2011-12-04(Sun)

神の時の知らせ 2011年12月4日の礼拝メッセージ

神の時の知らせ
中山弘隆牧師

 見よ、その日が来る。炉のように燃える日が。高慢な者、悪を行う者は、すべてわらのようになる。到来するその日は、と万軍の主は言われる。彼らを燃え上がらせ、根も枝も残さない。しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには、義の太陽が昇る。その翼にはいやす力がある。あなたたちは牛舎の子牛のように、躍り出て跳び回る。わたしが備えているその日に、あなたたちは神に逆らう者を踏みつける。彼らは足の下で灰になる、と万軍の主は言われる。わが僕モーセの教えを思い起こせ。わたしは彼に、全イスラエルのため、ホレブで掟と定めを命じておいた。見よ、わたしは、大いなる恐るべき主の日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす。彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。わたしが来て、破滅をもって、この地を撃つことがないように。
マラキ書3章19~24節


 すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」
ルカによる福音書1章11~17節



(1)時の流れの中で
 今年もわたしたちはアドベントの第二週を迎えるに当たりまして、時間の経過と時の到来と言うことを実感します。
 聖書では、「時」を表す言葉が二通りあります。すなわち、「クロノス」と「カイロス」です。
「クロノス」は時間の経過や時間の長さを表しています。それは物理的な時間で、一定の速さで経過する時間です。
 それに対して、「カイロス」は時間の長さよりも、むしろ歴史の中で新しい事態が起こる機会を表しています。すなわち、一つの出来事が起こる時です。それは歴史の転換点であってその時歴史が動くのです。
今日の世界の歴史の中でも、そのようなカイロスが幾つかありました。

世界第二次戦争と戦後の新しい出発がそのカイロスでありました。日本は民主主義国家として、新しい国家の理念を新憲法に定めて、国際社会の一員としての責任を果たすために、努力してきました。その結果、平和を享受し、経済的発展を遂げました。
 しかし、これによってすべての面が解決できたのではありません。世界は常に戦争の危険をはらんでおり、アメリカ陣営とソビエット陣営の冷戦時代が長く続き、核戦争の脅威のもとで、相互の核抑止力によって、かろうじて戦争が回避されたのでした。

 クロノスとしての時の経過につれて、官僚主義の弊害で、共産主義国家の経済が行き詰まり、ソビエット連邦は解体しました。その結果、アメリカが世界の指導者となり、世界の政治経済を動かしてきました。世界のどこかで戦争が起る度に、アメリカは警察国家としてその問題に介入し、戦後65年の長期にわたって絶えず戦争と関わってきました。そのため軍事費の増大がアメリカ経済を悪化させています。
 このように戦後の歴史は、平和主義と民主主義と自由経済の三つの理念を旗印として、グローバル経済に突き進んできました。たしかに経済規模は飛躍的に発展しましたが、その反面それぞれの国で貧富の格差が拡大し、大きな社会問題となっています。

ことに、アメリカの金融界が発端となったリーマンショックが世界の経済を悪化させ、その影響がヨーロッパに及び、この解決ができなければ、世界は再び大不況に陥るという脅威にさらされています。
 しかしこの直接の原因は、世界に不良債権をばらまいて、自分たちだけが莫大な儲けをしたエリートたちの貪欲にあります。今やこの拝金主義が世界経済に広く浸透し、経済倫理の喪失が世界に混乱に引き起こしています。

 以上のように、諸国家や世界の秩序は幾つかのカイロスを経て、今日に至っています。
 そこにおいて、歴史の舞台の主役は人間であるかのように見えますが、カイロスを定め、歴史をご自分の目的実現のために導いておられる方は人間の目に見えない神です。
 神は人間を創造し、カイロスを定めて人間の国家や共同体を造られましたが、その目的は人間が正義と公平を実行し、隣人や隣国と共存することであります。

