2012-09-02(Sun)

来て、見なさい 2012年9月2日の礼拝メッセージ

来て、見なさい
中山弘隆牧師

 渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。銀を持たない者も来るがよい。穀物を求めて、食べよ。来て、銀を払うことなく穀物を求め、価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。なぜ、糧にならぬもののために銀を量って払い、飢えを満たさぬもののために労するのか。わたしに聞き従えば、良いものを食べることができる。あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう。耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。聞き従って、魂に命を得よ。わたしはあなたたちととこしえの契約を結ぶ。ダビデに約束した真実の慈しみのゆえに。見よ、かつてわたしは彼を立てて諸国民への証人とし、諸国民の指導者、統治者とした。今、あなたは知らなかった国に呼びかける。あなたを知らなかった国は、あなたのもとに馳せ参じるであろう。あなたの神である主、あなたに輝きを与えられる。イスラエルの聖なる神のゆえに。
イザヤ書55章1~5節


 その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。その翌日、イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。フィリポはナタナエルに出会って言った。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた。ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」イエスは答えて言われた。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」
ヨハネによる福音書1章35~51節



(1)フィリポとナタナエル
 本日の聖書の箇所は、フィリポがナタナエルをキリストのもとに連れてきたことが記されています。この出来事の発端は、主イエスがフィリポに出会い、「わたしに従って来なさい。」と呼びかけられたことから始まっています。
 「その翌日、イエスは、ガリラヤに行こうとしたときに、フィリポに出会って、『わたしに従いなさい』と言われた。」(1:43)
 このイエスの言葉にフィリポは直ちに応答して、イエスに従いました。このようにイエスに従ったのは、彼が旧約聖書の伝統を受け継いでいる敬虔な信仰者であり、旧約聖書が約束している神の救いを熱心に待ち望んでいる者であったからだと思われます。
ちょうどその時、彼は主イエスに出会ったのです。これは神の約束が主イエスの到来により開始されたゆえに、神様がこの出会いを与えられたのだと言えます。

次に、フィリポがナタナエルに出会いました。彼らは以前から面識があり、互いに救い主の到来を待ち望んでいた者たちでありました。
「フィリポはナタナエルに出会って言った。『わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ』」(1:45)
これはどういう意味かと申しますと、旧約聖書が約束している救い主を、わたしたちは今見いだした。ヨセフの子、ナザレのイエスが正にその方であるという証なのです。
イエスは処女マリアより、聖霊によって生まれられた神の御子でありますが、決して架空の人物ではなく、歴史の中に実在した方でありますゆえに、その出身地があるのです。ルカによる福音書では、イエスの誕生に関して、ローマ帝国の全土で人口調査が行われていたために、ヨセフとマリアはダビデの家系に属していましたので、ダビデの町ベツレヘムで登録しなければなりませんでした。ちょうどベツレヘムに着いたとき、イエスが誕生したと記しています。しかし、人口調査が済むとヨセフとマリアは郷里のナザレに帰り、イエスはそこで育ちました。それゆえイエスがナザレの出身であると言うことは歴上の確かな事実です。

新約聖書の信仰は、ナザレのイエスが救い主である、すなわちキリストであると言うことを信じるのです。今日のわたしたちは、イエス・キリストという一人の人の名前のように受け取りがちですが、最初はそうではなくイエスがキリストであると言う信仰を明確に言い表していました。
ところでナタナエルは旧約聖書の信仰を持っていましたから、「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも預言している方に出会った。」というフィリポの言葉の意味が分かったのです。フィリポは救い主が今や到来したと証言したのです。
しかし、ナタナエルはナザレの出身者であるイエスが救い主であるはずがないと考え、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と答えました。なぜならば田舎では、救い主が自分たちの町から出るはずであると考え、町と町、村と村との間には対抗意識があったからです。
議論によって説得されてキリスト教に入った人はあまり多くはいません。わたしたちの議論は益になるより害になることが多いのです。人にキリストの恵みの主権を知らせる唯一の方法は、その人をキリストと引き合わせることです。人をキリストのもとに連れてくることです。
今日では死人の中から復活されたキリストとはどこで出会うことができるのでしょうか。それは教会です。しかも教会の礼拝の中です。それゆえ、キリストは弟子たちにそのことをはっきりと教えられました。
「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:20)
弟子たちの場合には、キリストは見える姿で地上に存在しておられたのですから、自分の友人をキリストのもとに連れてくることは分かりやすいと思われます。しかし、人をキリストのもとに招くためには、自分自身がキリストを知っていなければならないのです。キリストを知っている者だけが、キリストのもとへ人々を連れてくることができるのです。
そのような者として、フィリポはナタナエルに「来て、見なさい」といって、彼をキリストのもとへ連れてきました。ナタナエルはそのようにして、キリストのもとへ導かれたのです。

