2016-07-31(Sun)

イサクの神 2016年7月31日の礼拝メッセージ

イサクの神
中山弘隆牧師

 ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。アビメレクはイサクに言った。「あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。」イサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだ。そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けた。イサクの僕たちが谷で井戸を掘り、水が豊かに湧き出る井戸を見つけると、ゲラルの羊飼いは、「この水は我々のものだ」とイサクの羊飼いと争った。そこで、イサクはその井戸をエセク(争い)と名付けた。彼らがイサクと争ったからである。イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てると、それについても争いが生じた。そこで、イサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けた。イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。イサクは更に、そこからベエル・シェバに上った。その夜、主が現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを祝福し、子孫を増やす/わが僕アブラハムのゆえに。」イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。
創世記26章15~25節


 イエスは言われた。「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、そんな思い違いをしているのではないか。死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。死者が復活することについては、モーセの書の『柴』の個所で、神がモーセにどう言われたか、読んだことがないのか。『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている。」
マルコによる福音書12章24~27節


(1)聖書の神
 旧約聖書の創世記には、イスラエル民族の族長と呼ばれているアブラハム、イサク、ヤコブの信仰の歩みが記されています。今日わたしたちがそれを読むことによって、聖書における信仰との特質を知ることができます。
 先ず信仰の基礎は神が御言葉をもって族長に出会い、祝福と約束を与え彼らを導き出し、神に従う人生を送るようにされたことです。アブラハムの召命は神が彼に出会い、次の言葉を語られたことによります。
 「主はアブラハムに言われた。『あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。』わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る。アブラハムは、主の言葉に従って旅立った。」(創世記12:1~4)
 神がアブラハムと出会い、祝福の言葉を与え、あなたの生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい、と命じられたことにより、アブラハムは神を知ったのです。
 このことはアブラハムが神を知る前に、神はアブラハムを知っていてくださったことを表しています。同時にアブラハムの人生は、神が計画しておられるように展開していくことを意味しています。
 アブラハムはこのことを信仰によって理解し、自分の人生のすべてを神に献げて、神の導かれる所に、「行く先」を知らずに出て行ったのです。その後は全生涯を通して神の導きに従いました。
 次にアブラハムに与えられた約束を受け継いだイサクに対しても、神は御言葉を持って、イサクと出会い、御自身を現わされました。また、アブラハムの時代に起こったのと同様の飢饉がイサクの時代にも起こりましたので、イサクはある地方の領主アビメレクの所に移動しました。そのとき神は次のように仰せになりました。
 「エジプトへ下って行ってはならない。わたしが命じる土地に滞在しなさい。あなたがこの土地に寄留するならば、わたしはあなたと共にいてあなたを祝福し、これらの土地をすべてあなたとその子孫に与え、あなたの父アブラハムに誓ったわたしの誓を成就する。」(創世記26:2~3)
 実にイサクは神の御声に従って、領主アビメレクの土地に寄留することを決心したのです。
 これらの出来事を考慮しますと、聖書の神は真に人格的な神です。神はアブラハムやイサクをご自身の前に生きる一個の人格として知ってくださり、彼らに対する神ご自身の目的を実現するために、歴史の中で働いておられる神であることが分かります。
 この点で族長たちの信じる神は古代世界の人々の信じる神々とは全く異なっていました。古代世界の人たちが信じる神は特定の地域と結びついており、人間と人格的に結びついてはいませんでした。今日でも日本の氏神は地域に住む人々が祀っていますが、それは古代の信仰です。従いまして、人が神の支配する特定の地域を離れて他の場所に行けば、その神との関係は消滅し、他の領域を支配する他の神との関係に入ることになります。しかしそのような神々を信じている限り、人間は自分の人格のアイデンティティと生涯に対する自己の責任に目覚めることはできません。
 それとは全く対照的に、聖書の族長たちは多くの地域に移住することを余儀なくされましたが、彼らは初めから終わりまで自分を知っておられる同じ神との交わりの中にありました。実にこのことによって族長たちは自分たちの生涯を唯一の神に対する信仰によって歩み抜くことができたのです。
 実に族長たちの神との人格的関係を、主イエスご自身が次のように証しておられます。そこで、主イエスは「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」という出エジプト記3章6節の言葉を引用されました。これは聖書の神が族長たちの約400年後にモーセに現れ、イスラエルの民をエジプトの奴隷から解放し、族長たちに約束された土地に導くため、神がモーセにご自身を現わされましたときの出来事です。神はモーセに対して、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と仰せになったのです。
 それゆえ、神は本来的に主イエスの父でありますが、同時に神は主イエスを通して、ご自身をアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神と呼ばれることを承認されたのです。

