2012-05-13(Sun)

聖霊の働き 2012年5月13日の礼拝メッセージ

聖霊の働き
中山弘隆牧師

 その後、わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る。その日、わたしは、奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。
ヨエル書3章1~2節


 そこで、ペトロは口を開きこう言った。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。神がイエス・キリストによって――この方こそ、すべての人の主です――平和を告げ知らせて、イスラエルの子らに送ってくださった御言葉を、あなたがたはご存じでしょう。ヨハネが洗礼を宣べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です。つまり、ナザレのイエスのことです。神は、聖霊と力によってこの方を油注がれた者となさいました。イエスは、方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです。わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、特にエルサレムでなさったことすべての証人です。人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活した後、御一緒に食事をしたわたしたちに対してです。そしてイエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが受けられる、と証ししています。」
使徒言行録10章34~43節


(1)ペトロの説教とその結果
 本日の聖書の箇所では、キリストの使徒たちが語りました一番初期の福音の内容が記されています。これは使徒的説教であり、所謂ケイルグマと呼ばれているものです。ここではペトロの語った説教となっていますが、実はその内容が使徒たちの間で共有されており、使徒たちは一つの福音を語っていたのです。

 ここで非常に大切な事は、福音の内容があくまで主イエス・キリストであるという点です。
第一に、36~37節で、ペトロは異邦人でありながら神を敬うコルネリウスにこのように言っています。

 「神がイエス・キリストによって…この方こそ、すべての人の主です。…平和を告げ知らせて、イスラエルの子らに送って下さった御言葉を、あなたがたはご存知でしょう。ヨハネが洗礼を述べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です。」
 ここで「平和を告げる」とは、戦争のないことではなく、神の平和が与えられるということで、神が与えられた究極的な救いという意味です。つまり、それは人間が、神との正しい関係の中で、神との人格的な交わりに入れられるということです。
そして「イスラエルの子らに送って下さった御言葉」とは神の救いを待望していたイスラエルの民に与えられた「福音」という意味です。
福音こそ神の御言葉の中心です。従いまして、神の完全な救いの根拠と内容は、主イエスに関する「出来事」なのです。
つまり、この出来事は、単なる歴史的な事件ではありません。一つの歴史的事件でありながら、人類の歴史全体を規定する特別の歴史的出来事なのです。この出来事こそ、人類に対する神の救いの行為と神の最終的判決なのです。38節で、このことを言い換えて、次のように説明しています。「つまり、ナザレのイエスのことです。」

 第二に、38節から39節で、ガリラヤにおけるイエスの教えと行動を簡潔に語っています。この点は福音を構成する重要な要素です。
 「神は、聖霊と力によってこの方を油注がれた者とされました。」
 ここで、「油注がれた者」とは聖書で特別の意味を持っており、「メシア」すなわち「救い主」で、神がイエスを救い主に任命されたという意味です。
この出来事は、イエスが洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けられましたとき、天から聖霊が鳩のようにイエスの上に降り、イエスに向かって「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者である」という父なる神の声が天から聞こえてきたことを指しています。

