2010-05-09(Sun)

ぶどう園の労働者 2010年5月9日礼拝メッセージ

ぶどう園の労働者
中山弘隆牧師

 主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。 申命記7章7節
 
 天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者たちを雇うために、夜明けに出かけていった。主人は一日につき、一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。また、九時ごろに行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、「あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう。」と言った。そこでその人たちは出かけていった。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出かけて行き、同じようにした。五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、「なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか」と尋ねると、彼らは、「だれも雇ってくれないのです」と言った。主人は彼らに、「あなたたちもぶどう園に行きなさい」と言った。夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、「労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい。」と言った。そこで五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。……
 わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないのか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。」 マタイによる福音書20章1~15節


(1)福音の弁明
 本日の箇所は、イエスのなされた神の国についての譬え話の一つでありますが、主イエスは多くの譬え話を通して、当時のユダヤの人たちに福音を弁明されました。
 ここでも「天の国は次のようにたとえられる。…」と言って、「神の国の福音」を説明しておられます。マタイによる福音書では、「天の国」という表現が用いられていますが、これは「神の国」と同じ意味です。そこで聖書で言う神の国とは、救われた人間が神の御前で生きる場所です。同時に、人間に対する神の恵み深い主権が確立している國です。これらの譬え話しを通して、イエスの心の中に脈打っている神様の熱い思いが、今日のわたしたちの心に直接伝わって来ます。
イエスはイスラエルの失われた人々を訪ねだして、神の国の福音を語ることに活動の重点を置かれました。先ず、当時のイスラエル社会を調べますと、エルサレムなどの都市と、地方とでは、貧富の格差が激しかったと言われています。田舎の人たちは朝早くから日没まで働いても、受け取る賃金はやっとその日の暮らしができる程度でした。従いまして、田舎の人たちは信仰をもっていましたが、生活に追われて聖書を読む時間がなかったのです。その結果、神の戒めについて全く無頓着な生活を送っていました。
 ファリサイ人は、そのような人たちを「土地の民」と呼んでいましたが、それは「田舎者」という意味で、神の律法についての知識を持っていない人たちを軽蔑する言葉です。また、ヨハネによる福音書の7:49節で、祭司長たちやファリサイ人は「律法を知らないこの群衆は、呪われている」と言っています。このように、田舎の人たちは、神から呪われた者たちで、神の国とは全く無縁の者たちである、と見られていました。
 それに対して、主イエスは神から自分に与えられた使命は、罪人に対する神の愛のイニシャチブ、言いかえますと、人間を裁き且つ救うという神の主権をご自身の行動をもって示すことにある、と確信しておられました。この不動の確信に基づいて、主イエスは神様がすべての人間を愛し、その罪を赦し、ご自身との交わりに招き入れようと決意しておられる神の決断を、主イエス自身の言動を通して現されたのです。

(2)葡萄園の労働者
 「天国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけていった。…」(マタイ20:1)
 この譬え話では、葡萄園の所有者とは神さまのことです。労働者とは信仰者のことです。また、葡萄園とはイスラエルのことです。ところで、この譬え話を理解するためには、当時の状況を知る必要があります。先ず労働時間につきまして、東の空に太陽が昇り始める日の出から、夕暮れになって空に星が見ようになる時刻までが、一日の労働時間でした。その労働に対する報酬が、一デナリオンであったのです。このデナリオンとはローマ帝国で通用していた銀貨です。人々は汗を流して一日の労働を終えたとき、やっと一デナリオンを手にすることができたのです。
ぶどう園の主人は、朝早く労働者が待っている市場の広場に出かけていき、労働者との合意の上で、通常の仕事を与えました。しかし、それだけではなく、何度も市場に出かけて行きました。9時、12時、午後3時それから午後5時の4回行きました。そのようにしてまだ仕事がなくて遊んでいる人々を見つけて、自分の葡萄園に送って働かせたのです。
 夕暮れになって、その日の賃金を支払うとき、この主人は夕方5時から6時までしか働かなかった者から初めて全員に賃金を支払いました。最初にたった一時間働いた者にも一デナリオンを与えました。それはもしも一時間分の賃金しかもらえなければ、一家の主人の帰りを待っている家族は食べられないからです。情け深い雇い主は、労働者の家族を支えるために、一日分の賃金を与えたのです。
 これを朝6時から働いていた労働者たちが見て、きっと自分たちはもっと多くの賃金がもらえるに違いないと、期待しました。ところが、期待に反して、手渡された賃金は同じく一デナリオンでした。このことが分かったとき、彼らは非常に憤慨し、主人のやり方は不正である、と激しい不満を現しました。自分たちは汗を流して一日中一生懸命に働き、しかも、砂漠から吹いてくるシロコと呼ばれる熱風に耐えて、疲労困憊し、気分が悪くなったのに、たった一時間しか働かなかったあの怠け者たちと、どうして同じ扱いを受けなければならないのか、と抗議したのです。

