2011-11-13(Sun)

神の創造の目的 2011年11月13日の礼拝メッセージ

神の創造の目的
中山弘隆牧師

 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。
創世記1章27節~2章3節


 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
ヨハネによる福音書1章1~5節



(1)社会の精神的荒廃
 今年は未曾有の地震と大津波による被害を受け、多くの人命が失われ、生活の基盤が取り去られました。それに加えて、福島にある原子力発電所の原子炉が炉心溶融による多量の放射性物質が拡散しました。この災害から立ち直るには、多くの努力と歳月が必要です。このため郷里を離れざるを得なくなり、他府県に一時的に移住している人びとや、災害地の仮設住宅でこの冬を過ごされる人々の苦労を考えますと、真に心の痛む思いです。
 また、世界的経済の悪化による失業等で、生活を追い詰められている多くの人々がいます。その他様々な理由で、自殺する人が多く、交通機関の人身事故が頻繁に起きています。
 また、拝金主義と言いますか、利益追求を第一とする会社の運営が、巨額の損失を隠して粉飾決算をし、会社の株価が激減し、株主は損害賠償を要求しているという事件、また大会社の若い社長が自分の遊ぶための資金として、子会社から100億円を超える借金をし、返済できなくなって、社長を辞任したという事件があります。大企業も順法精神を軽視するならば、このような破綻に陥ります。
 今の社会は、人間性の喪失と不正・不義の蔓延という重い病気に罹っているのではないかと感じます。

(2)神の創造と肯定
 それでは聖書は世界とその営みについて、何と教えているでありましょうか。この世界は何の目的もなく、偶然に出現したものであると言うのではなく、世界を越えた神の存在と神による創造を語っています。ご自身の意志とその威力によって、万物を創造し、それを支え、世界におけるご自身の目的を実現するために働いておられる生ける神を語っています。
 しかし、人間は初めから神が創造者であるという信仰を持っていたのではなく、一番初めに人間に与えられた信仰は神が救済者であるという信仰でした。 
旧約聖書の歴史をみますと、神がイスラエルを選び、ご自身の民とされた神の救いを体験し、そのことを通して神を知ったことが信仰の始まりです。神を知ることを通して、そこから神がこの世界と人間の創造者であるという信仰が生まれたのです。聖書の信仰は神の救いによる啓示から出発しています。わたしたちは聖書を読む場合に、この点を常に心に留めていることが肝要です。

 それゆえ救いの出来事の根底には、神の啓示があります。神は先ずご自身をモーセに現されました。
その啓示の中でモーセは「あなたの名」は何というのですかと神に尋ねました。そのとき神は「わたしはある。あるという者だ」と仰せられたのです。このことは出エジプト記3章に書いてあります。
 「神はモーセに、『わたしはある。わたしはあるという者だ。』と言われ、また、イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」(出エジプト3:14)
 聖書で「名」とはその名によって呼ばれる者の本質を表しています。モーセに示された「ヤーウェ」と言う神聖なる名は、「わたしはある」という意味で、実に神の人格的な意志とその力が神の存在と本質であることを示しています。神は人間と世界とは全く異なる「他者」であり、人間に向かって、自らを「わたし」と呼び、人間を「あなたたち」と呼ばれる人格的存在なのです。
 この神がイスラエルを選び、救いを与えられる過程の中で、イスラエルをご自身との人格的関係に入れられました。それは神がイスラエルを通して、人類と世界に対するご自身の目的を実現しようと欲せられたからです。
他方、イスラエルは神の救いと啓示を受けて神を信じ、イスラエルに対する神の意志が自分たちの生きる意味を表していることを認識したのです。従いまして、神が世界と人間の創造者であるという信仰はイスラエルの民が神の救済の歴史を歩む過程で生まれました。

創世記に記されている創造物語は、神の創造に関するイスラエルの信仰の記述ですが、もちろん、物語の資料は古代の諸民族の神話から採用しています。この創世記の記者は偉大な無名の預言者であると言われていますが、諸民族の神話で伝えられている神々の働きは、イスラエルを選ばれた真の唯一の神の働きを現しているのだ、という信仰的洞察をもってそれらの資料を採用しました。

次に、神の創造の業は六つの段階に分けて描写されています。
第一日は、神が光を創造されました。
 「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。」(創世記1:2)
第二日は、大空を造り、闇の空間を満たしていた水を大空の上と下に分けられ、地球は大空の下にある水の上に浮かんでいた円盤であったと言っています。
第三日は、地球が海と陸地に分かれて現在の地球の姿が現れました。
第四日から第五日にかけて、地球に生存するすべての動植物が創造されました。神はそれらを見て「良い」とされました。
特に注目される点は、神が創造の各段階において、「良い」という言葉を繰り返しておられることです。ここに、神によって創造された世界は、すべてのものがその意味を神から与えられており、神はそれを「良いもの」と見られたことを強調しています。
 従って、この世界は神の意志と祝福によって造られているので、そこに真理と秩序が保たれているのです。多様な変化をしているこの世界を統一し、調和させるものが、神の人格的な意志なのです。
世界は様々な面で発展し、変化していく中で、変わらない真理と根本的性格が世界の根底に保たれ、世界を支えているのです。
あるいは、この世界の動乱や災害がどれほど大きくなりましても、それは世界の背後に存在し、世界を支えている神の真理と秩序を覆すことはできないのです。ここに、世界に対する根本的に明るい希望があります。
これが聖書の世界観です。実に肯定的な積極的な見方です。それゆえ、聖書は人間の果たす役割も肯定的に、前向きに語っています。

