2017-07-30(Sun)

人を生かす平安 2017年7月30日の礼拝メッセージ

人を生かす平安
中山弘隆牧師

 ハンナが主の御前であまりにも長く祈っているので、エリは彼女の口もとを注意して見た。ハンナは心のうちで祈っていて、唇は動いていたが声は聞こえなかった。エリは彼女が酒に酔っているのだと思い、彼女に言った。「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」ハンナは答えた。「いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。はしためを堕落した女だと誤解なさらないでください。今まで祈っていたのは、訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです。」そこでエリは、「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と答えた。ハンナは、「はしためが御厚意を得ますように」と言ってそこを離れた。それから食事をしたが、彼女の表情はもはや前のようではなかった。
サムエル記上1章12~18節
 

 「わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」弟子たちは言った。「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
ヨハネ福音書16章25~33節


(1)祈りによる神との出会い
 本日の聖書の箇所は、旧約聖書時代に預言者として、神に召された有名なサムエルの誕生に関する物語であります。
 当時の社会制度として、一夫多妻制が一般的であり、サムエルの父エルカナには二人の妻がいました。一夫多妻制には、夫が二人の妻を公平に愛することは、人間的に難しいことです。夫が一方の妻を他方の妻よりも気に入ると、どうしても嫉妬による争いが二人の妻の間に起こります。外から見れば平穏無事に暮らしている家庭でも、家庭内の人間関係が原因で、様々な悩みがあります。
 この場合に、一方の妻ペニナは息子たちや娘たちに恵まれており、他方ハンナは子供が生まれないと言うハンディキャップがあるので、ハンナに対する露骨な悪意ある態度を取りました。そのようにハンナは苛められていたのです。
 それでもエルカナの家族は神を信じる敬虔な家族であったので、シロの神殿に毎年参詣しました。神殿に行って神に対する感謝と祈願の供え物を祭司によって祭壇に献げた後、神の御前で家族揃って食事をすることが神の恵みを体験する最高の喜びでした。そして最後に祭司の祝福の言葉を受けて家路についたのです。この礼拝がイスラエルの民の信仰生活の中心となっていました。
 それにしても、ハンナの悩みは大きく、神の御前で一緒にする家族の食事のときは泣いて何も食べませんでした。食事のときが終わるとすぐにハンナは祭壇の前に行って、泣きながら祈ったのです。この事は1:10~11節に書いてあります。
 「ハンナは悩み嘆いて主に祈り、激しく泣いた。そして、誓いを立てて言った。『万軍の主よ、はしための苦しみをご覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決して剃刀を当てません。』」
 ここで生まれる子の頭の毛を決して剃らないと言うのは、ナジル人として神に奉げるという意味ですが、その制度が民数記6章1~20節で細かく律法によって定められていました。ナジル人とは特別の誓願をして神に献げられた人のことであり、誓願の期間中は酒を少しも飲まず、頭の毛は剃らないことが命じられています。サムエルの場合は生まれる以前に母親によって献げられましたので、生涯に渡ってナザレ人とされました。
 ハンナはこのように自分の悩みのすべてを神に打ち明け、神の助けを祈ったのです。声を出さないで長い間、唇だけを動かして祈っていました。そばにいてハンナの様子に注目していた祭司エリは彼女が酒に酔っていると勘違いし、「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」と勧告したほどハンナは祈りに熱中したのです。
 そこで、彼女は「祭司様、わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んでおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎだしておりました。」(1:15)と答えました。この言葉を聞いて、祭司エリはハンナが本当に信仰をもって神に祈り、祈りを通して神との交わりが与えられていたのだと、悟りました。それゆえ「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」(1:17)と彼女を祝福したのです。
 「それからハンナは食事をしたが、彼女の表情はもはや前のようではなかった。」と聖書は伝えています(1:18)。
 このように彼女は神様に祈り求めることによって、生ける神ご自身と出会ったのです。そして神様はわたしの祈りを聞いていてくださると感じ、その場で神の御心は自分の思いを遥かに超えた聖なる意志であることを知り、神の御心が自分の中に実現することは、自分が生きる本当の意味であり、一番幸いなことであると悟りました。
 そして、わたしに男の子を授けてくださるならば、その子をナジル人として神様に献げようと決心し、そのことを神様に申し上げたのです。するとどうでしょうか。途端に彼女の心は平安と慰めに満たされたのです。
 再び元の生活へ戻って行きましたが、最早以前の暗い気持ちは消え去り、神様の御心が実現することを信じながら、神に従っていく彼女の心は常に明るく輝いたのです。
 この旧約聖書の信仰は、主イエス・キリストの到来と、主イエスの人格と言動を通して、特に主イエスの十字架の死による人類の罪の贖いと復活を通して、一層明瞭になり、完全な信仰となりました。
 なぜなら、主イエスご自身の存在と働きそのものが、罪人に対する神の愛であり、罪の赦しであり、罪人を神の御前に生かす神の恵みだからです。主イエスを信じることが生きる力を発揮するのです。
 それゆえ、人智を超えた知恵と力を持ってこの世界を支配しておられる神、しかも人間と異なって完全に聖なる方、道徳的に全く正しい、恵み深い神に対して、今やわたしたちは神に祈ることが可能となりました。神の御前に自分の思いと悩み、苦しみを正直に打ち明けるならば、神様は喜んで聞いてくださり、御心に適った方法で、生きる道を開き、わたしたちを導いて下さるのです。
 これは何と有難いことでしょうか。神様は主イエス・キリストにおいて、今やわたしたち一人一人に対して、いかなる人間、親、友達、信頼できるどの人々よりも、遥かに親しみ易い方なのです。それゆえ、わたしたちは神様に祈ることができるのです。ここにクリスチャンの最高の幸いがあります。この幸いを使徒パウロもフィリピの信徒への手紙で語っています。
 「どんなことでも、思い煩うことはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ4:6~7)

