2012-08-26(Sun)

主の御声に従う 2012年8月26日の礼拝メッセージ

主の御声に従う
中山弘隆牧師

 高い山に登れ、良い知らせをシオンに伝える者よ。力を振るって声をあげよ、良い知らせをエルサレムに伝える者よ。声をあげよ、恐れるな、ユダの町々に告げよ。見よ、あなたたちの神。見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ、御腕をもって統治される。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い、主の働きの実りは御前を進む。主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め、小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。
イザヤ書40章9~11節


 「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。しかし、ほかの者には決してついて行かず、逃げ去る。ほかの者たちの声を知らないからである。」
ヨハネによる福音書10章1~5節



(1)良き羊飼い
 本日は教会修養会でありますので、本年度の標語であります「主の御声に従おう」という主題と副題の「聖化」について、互いに話し合い、理解を深めたいと思います。またこのことを通して、わたしたちは礼拝を守り、御言葉に聞く生活をすることが教会の唯一の使命であり、そのことが伝道であるということを共にしっかりと知る者となりたいと願っています。
主イエス・キリストはヨハネによる福音書10:11で次のように仰せになっています。
「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」
つまり、クリスチャンにとって、主イエスが良い羊飼いであり、クリスチャンは主イエスの羊であると仰せになっています。
このことは地上において弟子たちを導かれた良い羊飼いであるイエスが既に十字架の贖いにより、ご自身の命を羊のために与えてくださったことを意味しています。
それゆえクリスチャンにとって一番大切な点は、主イエスがわたしたちの羊飼いであり、わたしたちがその羊であるということを自分の生きるすべてとすることです。
これは最も確かな事実です。さらにこの事実は神的な事実なのです。主イエスはかつて弟子たちを導かれた地上における教師であったと言うのでなく、今も生きて働いておられる羊飼いです。
「わたしは良い羊飼いである」というイエスの宣言は神としての権威と力をもって、ご自身が誰であるかを啓示された言葉なのです。

(2)御声を聞き、御声を聞き分ける羊
次に、良い羊飼いに導かれる羊たちは、羊飼いの声を聞き、知り、従う者たちです。この点につきまして、10章3~4節で次にように聖書は語っています。
「門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。」

ここで、羊は羊飼いの声を聞き分けると言われています。もちろん羊は羊飼いの姿を知っているでありましょうが、それよりはむしろ羊飼いの声を知っているので、羊飼いと深い繋がりを持っているのです。羊飼いも一匹一匹の羊に名前を付けて、名前を呼びます。羊は自分の名を呼ぶ声を聞いて、羊飼いの所に集まるのです。
わたしたちクリスチャンの羊飼いは地上で弟子たちを導かれた主イエスが十字架の死によって、ご自身の命をすべての人間に与えられた後、三日目に死人の中から復活された方です。
復活の主は神としてわたしたちの所に臨在し、神として働いておられますので、その御姿は見えません。けれども主イエスとわたしたちの関係は実に親密な交わりの中にあります。
それは御言葉を通して、主イエスがわたしたちの名を呼び、わたしたちに語られることです。主イエスがわたしたち一人一人の名を呼んでくださるとは、主イエスがわたしたち一人一人を人格として知っていてくださることに他なりません。
わたしたちが主イエスを知る前に、主イエスはわたしたちを知っていてくださるのです。しかも完全に知っていてくださるのです。
このような方から自分が呼びかけられた時、誰が答えないでいられましょうか。その呼びかける方向に向き直り、呼びかける方に対して心を開き、その方を求めざるを得ないのです。
この点がクリスチャンにとって一番大切です。わたしたちには復活の主イエスの姿は見えませんが、主イエスの語りかけられる御言葉に聞くとき、主イエスとの人格的な交わりの中に入れられるのです。この神的な現実を自覚することが神の恵みの中で、実際わたしたちを新しく生かすのです。
自分にはどうも復活の主のことがはっきりしない。自分が神の御前に生かされていると言うことが今一つ不確かであると言う悩みを持っているクリスチャンは多いのですが、それは自分たちの信仰の対象と交わりの相手が神であり、復活の主であることをまだ十分心得ていないことが主な原因です。相手が神であれば、人間はその相手を手に取るようにわかることができないのは当然です。神はクリスチャンにとって、常に神秘の中に留まっておられる方です。
そういう意味で神は「隠れた所」におられる「聖なる方」です。その神が御言葉をもってわたしたちと出会ってくださることにより、人間が神を知るために必要かつ十分なだけ、ご自身を知らせてくださるのです。この点をクリスチャンは自覚することが肝要です。