 「イエスは、方々を回り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべて癒されたのですが、それは、神がご一緒だったからです。」
 ここで、ガリラヤ地方において、イエスが神の国の宣教活動をされたことの概略を告げています。
 イエスは神の国がご自分の活動と共に今や開始していることを語り、神の国に生きる信仰者の生き方を教えられました。
そして、神の権威をもって、罪人に罪の赦しを与え、病に苦しむ人たちを癒されたのです。
イエスのこの業を見た民衆は驚嘆し神を賛美しました。しかし、ユダヤ教の指導者である律法学者やファリサイ派の人たちは、イエスを非難しました。彼らはイエスが病人を癒されたことに対しては反対しませんでしたが、イエスが罪の赦しを宣言し、それによって悪霊を追い出し、病気を癒されたことに猛反対したのです。
彼らは人間の罪を赦すことのできる方は、神だけであり、人間が罪の赦しを宣言することは神を冒涜することであると言って、イエスを非難したのです。
ここで、彼らが人間は罪の赦しを宣言することはできないと言っていることは正のです。しかし、イエスが神の権威をもって罪の赦しを宣言されたことを認めなかったことは、彼らの重大な間違いで、彼らの神に対する不信仰を暴露しているのです。
なぜならば神はイエスの罪の赦しの宣言を通して、イエスが神であることを啓示されたのですが、それを信じなかったからです。
イエスはわたしたちと同じ人間になられたことは確か事実です。しかし、そのイエスが神の権威をもって、罪の赦しを宣言されたとき、神はそのイエスの言葉を通して働き、罪の赦しを与えられたのです。
イエスが中風の人に向かって、「あなたの罪は赦される」(マルコ2:5)と仰せになったその言い方は、非常に驚くべき言い方です。それはイエスが「あなたの罪は赦される」と言われると同時に、その言葉とともに、あなたの罪は赦されると言う意味であるからです。
このように罪の赦しを宣言した人は、いまだかってだれもいなかったのです。預言者たちも、祭司たちもそのような宣言はしませんでした。それはイエスだけなのです。
このイエスの活動を弟子たちはイエスと寝食を共にして自分の目で確かめましたので、自分たちはこれらのことの証人であると言っています。
 「わたしたちは、イエスがユダヤ人の住む地方、特にエルサレムでなさったすべてのことの証人です。」(10:39)

 第三に、39節~42節で、福音の不可欠の要素として、イエスの十字架の死と復活について語っています。
 「人々はこのイエスを木に掛けて殺してしまいましたが、神はこのイエスを、三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。しかし、それは民全体に対してではなく、前もって神に選ばれた証人、つまり、イエスが死者の中から復活した後、ご一緒に食事をしたわたしたちに対してです。そしてイエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。」(10:39~42)

 これは、イエスの十字架の死が、単なる人間の死でなく、イエスの復活が単なる幻想でなく、イエスの死も復活も両方とも神の事実であり、神ご自身の行為であることを語っています。
実に福音の内容は、神は御子である主イエス・キリストにおいて、人間の罪を裁き、その裁きを通して、神の御心に適う新しい人間を創造されたという神の救いの事実の宣言なのです。
 そのことを使徒たちは神の事実として体験し、確信しました。
さらにその際に、彼らが語るべき福音の内容を神から啓示されたのです。ここでは使徒たちが復活の主イエスご自身から語るべき福音を命じられた、と言っています。
確かにそうですが、そこには特別の事情があります。実はイエスの十字架の死は、単なる殉教の死ではなく、人類の罪を贖うと言う救い主の使命によるものです。生前のイエスはこのことを弟子たちにすでに教えておられたのです。
イエスの宣教活動は大きく区分すれば前期と後期とに分かれます。前期はガリラヤにおける活動がなされた時期であり、後期はエルサレムにおける活動の時期であります。その分岐点となった重要な時期が、弟子たちのスポークスマンとしてのペトロの信仰告白です。
「あなたはメシア、生ける神の子です。」(マタイ16:16)
この時点からイエスは御自分を「人の子」と呼び、人の子の果たすべき使命として、十字架の死による人類の罪の贖いを明瞭に弟子たちに語られました。
それと同時に、人の子が人類と全世界に対して、神の主権を行使する者として現れると教えられました。この事実をイエスは明瞭に認識し、自覚しておられましたが、弟子たちには謎であり、それは神秘としてとどまっていました。
弟子たちに「人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来る」(マタイ16:27)と仰せになりました。しかし、弟子たちにはそれがいつのことであるかは皆目見当がつかなかったのです。
また、イエスがユダヤ教の議会で審判と受けられましたとき、大祭司の「お前は神の子、メシアなのか」という尋問に答えて、「しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る。」(マタイ26:64)と仰せられました。
イエスのこの自覚と発言こそ、父なる神がイエスを死人の中から復活させられる時、イエスが天地の支配者の座に就き、「主」と呼ばれるようになることを告げ知らせられたのです。
大祭司を初めとしてユダヤ教の議会の議員たちがイエスの発言を理解できなかったことはもちろんですが、弟子たちもイエスから何度も教えられましたのに、理解できないでいたため、イエスの十字架の死に出会い、彼らは恐れ、逃げ去り、挫折したのです。
しかし、イエスが復活して弟子たちに現れ、弟子たちとともに食事をされました。それはただの食事ではなく、復活の主イエスとの交わりの時であったのです。
実に復活の主イエスとの交わりの中で、イエスは主として臨在し、主としての働きを弟子たちに示されたのです。
従いまして、イエス・キリストは以前から弟子たちに語り、教えられたとおりの人生を歩み、ご自身に与えられた使命を果たし、天地の支配者となり、「全人類の主」となられたのです。
このような事情を通して、弟子たちは「キリストの使徒」として立てられ、同時に語るべき「福音」を復活の主イエスから受けたのです。
実に、神の御子であるイエスは、ご自身が認識し、自覚しておられた通りの使命を果たし、主となられたのです。そのことを告げ知らせるのが、使徒的宣教の内容なのです。