(2)神との交わりの霊的次元
 わたしたちは人生の危機において、誰でも、恐れ悩むのですが、神様はすべてをご存知で、御自分の方から危機に遭遇し悩んでいる者と出会い、神の御心と性質と力と働きを示されます。そして神は御自分がすべての人間の救い主であることを示し、神の導きに従い、御心を行うように命じられる方です。正にその神との出会いと命令がわたしたちを導き、わたしたちの生涯を決定します。
 明治の初めにアメリカ合衆国から日本に来て、キリストの福音を伝えるために、そして日本人が神の救いに与るために、全生涯を献げた宣教師バラ夫妻がいます。バラは29歳、夫人は20歳のとき、ニュークを出航し、アフリカの喜望峰を回って、インド洋に出て、中国の上海に到着しました。そこから乗客45人、船員89人の帆前船に乗り換え、日本を目指して航海しましたが、紀州灘で嵐に遭遇し、船は沈没しそうになりました。
 暴風が荒れ狂い、船内は方々で叫びと悲鳴を上げるパニック状態に陥りましたが、バラは一日中飲み食いせずに、ひたすら詩編107篇28~31節の御言葉を思い起こし、沈思黙考しました。
 その御言葉は、「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから導き出された。主は嵐に働きかけて沈黙させられたので、波はおさまった。彼らは波が静まったので喜び祝い、望みの港に導かれて行った。主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。」という神への賛美の歌です。
 バラは思いました。自分はこのまま死んでも構わないが、自分たちを送り出した改革派教会の伝道の計画が挫折することが一番の心配となったのです。それゆえひたすら祈ったのです。
 「神よ、この船が恙なく航海できるようにしてください。もし無事に横浜港に着岸できれば、わたしは誓って、身命を惜しまず、忠実に励んで、福音伝道の使命を全うします。」と必死に祈りました。
 その後40年を経た記念会で、彼は言っています。神様がこの誓いを果たさせるために、わたしを紀州灘で救ってくださいました。しかし40年を経ても、今までのことを顧みると、当時の誓いを自分の信仰と愛の業が未熟なため、頓挫した企画もあり、未だその志を果たすには至っていません。このことを思うと恥じ入るばかりですと、述べています。
 夫人は48年間も日本のために尽くし、69歳で天に召され、その墓は日本にあります。しかしバラ宣教師はその後も活躍し、全部で60年間日本の伝道のために尽くされました。牧師として礼拝の説教と牧会とそして伝道のために日本の各地に出かけ、89歳の生涯を終え、天に召されました。
 バラ宣教師は自分がこのようにキリストの恵みと神の愛の霊的現実に生かされているのと同様に、日本人がキリストを信じ、それぞれの魂がキリストの物とされ、日本人がキリストに属する者となり、神の御前に生きるようになるために、生涯を献げたのです。
 
