2012-06-10(Sun)

まず、神の国を求めなさい 2012年6月10日の礼拝メッセージ

まず、神の国を求めなさい
中山弘隆牧師

 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。太陽が闇に変わらないうちに。月や星の光がうせないうちに。雨の後にまた雲が戻って来ないうちに。
コヘレトの言葉12章1~2節


 「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」
マタイによる福音書6章25~34節


(1)創造者である父なる神の愛
 野鳥を保護する団体で、バード・ウオッチングと言うグループがあり、近くの森やゴルフ場に出かけて行って、双眼鏡でどんな種類の鳥が棲息しているかを調査しています。
 元からその土地に棲息しているスズメや鶯、またホトトギスなどがいますし、また海を越えて日本に渡ってくる鳥もいます。五月ごろには南の島から来る燕がいますし、冬にはシベリヤから来る白鳥など、多くの種類の鳥がいます。そんな鳥たちがどのようにして遠く離れた所から飛来し、また元の場所に帰って行くのでしょうか。
本当に不思議なことですが、神様が鳥たちに飛ぶ方向を知る能力を与えて下さっているからだ、と思います。
 1209年にアシシの聖フランシスは、神の国が近づいたことを説教することと、病人の看病することと、自分たちは極貧の生活をしながら主イエスに従うことを、神様から命じられました。この三つの命令に従う同志の者が集まり、フランシス修道会の活動が開始されました。
このフランシスが小鳥たちに説教をしたと言う有名な話が伝えられています。
「わたしの兄弟である小鳥たちよ、あなたたちは造り主である神様を一生懸命に愛し、大いに賛美しなさい。神様はあなたたちに羽を与え、それを温かい着物にしてくださいました。またあなたたちが飛べるように神様は翼を与えてくださいました。あなたたちは、種を蒔いたり、収穫したりはしませんが、それでも神様はあなたたちを養っていてくださいます。」
このように優しく話しますと、小鳥たちは、首を曲げてフランシスの方を見、あたかも感謝しているようにフランシスの話を聞いていました。どうして小鳥たちは飛び去らないで、フランシスの話をよく聞いていたのか不思議です。
それはフランシスが主イエスを信じ、神の愛を知っていたので、神が小鳥たちを愛しておられるように、フランシスも小鳥を愛していたから、小鳥に心が通じたのでありましょう。

(2)思い煩うな
ここで、主イエスはわたしたちに「空の鳥をよく見なさい」と仰せになっています。それはわたしたちに神の愛を教えるためです。神はこの世界の中にあるすべての被造物を愛によって創造されましたから、現在も愛し、摂理の御手によって、支え、守っておられるのです。
この神の愛と配慮の御手のうちに人間は置かれていることを、心に刻み込むならば、思い煩う必要ないのだから、もう思い煩うことは止めなさい、と命じられるのです。
また、主イエスは野の花の美しさを指さし、「今日は生えて、明日は炉に投げ込まれる野の花さえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って思い悩むな。それらはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。」(6:30~32)と仰せになりました。
わたしたちの身の回りにいつでも見ることができ、普段人々は注意しない平凡な事柄の中にも、神の愛と配慮が現れていることを主イエスは見ておられました。
わたしたちも主イエスの目をもって見るならば、神の配慮にこの世界とわたしたちは包まれていることを感じるのです。

勿論、生活に必要なものを手に入れるためには一生懸命に働かなければなりませんが、それは思い煩いとは全く別問題です。
人は思い煩うことによって、精神的に消耗し、体の具合が悪くなり、病気になり、職場を失い、最後に挫折してしまいます。よくストレスのために病気になると言われていますが、ストレスと病気が直接につながっているのではなく、思い煩いが病気と繋がっているのです。
従いまして、生活の困難で人生が挫折するのではなく、生活のために思い煩うことが挫折を誘発するのです。思い煩いこそ、人生を悲劇する最大の原因であります。
同時に思い煩いは、神に対する不信仰であります。主イエスは人間の不信仰を見て嘆かれました。

「今日は生えて、明日は炉に投げ込まれる野の花さえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。」
この主イエスの嘆きがわたしたちに伝わってくるように思います。

(3)神の摂理
次に、神の摂理ついてハイデルベルグの信仰問答は次のように教えています。
「神の摂理とは、神の全能なる、今働く力です。その力によって、神は天と地、そのすべての被造物をも、御手によってされるように、保ちまた支配してくださいます。
木の葉も草も、雨の降るときも日の照るときも、豊作の年も、不作の年も、健康も病気も、富も貧しさも、すべてのことが、偶然から来るのでなく、父としての御手によって、わたしたちに来るのです。」
そして神の創造と摂理の業を知ることがわたしたちに次のような利益をもたらすと教えています。
「わたしたちは、どんな不遇の中でも、忍耐深く、幸福の中には、感謝し、未来のことについては、わたしたちの寄り頼むべき父に、良く信頼するようになり、もはや、いかなるものも、わたしたちを神の愛から離れさせることはできなくなります。それゆえに、わたしたちは動揺することなく、堅忍不抜の態度をもって、自分の人生を歩むことができます。」
さらに、神の摂理とは現代の世界と人間の生活の中に働く神の創造的な力と知恵であります。
今日の社会は古代の社会とは異なり、文化が進み、社会制度も発展してきました。このような人類の発展も実は神の摂理の御業の中でなされています。
今日の人間の様々な知識やすべての活動を含めて、もっと広い全体の中で神の摂理が働いているのです。従いまして、人間の知識がどのように進み、技術がいかに進歩しましても、自然や社会のすべての現象を支配し、予測することは不可能です。それは人間が理解し、支配できる領域はごく一部分であり、人間にとって未知の広大な領域に取り囲まれているからです。
このような未知の領域も含めて、自然と人間社会の全体を貫いて働いている力が神の摂理です。しかも摂理は恵み深い神の支配なのです。