(3)神にかたどって創造された人間
 次に、創世記は第六日に、人間の創造について語っています。
 「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うすべてのものを支配させよう。』」(創世記1:26)
ここで、神は御自身を「われわれ」と呼んでおられますが、これは他の神々が存在するという「多神教」を意味しているのではありません。そうではなく、神は唯一でありますが、神の言葉に荘厳さを持たすために、複数形が使われていると解釈されています。あるいは、これは唯一の神ご自身の中で、われわれという交わりを可能とする「父、子、聖霊」の交わりがあることを示唆しているのかもしれません。

それでは、他の被造物の頂点に位置している人間の特質は、何処にあるのでしょうか。それは人間が「神に似る形」を与えられた、と言うことであります。
これこそ、人間が人格をもち、自らの意志を持ち、考え、判断し、行動することであり、また他の人間と交わり、自己の責任を持つことであります。また人間は自己を越えることができる主体として造られていると言うことです。
別の言い方をすれば、人間は被造物であるにも拘らず、神と交わることができる者なのです。しかし、これは決して人間が神になることではなく、神の意志に従い、神の性質を映し出す人間となることです。
そのような人間として、社会を形成し、自然を管理する使命が人間に与えられているというのです。
それゆえ、人間の世界管理の遂行は自己の思いではなく、自分を越えて、神の意志に聞き従うことによってのみ可能となります。真実で創造的な力を伴っている神の意志に聞き、それを認識し、それに従う謙遜な思いと態度が必要なのです。
そうするとき、人は神の肯定のもとにある世界に対して積極的な見方をし、それによって人間の英知を働かせ、努力を積み重ねていくことができるのです。
それゆえ人間はこの世界を自己の利益を追求する手段として利用するのではなく、神が世界を創造し、ご自身の目的を実現するために、人間を用いようとされていることを感謝しつつ、神に仕えることが必要です。

しかし人間は自然の豊富な資源を用いて、生産性を高め、経済成長を果たし、生活レベルを向上させてきましたが、今は大きな曲がり角に遭遇しています。
動力源としての電力を、これまで火力発電に依存してきましたが、気候の温暖化や石油の高騰で、原子力発電の割合を高めていく政策を日本は推進してきました。しかし、このたびの原発の大事故で、放射性物質の汚染が、住居と農地、山林、海洋に及び、その損害は計り知れない有様です。こういう事故は二度と起こってはならないのですが、原発が存続する限り二度あったことは三度ある可能性があります。
そもそも、専門家の話では、原子炉一基が1日に排出する放射性物質は広島に投下され、全市を一瞬にして壊滅させた原爆4発分に相当すると言われています。原発がこれまで供給した電力は6兆キロワット時に達したのですが、その反面で原発が排出した放射性物質は原爆120万発分になると言われています。それは使用済核燃料として原子力発電所に保管されていますが、それを他の場所に移す目当てがないのが現状です。
このような危険な原発に依存しない他の発電手段を早急に整えることが、日本社会に課せられた神様からの使命です。
これには大いに技術の進歩が必要ですが、ただそれだけでなく、国民全体でそれと取り組む政治や経済や社会の問題です。
神の意志に従い、先見の明をもって、様々な知恵を働かせて本気で取り組むならば、必ず達成できるのです。それに必要な人間の英知と実行力を、この自然を創造し、自然の真理と秩序を支えておられる神は与えてくださるのです。

神の目的は人間が正義と公平を実行し、社会の構成人全員が共存することです。すなわち、個人的また社会的な両面で道徳的、倫理的に行動することです。
神のこの目的に従って、人間社会の構成員が努力するならば、その社会を神は繁栄させられます。他方、人間が拝金主義になり、自己や自分たちのグループの利益を最優先させるとき、貧富の格差が拡大し、需要が減少し、大不況に陥り、会社は倒産し、失業者は溢れ、社会は破局を迎えるのです。これが神の審判です。
従いまして、神にかたどって造られているわたしたち人間は、人間の歴史の支配者である神の目的に従って、先見の明を持つことが重要です。

(4)教会と国家の主権者であるキリスト
神によって創造されて人間は、アダムの罪と、アダムの子孫である人類の貪欲と高慢のために、神にかたどって造られた形を破損し、喪失していました。しかし今や、神の御子が人間となって歴史の中に到来された主イエス・キリストの中に、神にかたどって造られた人間が完全に実現しました。そして、主イエスの十字架の死と復活により、神は主イエスを教会と国家の主権者に任命されたのです。
今や、主イエスの主権は人類の罪の贖いを通して、人間が自ら進んで神の意志を実行する「新しい人間」とするために働いているのです。主イエスの働きは、「教会と国家」の二つの領域に及んでいます。

教会は信仰によって主イエスと人格的につながる者たちの信仰共同体です。クリスチャンはその中で、隣人と共に生きることによって、神の性質に似る者として成長するのです。
他方、国家は主イエスにおいて、自分たちが新しい人間として神の性質に似る者となるように、すでに決定されていることをまだ知らない人たちの共同体です。  
しかし、すでに人間はだれであっても主イエスにおいて新しい人間とされているのです。それゆえ、国家も主イエスの贖いにより、支えられ、導かれています。
国家が神に意志に反して、行き詰り、崩壊の危機に瀕しても、そこから主イエスは立ち上がらせ、再起させ、神の目的に従って行動する新しい道を切り開かれるのです。
人類の歴史は1万年ぐらいですが、まだ始まったばかりかもしれません。これからも自然の環境は変わり、人間の技術や生産も向上し、社会制度も変わっていくでしょう。その中で、神の目的が実現する方向に人間社会の形態は何回も脱皮を繰り返していくのです。
その理由は神がご自分で創造された世界を見て、「良い」とされた神の目的と祝福が人類の歴史全体を覆っているからです。



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