(3)キリストの平和
 最後にキリストは弟子たちに語られました。本日の聖書の箇所、ヨハネによる福音書16:33で次のように仰せになっています。
 「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
 ここで、主イエス・キリストはこれらのことを話したのは、「あなたがたがわたしによって平和を得るためである。」と仰せられました。 
ここで重要なことは、キリストの平和とは、わたしたちが平穏無事に暮らせると言う意味ではありません。なぜならば、「あなたがたは世では苦難がある。」と仰せになっているように、クリスチャンはこの世で暮らしている間は様々な困難、試練、苦しみに遭遇します。しかし、その苦悩に際しても、キリストによって平和が与えられるのです。試練に打ち勝つ心の平安が与えられると言う意味です。
 今日のわたしたちにとって一番必要なことは、人間が神様に創造された人間、そして罪から解放された人間として、神に従うことによって、最も人間らしく、逞しく、感謝と心の明るさを持って、謙遜に、そして人を尊敬し、理解し、隣人と共に生きることです。
 このためには、これしか自分の生きる道はないと言う厳しい境遇の中で、嘆いたり、悲観したりせず、それを受け入れ、喜んで自ら進んで、自分の果たさなければならない責任を自覚し、それを果そうと決意し、祈り、苦労し、忍耐しながら実行することです。
 そうすることによって人は神様から与えられる主イエスの命と義とによって、神の霊的現実と愛によって生かされているのです。
 そのとき人は動物や機械とは異なる人間力を発揮するのです。人間はだれでも体と心と魂を持っています。人間は体があので、働き、社会的な様々な人間関係の中で、自分の役割が果たせるのです。その体の働きを管理し支配しているのが人間の心です。従って、心の働きは、知性、理解力、意思、決断と行動、情緒、人間らしい様々な感情です。
 それでは、体と心とが健全であれば、家庭性格や社会生活において、人間力を発揮することができるのでしょうか。決してそうではありません。人間には魂があります。聖書でいう魂とは、人間の最も内部にある自己自身であり、責任を持って行動する主体なのです。実にその主体は人間が神様と人格的な交わりをする器官なのです。
 正に魂は、人間が主イエスを通して、神様と出会い、神の愛と恵みと義と聖に生かされるために必要な人間の器官なのです。それゆえ人間には魂があるゆえに、この世界を越え、神様との直接的、人格的交わりの中で生かされ、生きることができるのです。
 逆に言えば、人間に魂が与えられていると言うことは、人間が神との人格的関係の中で生きなければ、本当の意味で人間らしく生き、人間力を発揮することは不可能なのです。
 主イエスはわたしたち一人一人の魂に、主イエスの平安を与えると仰せられます。わたしたちは礼拝の中で、復活の主イエスの平安がわたしたちの魂に与えられるのです。
 主イエスの平安こそ、わたしたちの全存在に対する神の絶対的な肯定であり、神の赦しであり、悪と誘惑に勝利させる力なのです。
 魂の平安こそわたしたちに人間力を発揮させる霊的生命の泉です。



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