(3)クリスチャンと対面される主イエス
次に、主イエスが御言葉をもって、わたしたちと対面されるとき、主イエスは聖霊によって、わたしたちの心の中に臨在しておられます。聖霊によって、主イエスはご自身をわたしたちの存在の中に与え、わたしたちの中で、神として働かれます。
この主イエスの内住によって、わたしたちと対面しておられる主イエスをわたしたちは単に自分がそう思っているだけでなく、具体的な事実として、客観的に知ることができるのです。
また主イエスが人格的にわたしたちと対面し、出会われることによって、わたしたちの中に臨在され、ご自身をわたしたちに与えられる方が誰であるかが分かるのです。
或いは、従来から教えられて来たように、聖書の御言葉を通して、聖霊がわたしたちの心を照らすときに、聖書の言葉は生ける神の言葉となると言えます。
すなわち、文字としての聖書の言葉ではなく、聖書の言葉を通して語っておられる「神ご自身」と出会うのです。または、「神の言葉それ自体」である「主イエス」と出会うのです。
要するに、復活の主イエスは聖霊を通してわたしたちと出会い、わたしたちに御言葉を語られる方です。そして、復活の主イエスは聖霊を通してわたしたちの内に臨在し、わたしたちの内に働かれますので、わたしたちは主イエスの御言葉を聞き、それを理解することができるのです。
これこそ、羊が羊飼いの声を聞き分け、その御声を聞き、理解すると言うことです。そこにおいてわたしたちは主イエスとの人格的な交わりが与えられます。
この事態こそわたしたちを常に新しく生かす神的現実です。神的現実は単なる概念ではなく、人を救い生かす生命に溢れた現実です。

(4)神の命令の実行
次に、主イエスはわたしたちに対して、「わたしに従って来なさい」と命じ、わたしたちを導き、先頭に立って歩んで行かれます。この状態を聖書は次にように描写しています。
「羊飼いは羊の先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。」
主イエスはわたしたち一人一人に神の御心を実行するように命令されます。
主イエスの与えられる命令の第一は「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」であり、第二は「隣人を自分のように愛しなさい。」であります。
しかし、神を愛するということは、わたしたちが自分の力と持ち物によって、神に仕えると言う意味ではありません。そうではなく、神が主イエスによってわたしたちに既に与え、備えて下さっている恵みによって、言い換えれば、わたしたちの中に働く主イエスの思いと命によって、神の御心を実行することなのです。
また聖書は、聖霊に導かれて歩んでいる者は、聖霊の思いを自分でも思い、命の聖霊の働きにより、神の命令を実行すると言っています。これは主イエスの臨在と働きが聖霊を通して行われているからです。
従いまして、わたしたちが神の御心を実行する自由と命が、主イエスの内に備えられているのです。それゆえ、主イエスの命令はわたしたちに向かって、主イエスの中に既に備えられているわたしたちの自由を使用しなさいと言う誘導なのです。
しかし、わたしたちの自由はわたしたちの中にではなく、主イエスの中にあるのですから、その自由を行使するために、主イエスの手引きが必要となります。主イエスがわたしたちに先立って進み、手引きをしてくださることにより、わたしたちはその自由を行使して、神の御心を実行することができるのです。