(2)イサクの信仰とその歩み
 次にイサクは神から自分が知られていることを信じて、そして自分の人生は神が自分に対してすでに計画しておられる人生を歩むことに本当の意義があることを知りました。
 それゆえ、イサクは神の計画しておられる「本当の自分」の人生を歩むために、神の御心を知しらされ、また御心に従う力が与えられることを絶えず願っていました。
 従って、イサクの生涯には二つの特徴があります。一つは自分の弱さと、もう一つはそこに働く神の力と祝福の豊かさです。
 確かに彼の生活が不安定である最大の原因は、彼には定住する国がなく、他国人の土地で寄留者として過ごさざるを得なかったことです。彼は一領主であるアビメレクの支配する小さな国に寄留し、そこで穀物の種を蒔き、また家畜を育てました。このように彼の生業は半農・半酪農でした。その中で、神様から祝福を受け、多くの財産を得ました。これは本当に不思議なことです。
 しかし、それを見た周囲の人々から羨ましがられ、反感を買い、生活が脅かされることになります。イサクの成功を妬んだ人たちは、彼の井戸を埋めてしまい、彼を追い出そうとしました。難民として寄留する人々が弱い立場にある間は、置いてやっていても、自分たちよりも強力になると、追い出そうとするのは、どこの人間にも共通する悪い傾向です。26章15~16節は次のように記しています。
 「ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。アビメレクはイサクに言った。『あなたは我々と比べてあまりに強くなった。どうか、ここから出て行っていただきたい。』」
 この深刻な事態の中で、根本的に人との争いを好まないイサクの性格が現れました。それゆえイサクはそこを去って、ゲラルの谷に天幕を張って住んだのです。18節には次のように記されています。
 「そこにも、父アブラハムの時代に掘った井戸が幾つかあったが、アブラハムの死後、ペリシテ人がそれらをふさいでしまっていた。イサクはそれらの井戸を掘りなおし、父が付けたとおりの名前を付けた。」
 ここで注目すべき点は、次の19節で「イサクの僕たちが谷で井戸を掘った」という簡単な説明です。これはどういう事でしょうか。パレスチナ地方で「谷」とはワジと呼ばれている場所で、普段は水一滴も流れていないのですが、雨期には激流がそこに押し寄せるのです。それにしても、井戸を掘り当てるには、地理に対する勘の良さと運の良さとによります。
 しかし、ゲラル地方の羊飼いは、「この水は我々のものだ」と主張し、イサクの羊飼いと争いました。それゆえイサクはその井戸をエセク(争い)と名付けました。
 21節には、イサクの僕たちがもう一つの井戸を掘り当てましたが、その井戸も争いが起こりました。そこでイサクはその井戸をシトナ(敵意)と名付けました。
 しかし、22節では「奇跡」が起こったと記されています。イサクが3回目に掘った井戸は前のような争いは起こりませんでした。
 「イサクはそこから移って、さらにもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、最早争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付けた。」
 そのことをイサクは神に感謝して、この場所は神が与えられた場所であると言う信仰を表明しました。言い換えればこれが神の御心に従って歩むイサクの人生なのです。そのとき、イサクは、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった。」(26:22)と言っています。
 このことを思いますと、わたしたちは人生の危機に出会って、絶対にこの道しかないと思い詰めずに、もしかしたらもう一つの道があるのではないかと考えられる自由な心が必要なのではないでしょうか。クリスチャンとして、パウロは次のように言っています。
 「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(コリントの信徒への手紙一、10:13)
 これまでのイサクが歩んだ人生を振り返って見ますと、イサクは井戸を掘り当てて、ようやく定住できると思われた時、寄留した国の人々との間に井戸の所有権をめぐって争いが生じ、幾度も窮地に立たされました。それでもイサクはもう一つの道があることを信じて、希望を抱いていたのです。
 しかし、もう一つの道とは神が計画し備えていてくださる道ですので、それが実際に生起するまで、人間の目には見えないのです。それにも拘らず、神の本質が愛であることを知ることによって、イサクは神が用意していてくださっている見えない道を信じました。なぜなら、神は常に赦しを持ってイサクと出会ってくださいますので、神の愛と全能の力をイサクは信じていたからです。
 その結果、イサクは古い井戸の復活だけでなく、新しい井戸も掘り当てました。これは乾燥地帯では特別の知恵と幸運が伴わないとできないことです。それゆえ、イサクが寄留した国の住民は彼が神の祝福と知恵を持っていると感じ、これ以上イサクに対して悪を行なえば、今度は自分たちの立場が悪くなるのではないかと恐れ、イサクとの争いを止めてしまいました。