(3)神の処遇
 これに対して、葡萄園の主人は次のように返答しています。
 「友よ、あなたには不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分の物を自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前よさをねたむのか。」(マタイ20:13-15)
 主人の言い分は、一日一デナリオンの協定で働いたのであるから、一日働いて一デナリオンの支払を受けることは極めて正当である、と言うのです。「友よ、わたしはあなたに不正をしていない」と主人は言いました。しかし、「わたしはこの最後の者にも、あなたと同様に与えたいのだ。」と主人は言うのです。これは労働に対する報酬ではなく、情け深い主人の愛による賜物なのです。
 このぶどう園の譬え話は、一般社会のことを言っているのではなく、神の国のことを表しています。それにしても、人は神様の処置は余りにも不公平だ。神様のために一生懸命働いた人がそれに相当するだけの報酬を受けるのは、当然ではないか、と反論したい気がします。しかし、そこが問題なのです。イエス様の作られた譬え話は、ワンポイント・メッセージであると言われています。物語は脚色されて、尾ひれがついていますが、そのような細かいことは重要ではないのです。重要な点は、ただ一点です。
 すなわち、田舎者と言ってパリサイ派から軽蔑されていた人たちは、信仰生活の落伍者であり、敬虔な生活の面では、何の功績も持たない者です。しかし神の國は、神の主権によって立てられる國であり、神の國に入るのは、人間の功績ではなく、全く純粋に神の恵みによるのです。罪深い、邪悪な人間、神様から愛される価値の全くない人間が、ただ神様の自由なる愛の行為によって、その罪を赦され、神の國に入れられ、神様の御前で永遠に生きるのです。これが神の国なのです。
わたしたち人間にとって、最も重要で必要なことは神の國に入るでありますが、それは自分の功績によってではなく、全く主イエス・キリストの恵み、無代価の恵みによるのです。イエスの譬え話は、この中心点を際だたせるために作られているのです。
しかし、神の恵みは決して安価な恵みではありません。聖なる清い神は無限に正しい方でありますから、罪の赦しをもって日々人間と出会い、神の前に人間を生かすために、神ご自身が大きな犠牲を払ってくださったのです。神の御子である主イエスの尊い命が、わたしたちのために献げられたのです。このような神の深い愛、神ご自身の自由なる恵みを、この譬え話は強調しています。
 従いまして、人間と神様との関係は、労働者と雇い主との協定事項ではありません。これは神様の自由意志から発する関係であり、神の主権に属する事柄で、神の溢れ出る愛の働きなのです。
 以上のように、神様に愛されるに全く値しない利己的な人間、そして神様の赦しを受ける資格の無い罪深い人間、神様の御心に従うことの出来ない不信仰な人間を、神様はなお愛し、赦し、与え、命じて、神様の前に生きるようにされるのです。実に、福音のメッセージがこの譬え話の内容であります。
 他方、この譬え話は、自らを信仰深い敬虔な者であると主張し、神から命じられた律法を忠実に守っていることを誇り、自分の功績によって救われると確信しているファリサイ派の人々や律法学者たちの無知と傲慢と偽善を暴露しています。
 彼らは、早くから神に仕えて来た者たちとして、神の国に一番先に入るのは自分たちであると確信していても、神様の目から見れば、神の愛、神の道徳的な正しさ、神の主権と恵みを少しも理解していない罪人であることを、この譬え話は示しています。
従って、彼らが神の国に入るためには、神が主イエスを通して、教え、提供しておられる神の國を信じ、受け入れなければならないことをこの譬え話は、もう一つのポイントとして語っています。

(4)神に仕える信仰者の生き方
最後に、それでは神の國に入った信仰者は、どのように生きるべきなのでしょうか。主イエスは神の國で、信仰者の働きは重要でないと言われるのでしょうか。否、決してそうではありません。わたしたちはこの譬え話の中で、主イエスが葡萄園の労働者の努力に関して、肯定的に語っておられることを見落としてはなりません。
 この譬え話の中で、イエスは一デナリオンという賃金を、葡萄園で12時間にせよ、6時間にせよ、3時間にせよ、あるいは1時間にせよ、すべて働いた者に与えると仰っています。
 ぶどう園の主人が労働者に与える一デナリオンの賃金とは、労働に対する報酬を意味しているのではなく、主イエスを救い主として信じる者が、神の御前で永遠に生きる命を意味しています。神の国で神に従い神の御心を行うこと自体が、永遠の命であることを意味しています。
わたしたちが天国においても、地上の信仰生活においても、神様との交わりの中で生かされるという霊的な祝福は、わたしたちの努力に対する報酬として、与えられるものではありません。そうではなくて、わたしたちの努力を通して体験できる祝福なのです。なぜならば、神は全く無代価な恵みにより、主イエスの贖いによる罪の赦しをもって、日々わたしたちに出会い、神の命令を与え、神の御心を実践するように命じられるとき、それと同時に、神の命令、神の御心を実行することのできる力を聖霊によってわたしたちに与えてくださるからです。それゆえ、神の命令を実行することによって、神の愛がわたしたちの中に働くのです。神の御心を行うとき、わたしたちの中に聖霊が働くのです。
従いまして、神様はわたしたちが神の国で何の努力もしないで怠惰な毎日を過ごしていることを望まれず、懸命に働き、祈り、努力することを欲しておられるのです。実はそのことが主イエスと人格的に繋がって生きることに他なりません。それは神様がわたしたちに与えてくださる唯一の幸いです。
 
葡萄園とは神が歴史を通して係わってこられたイスラエルであり、今や霊的なイスラエルであるキリスト教会を指しています。わたしたちは教会に来て、礼拝を守り、聖書を読んで、その中で神を求める生き方をしています。それは神様が主イエスを通して、わたしたちを顧み、わたしたちの問題と関わり、わたしたちの救いのために働いておられるからです。
その神様の働きに対して、わたしたちは信仰をもって応答し、神様に従うことが必要です。実はそのことが一番幸いな人生です。そこでは神の恵みとわたしたちの使命とは、主イエスにあっては同じ事柄です。わたしたちの信仰の働き、愛の労苦、そして聖霊による喜び、それら自体が神の祝福なのです。使徒パウロはテサロニケ教会の人々のために祈り、このことを神様に感謝しています。
 「あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは父である神の御前で心に留めているのです。」(テサロニケ一、1:3)




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