(2)旧約聖書の待望の歴史
 神はご自分が創造された人類を愛し、人類にご自身を知らせ、人間が神の御前でへりくだり、神と共に歩ませることを欲せられました。 
この目的を実現するために、神は人類の歴史の中で働いておられるのです。そこで、神は先ず人類の中からイスラエルを選ばれました。その選びの目的は神の民イスラエルを通して、世界の万民に神の救いを与え、神と共に歩むようにすることです。
 このことは、預言者ミカが明らかにしています。ミカ書6章で次にように神は語られています。
 「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかはお前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。」(ミカ6:8)


 このように、神は古典的な預言者と呼ばれる人たちを興し、イスラエルの歴史の転機、すなわちカイロスの時代に預言者たちを通して神の言葉を語って来られました。
このカイロスの時は西暦前760年にアモスが語って以来、西暦前590年までの期間に、ホセア、イザヤ、ミカ、エレミヤ、エゼキエルの活動を通して、何回か到来しました。

さらにイスラエルの国家が消滅した紀元前587年の前後では、第二イザヤと通常呼ばれている無名の預言者が、十数年の間、神によるイスラエルの罪の贖いを語りました。同時に、イスラエルを滅ぼしたバビロン帝国の捕囚からの解放とエルサレムへの帰還の預言が語られました。このカイロスは旧約聖書において、特別に重要な時でした。
第二イザヤの預言は、神ご自身によるイスラエルの罪の贖いによる、イスラエルに対する神の直接的支配とイスラエルの救いを内容としています。
「見よ。主なる神。彼は力を帯びて来られ、御腕をもって統治される。」(イザヤ書40:10)
この預言は、カイロス中のカイロスを告げています。なぜならば、神ご自身が人間の歴史の中に入って来られることを語っているからです。そのような神の統治は人類の歴史が始まって以来一度もなかったことです。それこそ、人類の歴史を根本的に新しくするカイロスなのです。
 他方、その預言と同じ時期に、バビロン帝国に代わってペルシャ帝国が勃興し、歴史はアラブ世界より広い世界の秩序に移行しました。そのときイスラエル民族は国家としてではなく、宗教共同体としてエルサレムに帰還することが認められたのです。
しかしエルサレムへの帰還の歴史は、神の時ではなく、人間の歴史の中での一つのカイロスに過ぎませんでした。
従いまして、エルサレムでの民の生活は困難を極めるものであり、民族と国家の繁栄を期待していた人たちは失望したのです。そういう精神的衰退の時期がその後、キリスト到来の時まで続くのです。それは非常に長いクロノスの時でありました。

このような精神的沈滞が始まってから約100年たった頃、マラキの預言がなされました。それは紀元前450年頃であったと推定されていますが、そしてマラキの預言が旧約聖書の最後の預言となったのです。
この時期に、ユダヤ人であったネヘミヤはペルシャ帝国の王に側近として仕えていましたが、王から総督に任命されて、エルサレムに帰還し、エルサレム再建の指揮を執りました。
同時に、律法学者エズラもバビロンの捕囚の地で集大成した律法の書を携えてエルサレムに帰ってきて、ユダヤ教の基礎を築いたのです。それ以来神の民イスラエルはユダヤ教徒として、旧約聖書の信仰を受け継ぎました。

このような仕方で、旧約聖書の時代の民は、神がその救いを実現される「主の日」を待望することによって、信仰を維持してきました。その期間が実に500年も続いたクロノスの時代となりました。
考えますと、これは大変なことです。わたしたちが何かを待望するのであるならば、一年あるいは数年までは待つことができるでしょうが、50年や100年も待望することはできません。
しかし、個人ではなく、民族共同体の問題が解決されるには、「時が満ちる」まで、クロノスの長い時間を過ごさなければならないのです。