(3)神の性質を映し出す人間
 今やイサクの信仰の生涯は一つの峠を越えたのです。それはイサクがベエルシェバに定住するようになった時のことです。そこで非常に感動的な出来事が起こりました。
 イサクを追い出した一地方の領主アビメレクは参謀のアザトと軍隊の長ピコルと共に、イサクの所に来て、契約を結びたいと申し出ました。26章28節に彼らの申し出が記されています。
 「主があなたと共におられることがよく分かったからです。そこで考えたのですが、我々はお互いに、つまり、我々とあなたとの間で誓約を交わし、あなたと契約を結びたいのです。」
 この申し出をイサクは喜んで受け入れ、彼らのために祝宴を開き、翌朝早く起きて、彼らは契約を結び、互いに害を与えず、共存することを誓約しました。そのようにしてイサクは領主アビメレクと武将たちを送り出したのです。するとその日の夕方、イサクは新しい井戸を掘っていた僕たちから、「水が出ました」との吉報を受けました。そこでイサクはその井戸をシブア(誓い)と命名したのです。
 33節には、「そこで、その町の名は、今日に至るまで、ベエル・シェバ(誓いの井戸)といわれている。」と記されています。
 以上がイサクに関する聖書の証言です。イサクは実に平和を愛する人であり、争うことを避けることを人生の基本とする強い信念の人であったことがよく分かります。彼は決して優柔不断の気の弱い人間ではありませんでした。苦労して掘り当てた井戸について自己の権利を主張することは当然であると考え、相手との共存を不可能にする争いを退け、共存の道を選びました。
 さらにこれまで自分たちに散々迷惑をかけた人たちの王が来て、自分たちはあなたに何も危害を加えず、むしろあなたのためになるように計り、あなたを無事送り出したから、これからは互いに友好関係を結ぶ契約をしたいと申し出たとき、イサクは喜んで受け入れ、契約を結びました。それを見た僕たちは何と弱腰の主人であろうかと呆れたかも知れません。しかし、そうではなく、イサクは神と人格的な交わりを生涯保ち、常に神の恵みと正しさと力を身近に感じており、神の性質を絶えず考えて行動していました。その結果イサクは神の性質を自分の言動と態度によって映し出していたのです。
 もちろんイサクには罪がない人間であったと言うのではなく、多くの欠点や神に反する行動を取ったことも度々あったでしょう。
 イサクは不安に駆られ、人を疑い、悪く思う感情に捉えられることは多分多かったのではないかと思いますが、その度に神の恵みと真実さに対する信仰と畏敬の念によって、そのような自分の思いを常に捨て去り、神に従うことにより神の御前に生きたのです。
 イサクの人生の根拠は専ら神の恵みと正しさであり、神は常にイサクに生きる道を切り開きかれました。それだけでなく、イサクに反対していた部族国家の人々もイサクには神が共におられ、イサクを通して神の祝福と正しさが自分たちにも及ぼされると感じ、イサクと共存する道を選んだのです。



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