(2)キリストとの出会い
このとき、イエスはナタナエルの心を見抜いて、次のように仰せられました。
「イエスは、ナタナエルがご自分の方へ来るのを見て、彼らにこう言われた。『見なさい。真のイスラエル人だ。この人には偽りがない』」(1:47)
イエスはナタナエルがご自分の方へ近づいてくるのを見て、彼の心の中をすべて察知し、「この人には偽りがない。真のイスラエル人だ」と言って彼の心の中心にある思いを受け入れてくださるのです。
人はイエスと出会うとき、イエスは自分のすべてを知っていてくださると言うことに気付きます。しかもイエスは自分を本当に受け入れて下さっていることが分かるのです。
そこで、ナタナエルは驚きを感じながら、次のように言いました。
「どうしてわたしを知っておられるのですか」と尋ねました。
するとイエスが仰せになった言葉が、さらに彼を驚かせたのです。
「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」(1:48)

このことは非常に深い意味を持っています。ユダヤの思想ではイチジクは常に平和を象徴していました。彼らの平和の概念は、自分たちが葡萄の木の下と、イチジクの木の下で、穏やかに暮らすことができる時でありました。
さらにイチジクは葉が茂って日陰を作りますので、敬虔な人はその下に座って黙想する習慣がありました。それは正にナタナエルが身に着けていたことです。
そして、彼がイチジクの木の下に座していた時、彼は救い主の到来の日に思いを馳せて、祈っていたのです。そのように彼は神の約束について、日々瞑想の時を持っていました。
それゆえ、ナタナエルはこのイエスの言葉を聞いたとたんに、イエスが自分の心の奥まで見られたことを知ったのです。
それゆえ、ナタナエルが驚嘆したのは、イエスがイチジクの木の下にいる自分の姿を見られたと言うのではなく、自分の心の奥底にある思いを読み取られたからです。そこで彼は自分自身に向かってこう言いました。
「わたしの心の願いを理解する人がいるとは全くの驚きである。わたしの祈りを知っている人がいるとは一度も想像さえしなかったのに、わたしの心の奥にある秘密の望みを見抜いているこの人は一体だれであろうか。----わたしの魂の呻きを言い当てるこの人は神の子、神の約束された救い主、キリストに違いない。それ以外にはありえない。」
そこでナタナエルは神に対する畏敬の念に打たれると同時に、感謝と喜びをもって、「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」と告白し、イエスの前に平伏したのです。

さらにイエスは次のように仰せになりました。
「イチジクの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」(1:50)、「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上を昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」(1:51)
おそらくイエスは微笑みながら言われたことでありましょう。ここでイエスは、昔ヤコブが見た幻の話を引用されました。ヤコブは兄エサウの長子の特権を騙し取ったため兄の怒りを買い、父の家を出て母方の親戚に逃れるために一人で旅立ったときの出来事です。ベテルで一夜を明かしましたが、そこで彼は夢を見て、先端が天に達する階段が地に向かって伸びており、その上を神の御使いたちが上り下りしている光景を見ました。
この物語を引用して、イエスはこのように言われたのです。
「ナタナエルよ、あなたの心を読み取るよりも、もっと大きなことがわたしにはできるのだ。わたしはあなたのためにも、またすべての人々のためにも、天に至る道、天に至る階段となることができるのだ。すなわち、あなたはわたしを通して、神の御前に出て、神に祈り、その祈りが聞き入れられることができるようになる。」
このように、人はイエスを神の子、救い主と信じることにより、イエスを通して、神の御前に立って、神との人格的な交わりに入れられるのです。