(3)預言者ヨハネの誕生
最後に、今や旧約聖書の預言が実現する「神の時」「カイロス」が到来しました。
ルカによる福音書の1:20にこのように記されています。
 「あなたは口が利けなくなり、このことの起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」
 この「時」とは「カイロス」です。今や、「待望の民」イスラエルに対して、「カイロス」の「しるし」が与えられました。それは預言者であり、通常洗礼者ヨハネと呼ばれている者の誕生です。
神は御自身の目的を実現するため、先ず神に用いられる人を起されます。従いまして、神に選ばれ、神の御用を果たした人の場合を考えてみますと、その人が生まれたということは、神の目的実現の著しい「しるし」なのです。いわばそれは「カイロスの夜明け」なのです。こういう意味で、主イエスの宣教活動の道備えとして「悔い改めの洗礼運動」を興した洗礼者ヨハネの誕生は特別の意義を持っています。

祭司ザカリヤと妻エリザベトは、「救い主」の到来を待望しているイスラエルの典型的な信仰者でありました。その祭司ザカリヤがエルサレム神殿の聖所に入って祭司の務めを執行中でした。一方、会衆は聖所の外に立って、祭司が聖所から現れて、会衆に祝福の言葉を与えるのを待っていました。
祭司が聖所の中で務めをすることはめったにない貴重な機会であり、最高に名誉なことでありました。それは、祭司は二十四組に分かれていて、半年ごとに一つの組が一週間分の礼拝を担当しました。その際各組に多くの祭司が属していましたので、くじを引いて当たった者だけが、聖所に入って祭司としての務めができたのです。
このことを考えますと、ザカリヤはこの時が彼の生涯において最良の時でありました。彼はただ一人で聖所に入り、神の御前の荘厳な空間で、祭壇の上の燃える炭火を取り、香を焚きました。それからイスラエルの民のために祈りました。このことが祭司の重要な務めであったのです。
そのとき、天使ガブリエルが現れました。ザカリヤは天使の幻を見て、非常に恐れました。愕然としました。突然、恐怖の念が彼を包んだのです。その時、天使は言いました。
「恐れることはない。ザカリヤ、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリザベトは男の子を生む。その子をヨハネと名づけなさい。」(1:12)
 明らかに天使はザカリヤの祈りが聞き入れられたと言っていますが、それはゼカリヤに子供がなかったので、後継ぎが与えられるように祈ったのでしょうか。前後の様子を見ますと、そうではなく、祭司としてイスラエルの民の救いを祈ったと思われます。
その祈りは彼の生涯を貫いてなされてきた祈りです。否、最後の預言者マラキ以来、450年続けられてきた祈りです。その祈りが遂に聞き上げられたのです。
 天使が告げたヨハネと言う名前の意味は、「神は恵み深い」と言う意味です。この名前は恵み深い神が今や民に対する約束を果たし、救いの御業を実現されることを、証しています。

 神が人類の歴史の中に決定的に介入され、審判を下されるのは、実に神の恵みの行為であり、それによって神の救いが実現するのです。
 人類の審判者である神が人間となられた方、すなわち神の御子イエスが自ら人類の罪のために裁かれたことによって、神の審判の目的が果たされたのです。

そして神の御子イエスが神の裁きに最後まで服従されたことによって、人類に代わって信仰を実証されました。そのことにより、神は主イエスを通して、正しい人間を創造されました。これこそ人類の新時代が開始したのです。
 今や、神の御子イエスによって、人間は神の御前に平和を与えられ、神ご自身が人間と出会い、御言葉を語り、人間が感謝と喜びをもって、御言葉を実行することが可能となりました。

 マラキ書では、神の時を「主の日」と呼んでいます。旧約聖書では「主の日」は罪人に対する神の最後の審判を表していました。それは神の御子が人類の罪を背負って裁かれるという意味でありました。
しかし、旧約聖書の信仰を継承したユダヤ教徒は審判の深い真理が理解できませんでした。
マラキ書3:24では「主の日」が最後の審判の日なので、イスラエルは神の審判から逃れることができるように、預言者エリヤが再来して、悔い改めの運動を起こすと言う意味に解釈しています。ここに、人智を越えた神の恵みに対する人間の無理解が現れています。これは人間の信仰の歴史としての制約です。
しかし、神の恵みはそのような制約を越えて、主の日をもたらし、その日に神の救いが実現したのです。



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