 第四に、使徒たちは主イエスの救いによって、旧約の預言が成就したことを宣言し、聴衆に対して、神の救いを受けるため、主イエスを信じるように勧めています。
 「また預言者も皆、イエスについて、この方を信じる者はだれでもその名によって罪の赦しが与えられる、と証しています」(10:43)
このように、使徒的説教は聞く者たちが主イエスを自分の救い主として信じるようにという勧めをもって終わっています。

次に、ペトロの説教を聞いた者たちの上に聖霊が降りました。
 「ペトロがこれらのことをなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った。割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、聖霊の賜物が異邦人の上にも注がれるのを見て、大いに驚いた。異邦人が異言を話し、また神を賛美しているのを、聞いたからである。」(10:44~46)
 これはどういうことでしょうか。ペテロの語る福音を聞いた人たちが、その時その場で生ける真の神と出会ったということです。
天地の創造者であり、人間の歴史の支配者である無限の力を持った生ける神が、恵み深い神として人間と直面されたのです。そして福音において語られている救い主イエス・キリストの性質と全く同じ性質を持つ神としてご自分を現してくださったのです。そこにおいて、人間に向かって「子よ」と呼びかけ、「わたしの言葉を実行して、生きよ」と仰せになったのです。
同時に福音において語られている主イエス・キリストが彼らと共にいますことが、彼らの心に鮮明に刻み込まれたからです。
この喜びと感謝と畏敬の念が沸き起こって、彼らは神を賛美したのです。その賛美は、神に対する告白と祈りであります。自分たちと出会っておられる主イエスを神として信じることを告白し、自分たちが主の命令を実行して、主イエスの命に生きることができるようにしてください、という祈りです。
異言による神への賛美は、そのような真実な思いが込めていたので、聖霊によるものであったと言えるのです。しかし、異言は音節が不明瞭で、他の人からは理解できない奇妙な叫び声でありましたので、使徒たちは十の異言を語るよりも、一つの預言を語る方が、教会の益になると言っています。
 
聖霊は父・子・聖霊の三位一体の神ですから、聖霊ご自身は人間の目には見えません。しかし、聖霊の働きは人間に主イエスに対する信仰を与え、救いを与えてくださった神に限りなき賛美を献げさせます。
聖霊の働きは、第一に主イエスに対する信仰を与えること、第二に主イエスの命を信仰者の中に常に供給して、主イエスに従い、御言葉を実践する新しい人間の歩みを可能とすること、第三に救いが完成する終わりの日に信仰者を復活させる神の力です。
言い換えれば、クリスチャンの中に働く、信仰、愛、希望は聖霊の働きなのです。



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