(3)使徒パウロの伝道と信徒たち
次に、使徒パウロはどのようにキリストの福音を広い世界に伝えたのでありましょうか。
初代教会におきまして、パウロは福音宣教の上で、一番大きな働きをしたキリストの使徒です。三度にわたって世界伝道旅行を敢行し、パレルチナ地方のアンティオキア教会から出発し、小アジア、ギリシャ、ローマに至るまで福音を宣教し、そこに教会を設立する偉大な働きをしました。その方法は、自分の足で歩いて人々のいるところに出かけて行き、ユダヤ人にはユダヤ人のようになり、ギリシャ人にはギリシャ人のようになって、人々と出会うことでした。彼は次のように言っています。
「ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。--すべての人に対してすべてのものになりました。」(コリント一、9:20~22)
パウロはイエス・キリストの律法に従うことにより、自由を得ていましたので、パウロとは立場の違うユダヤ人には彼らの律法を尊重し、他方ユダヤ人の律法に反対しているギリシャ人には律法を持っていないギリシャ人の立場を尊重することができたのです。
自分の立場とは異なる相手の立場に立って、相手の考え方や生き方を深く理解したのです。そのような人間としての関わりの中で、自分が一番大切だと思っている福音を相手に語ることができたのです。
また、福音を受け入れず、福音に反対する人々を軽蔑したり、嫌ったりせず、彼らのために執り成しの祈りをしました。
従ってこのような方法であれば、わたしたちも伝道はできます。わたしたちはこれまで何の関わりもない人、全く知らない人に伝道することは難しいと思いますが、何らかの関わりがあり、そのことを通して知り合いになった人で、自分の言うことを真剣に受け止めてくれる人に対しては、伝道は可能なのです。
確かにこのような人が一遍に多く与えられることはありません。自分の一生の中で数人かもしれません。その中で幾人かが福音を聞いてくれるのです。そして教会に来て、主イエスと出会い、主イエスを信じるようになるのです。
また、そのような人が自分の知っている人を「来て、見なさい」と言って、教会の礼拝に誘うならば、その人が礼拝の中で共に臨在し、語っておられる主イエスと出会うのです。そのようにして伝道が進展するのです。

キリスト教は偉大な使徒たちが地上を去りました後の時代、約200年間は、強力な伝道者や有名な指導者たちはあまりいませんでした。その時代には無名の信徒たちが伝道したのです。クリスチャンになった人々の中には、下層階級や奴隷の身分の人たちが多くいました。しかし、そのような信仰者が人間として崇高な働きをしましたので、ローマ市民や上流階級の家庭で、大切な仕事を任せられたり、子どもの教育を任せられたりしました。
そのような地味な働きを通して、信仰が社会に広がって行ったのです。また、その時代は迫害の嵐の吹きすさぶ最中でしたから、そのような人間的な信頼を通して主イエスに対する信仰は広まって行ったのです。キリスト教はローマ・ギリシャ世界で、250年の間にその全人口の15パーセントがクリスチャンになったと言われています。
キリスト教は迫害に打ち勝ち、ローマの皇帝コンスタンチヌスがクリスチャンになったとき、ローマ帝国の国教となりました。しかし、大切なことはキリスト教が国教となったと言うことではなく、パン種が粉全体を発酵させるように社会全体に浸透し、内部から変革する強い影響を及ぼしたという点です。
それは復活の主イエスが聖霊を通して、教会に臨在し、ご自身の救いをクリスチャンの福音の宣教と愛の業を通して、前進させておられるからです。



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