しかし、問題は神様が摂理の御手をもって人間を顧み、守り、支えて下さっていましても、人間はそのことを知らずにいることです。
原因は神様と人間との心が通じていないからです。神様と人間との心が通じているならば、人間は神の摂理の御手に信頼し、神を感謝し、自分から進んで神に従う人生を歩むようになります。
神の御子が人間となられた主イエスこそ生活のすべての面で父なる神の摂理の御手をはっきりと認識し、自分の生活を父なる神の摂理に委ねておられました。
例えば、ガリラヤ湖を弟子たちと共に船で渡っておられた時、突然嵐が起こり、波に呑み込まれそうになりました。それでもイエスはぐっすり寝込んでおられたのです。そのとき、弟子たちはイエスを起し、「主よ、助けてください。おぼれそうです。」と言いますと、イエスは「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」と言われ、起き上がり、風と湖に向かって静まれと言われると、すっかり嵐は治まったのです。これは父なる神の摂理に対する主イエスの信頼の強さを示しています。

このように主イエスが父なる神の摂理を知り、完全に父なる神の御手にご自身を委ねておられたのは、それは父なる神と主イエスとは互いに心が通じ合っていたからです。どうしてでしょうか。
それは父なる神と主イエスとの関係が父と子との関係であったからです。しかし、これは神の内部における父と子との関係だけではありません。主イエスは本来神の御子でありますが、人間の救いのためにわたしたちの兄弟となり、わたしたちと同じ人間になられた方です。 
そのような方として本来的な父と子の関係が父なる神と主イエスの関係を創りだし、そこに投射されているからです。この事実によって父なる神と主イエスとの関係が人間と神との正しい関係になりました。

(4)神の国と神の義を求める
人間が神と心が通じると言う現実こそ、聖書は人間が神との正しい関係に入れられることであると言います。それは、わたしたち人間が神様と正しい関係に入れられるため、ご自身の中に神と人間との正しい関係を樹立された主イエスを信じることによって与えられるのです。
人間が神の摂理の御手の中で生きるために、「先ず、神の国と神の義を求めなさい」と主イエスはわたしたちすべての人間に呼びかけておられます。
神の国とは人間に対する神の恵み深い支配が有効となる場所であり、神の義とは神様と人間との正しい関係のことです。
この場合どうして人間と神様との双方に意味を持っている正しい関係が、特に「神の義」と呼ばれるのでしょうか。それは大いに意味があります。
なぜならば、人間と神様との間の正しい関係は、神様が主イエスにおいて、創り出してくださった関係であり、神様が人間に無償で与えてくださる関係であり、その中に神の正しさが完全に浸透しているからです。

そのために、主イエスが地上の人生を父なる神の意志に従い、それを完全に実行してくださったのです。
神の御子である主イエスが人間として、父なる神を信じ、父なる神に祈り、人間に対する父なる神の意志を知り、父なる神から力を受けて、父なる神の意志を完全に実行されたからです。
つまり、主イエスの存在と人格において、神の正しさが実現したのです。
そういう意味で、神の国は地上における主イエスの神の国の宣教活動の中で、すでに開始していました。
しかし地上での主イエスの活動の時期において、神の国は厳密に言うと主イエスご自身の存在と人格の中にだけ到来していたのです。
今や、罪の全くない主イエスが人類の責任を自ら負い、人類の罪の贖いのために、自らを献げられたことにより、神の義が完全に満たされ、人間と神との正しい関係を土台とする神の国が人間のもとに到来し、人間は神の国に入って、生きることができるのです。

それゆえ、主イエスを信じることによってのみ、人は罪人であるにも拘わらず、神との正しい関係に入れられるのです。
そのことによって、人間は神との人格的な交わりに入れられるのです。それゆえ、主イエスが父なる神を「父」と呼び、父に祈られたのと同じようにクリスチャンも神を「父」と呼び、父に祈ることができるのです。さらに、主イエスが父なる神の御心を知り、父なる神から力を受けて、喜んで、自ら進んで父なる神の御心を実行されたように、クリスチャンも神の御心を喜んで、自発的に実行するのです。

それはクリスチャンに主イエスの心が与えられているからです。それは主イエスが死人の中から復活し、神の国の支配者になられたからです。
言い換えれば、主イエスは、聖霊をクリスチャンに送り、聖霊を通して、信仰者の中に自ら臨在され、聖霊を通してご自身の人間性と命を信仰者に与えることにより、地上で神への従順の生涯を全うされた主イエスの御足の跡を辿り、わたしたちは主イエスのように神に自ら進んで従う人生を歩むことができるのです。

(5)世界の中での具体的な愛
最後に、わたしたちが主イエスに従って、この世界の中で具体的な愛の業を行うために、神の摂理に導かれることが必要です。
なぜならばわたしたちの中に神の愛が働き、わたしたちが神の命令を実行する場合に、目的を実現するための手段、すなわち知識や技術または資金、そして目的実現に適した時と状況が必要となります。
そのようなすべての条件を満たすために、人間の知恵を越えた神の摂理の御手がわたしたちの目的と努力を支え、導いているのです。
このことを信頼して、目的を立て、それを実現するために、互いに協力し、忍耐し、試練に耐えるならば、目的が実現することになります。そのようにして神の愛が社会的な具体的状況の中で、目に見える仕方で実行できるようになります。
神の義を与えられ、神の国に入れられ、そこに生きるクリスチャンは教会と社会の中で、神の摂理に支えられ、神の愛を具体的に実行するのです。



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