたちは命と自由の空気を呼吸し始めるのです。
それゆえ、わたしたちの目を呼び覚まさせる主イエスの御声こそ、今日なすべきわたしたちの働きに対する主イエスの指示なのです。
そのようにしてわたしたちは主イエスの支配される霊的空間で、呼吸することに慣れ、その自由を使用する仕方が分かるとき、わたしたちは自分で行動し、神の行動を映し出すようになります。それがキリスト教的愛の実践です。 
この自由を常に呼吸することによって、あらゆる打算から解放され、神の御心を実践することだけを願い、そのことを喜び、自発的に行うようになります。そこに神の子たちの自由な姿が生き生きと映し出されます。
勿論わたしたちの行動が、神の行動を完全に映し出す段階に達することはありません。それはわたしたちの救いがまだ完成していないからです。
それゆえ、わたしたちは神に求めながら、わたしたちの能力の限界内において、謙遜に、しかも精一杯の努力することが重要です。このことを心得ながら、わたしたちは共に心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして神に従いましょう。

浜松にある聖隷病院や福祉施設そして学校の創設者である長谷川保先生は、最初、結核のための療養施設を造り、看護する仕事をしておられました。実にその奉仕活動のバックボーンは宗教改革者ルターの「信仰義認」と、同じく宗教改革者カルヴァンの「神の栄光のために働くこと」でありました。先生は神学校でこのことを徹底的に学び、身に着けて牧師になられたのです。あるとき、牧師たちの研修会で、先生を講師にお招きして、先生のこれまでの歩みを聞きました。先生は特にこの二点に関して、情熱をこめてお話くださったその姿を思い出します。
信仰義認によって、キリストの義を頂いて、神との人格的な交わりの基礎の上に立脚し、絶えず神の愛と神の意志を知らされ、そこから溢れでる感謝と自由と情熱をもって、奉仕の業を推し進められました。それは自分の名誉や社会的地位を得るためでなく、そして、そのことによって、神の救いを確保したいと言う福音に反する思惑から解放され、ひたすら神の栄光を現し、神を賛美するために、自分の全精力を投入されました。そのことが人々の共感と賛同を得て、多くの協力者が同じ思いで事業を遂行して来られたことを感謝しておられました。
このように、自分の行動を通して、神の愛と神の行動を体験し、認識することがクリスチャンの聖化の過程です。それは行動を通して、クリスチャンがキリストにある新しい人間として生きることです。そのようにして、クリスチャンは神様の学校で一人一人が学ぶことができ、神の恵みに満たされ、神を賛美するのです。




スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

教会案内
〒354-0044
埼玉県入間郡三芳町北永井959-3
TEL・FAX:049-258-3766

牧 師:中山弘隆

創立日:1972年2月19日

最寄り駅
東武東上線 鶴瀬駅 西口
東武東上線 ふじみ野駅 西口
よりタクシーで10分
※駐車場完備

三芳教会へのバス利用方法

MAP
三芳教会の地図です
定例集会案内
●主日礼拝
  毎日曜日 10:30~12:00
●教会学校
  毎日曜日 9:15~9:40
●朝の祈祷会
  毎日曜日 9:45~10:10
●キリスト教入門講座
  毎日曜日 9:45~10:10
●マルタマリア会(婦人会)
  毎木曜日 10:30~
●マルタマリア会例会(婦人会)
  毎月第2主日礼拝後

毎木曜日の祈祷会は、2011年5月より、毎日曜日の朝の祈祷会に変更となりました。
三芳教会のご案内
●牧師紹介

●年間行事予定

●写真で見る三芳教会
最新記事
行事報告
● 江田めぐみ伝道師就任式
 (2012年7月22日)


● 教会バザー報告
 (2011年11月23日)


● バーベキュー大会報告
 (2011年8月21日)


● イースター報告
 (2011年4月24日)


● 柿本俊子牧師隠退の感謝会報告
 (2011年3月27日)


● 講壇交換(三羽善次牧師)
 (2011年1月23日)


● 墓前礼拝報告
 (2010年11月7日)


カテゴリ
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
月別アーカイブ
全記事INDEX

全ての記事を表示する

お知らせ
ようこそいらっしゃいました。



2016年10月に、当ブログの訪問者が9,000人を超えました。感謝いたします。

2015年9月に、当ブログの訪問者が8,000人を超えました。感謝いたします。

2014年9月に、当ブログの訪問者が7,000人を超えました。感謝いたします。

2014年1月に、当ブログの訪問者が6,000人を超えました。主の導きに感謝いたします。

閲覧者数
現在の閲覧者数
現在の閲覧者数:
メールフォーム
三芳教会やキリスト教についてのお問い合わせ、また当教会へのご意見、ご要望等がありましたら、下記のフォームよりうけたまわります。

お名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
QRコード
QR