これがわたしたちの先頭に立ってわたしたちを導き、前進して行かれる良き羊飼いに、わたしたちが従っていくことです。このことを使徒パウロは次のように表現しています。ローマの信徒への手紙8:1~4)で次のように言っています。
「今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。キリスト・イエスによって命にもたらす霊の法則が、罪と死の法則からあなたを解放したからです。--それは肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。」
ここで、キリスト・イエスに結ばれている者とは、主イエスを信じることにより、聖霊を与えられ、主イエスとの人格的な交わりの中に入れられている者です。

新共同訳聖書は「キリスト・イエスに結ばれて」となっていますが、原典では「キリスト・イエスにあって」ということです。パウロは神、キリスト、聖霊とクリスチャンとの関係を様々な仕方で言い表しています。神の霊が宿るクリスチャンを「聖霊にあって」、キリストの霊を持つ者を「キリストにあって」と言っています。また、「聖霊に従って歩む者」とも言っています。
ともかく、キリストが聖霊を通して、わたしたちの中に臨在し、働いておられることは、わたしたちが「キリストにある」「キリストが支配される神の国の中にある」と言い換えることができます。

キリストが支配される国とは、神の子たちの自由の働いている場所です。その場合、神の子たちの自由とはキリストの命であります。従いまして、キリストは、わたしたちがキリストの支配される国に入って、その自由を胸いっぱいに呼吸して、キリストの命令を実行しなさいと、わたしたちに指示を与え、命令の実行へと誘導されるのです。以上のような仕方で、わたしたちはキリストの命令を実行することができるのです。
しかし、それは完全に実行できると言う意味ではありません。部分的な実行なのです。それでもそのことによって、わたしたちは神の御前に実際に生きることができますので、感謝と喜びに満たされ、一層神に従うことを祈り求めるようになります。

このことが聖化なのです。従いまして、聖化とはクリスチャンが段々と罪から清められ、最後には罪はなくなると言うのではありません。そのように直線的に前進して行くのではありません。
そうではなくて、主イエスが羊の群れに先立って前進して行かれるところに、わたしたちが最後までついて行くことです。この基本路線を歩むことによって、わたしたちは罪と死に支配されている古い自分から脱出し、キリストにある新しい自分に向かって絶えず前進して行きます。

わたしたちが生まれながらの人間としての身体をもっている限り、罪はわたしたちの心の中に働きます。しかし、罪は主イエスの十字架の死によって、既にその支配権を打ち破られているのです。従いまして、わたしたちは罪の思いが心に湧いてきても、最早それに束縛されることはありません。主イエスの思いに心を向け、そのことに専念するならば、罪の思いは知らないうちに立ち去るのです。そのようにして、わたしたちが主イエスの思いと命令に従って前進することが聖化です。

以上のようにして、クリスチャンはキリストの命と自由に生かされ、神の愛が、主イエスの十字架の犠牲と復活の勝利を通して、そして聖霊によって、クリスチャンの中に絶えず働くことにより、クリスチャンは自ら進んで、喜んで神の御心を実践するのです。
神の愛は神から出る愛であり、クリスチャンの所有物ではありませんが、神の愛がクリスチャンの中に絶えず働くことによって、クリスチャンは隣人を愛し、神の命令に従い、神を賛美するのです。
しかし、クリスチャンが実行する愛は、自分の功績にはなりません。それによって神から義と認められるのではありません。信仰によってだけ、義と認められるのです。
それゆえ、愛は感謝の業です。なぜならば、クリスチャンの中に働く愛は「神の御子・主イエス」の愛であり、喜んで、自主的に父に従い、父の御心を実行する愛であるからです。
このように主イエスにおいて、聖霊を通して、神ご自身と対面し、神の言葉を聞き、主イエスの命と神の愛がわたしたちの内に働くことにより、新しい人間として生きること、これが聖化です。



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