2016-04-24(Sun)

ぶどう園の働き人 2016年4月24日の礼拝メッセージ

ぶどう園の働き人
中山弘隆牧師

 あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである。
申命記7章6~8節


 「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。それで、受け取ると、主人に不平を言った。『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」
マタイによる福音書20章1~16節

(1)福音の弁明
 本日の箇所は、イエスのなされた神の国についての譬え話の一つですが、主イエスは多くの譬え話を通して、当時のユダヤの人たちに福音を弁明されました。
 ここでも「天の国は次のようにたとえられる。…」と言って、「神の国の福音」を説明しておられます。マタイによる福音書では、「天の国」という表現が用いられていますが、これは「神の国」と同じ意味です。
 そこで聖書で言う神の国とは、救われた人間が神の御前で生きる場所です。同時に、人間に対する神の恵み深い主権が確立している國です。これらの譬え話しを通して、イエスの心の中に脈打っている神様の熱い思いが、今日のわたしたちの心に直接伝わって来ます。
 イエスはイスラエルの失われた人々を訪ねだして、神の国の福音を語ることに活動の重点を置かれました。先ず、当時のイスラエル社会を調べますと、エルサレムなどの都市と、地方とでは、貧富の格差が激しかったと言われています。田舎の人たちは朝早くから日没まで働いても、受け取る賃金はやっとその日の暮らしができる程度でした。従いまして、田舎の人たちは信仰をもっていましたが、生活に追われて聖書を読む時間がなかったのです。その結果、神の戒めについて全く無頓着な生活を送っていました。
 ファリサイ人は、そのような人たちを「土地の民」と呼んでいました。それは「田舎者」という意味です。神の律法について無知な人たちを軽蔑する言葉です。従ってファリサイ派はそのような田舎の人たちを神の国とは縁なき不信仰者であると見下していました。
 それに対して、主イエスは神から自分に与えられた使命は、罪人に対する神の愛のイニシャチブ、言いかえますと、人間を裁き且つ救うという神の主権をご自身の行動をもって示すことにある、と確信しておられました。
 この不動の確信に基づいて、主イエスは神様がすべての人間を愛しその罪を赦しご自身との交わりに招き入れようと決意しておられる神の決断を、主イエス自身の言動を通して現されたのです。

(2)ぶどう園の労働者
 「天国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけていった。…」(マタイ20:1)
 この譬え話では、ぶどう園の所有者とは神さまのことです。労働者とは信仰者のことです。また、ぶどう園とはイスラエルのことです。
 ところで、この譬え話を理解するためには、当時の状況を知る必要があります。先ず労働時間につきまして、東の空に太陽が昇り始める日の出から、夕暮れになって空に星が見ようになる時刻までが、一日の労働時間でした。その労働に対する報酬が、一デナリオンであったのです。このデナリオンとはローマ帝国で通用していた銀貨です。
ぶどう園の主人は、朝早く労働者が待っている市場の広場に出かけていき、労働者と合意の上で、通常の仕事を与えました。しかし、それだけではなく、何度も市場に出かけて行きました。9時、12時、午後3時それから午後5時と4回行きました。そのようにしてまだ仕事がなくて遊んでいる人々を見つけては、自分の葡萄園に送って働かせたのです。
 夕暮れになって、その日の賃金を支払うとき、この主人は夕方5時から6時までしか働かなかった者から初めて、全員に賃金を支払いました。最初にたった一時間働いた者にも一デナリオンを与えました。それはもしも一時間分の賃金しかもらえなければ、一家の主人の帰りを待っている家族は食べられないからです。情け深い雇い主は、労働者の家族を支えるために、一日分の賃金を与えたのです。
 これを朝6時から働いていた労働者たちが見て、きっと自分たちはもっと多くの賃金がもらえるに違いないと、期待しました。ところが、期待に反して、手渡された賃金は同じく一デナリオンでした。このことが分かったとき、彼らは非常に憤慨し、主人のやり方は不正である、と激しい不満を現しました。自分たちは汗を流して一日中に働き、しかも、砂漠から吹いてくるシロコと呼ばれる熱風に耐え、疲労困憊し、気分が悪くなったのに、たった一時間しか働かなかったあの怠け者たちと、どうして同じ扱いを受けなければならないのかと、抗議したのです。

(3)神の処遇
 これに対して、葡萄園の主人は次のように返答しています。
 「友よ、あなたには不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分の物を自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前よさをねたむのか。」(20:13~15)
 主人の言い分は、一日一デナリオンの協定で働いたのであるから、一日働いて一デナリオンの支払を受けることは極めて正当である、と言うのです。「友よ、わたしはあなたに不正をしていない」と主人は言いました。しかし、「わたしはこの最後の者にも、あなたと同様に与えたいのだ。」と主人は言うのです。
 これは労働に対する報酬ではなく、情け深い主人の愛による賜物なのです。イエス様の作られた譬え話は、ワンポイント・メッセージであると言われています。物語は脚色されて、尾ひれがついていますが、そのような細かいことは重要ではないのです。
 すなわち、田舎者と言ってパリサイ派から軽蔑されていた人たちは、信仰生活の落伍者であり、敬虔な生活の面では、何の功績も持たない者です。しかし神の國は、神の主権によって立てられる國であり、神の國に入るのは、人間の功績ではなく、「全く純粋な神の恵みにのみ」よります。罪深い、邪悪な人間、神様から愛される全く価値のない人間が、ただ神様の自由なる愛の行為によって、その罪を赦され、神の國に入れられ、神様の御前で永遠に生きるのです。これが神の国です。
 わたしたち人間にとって、最も重要であり必要なことは神の國に入ることですが、それは自分の功績によってではなく、純粋に主イエス・キリストの恵み、無代価の恵みによるのです。イエスの譬え話は、この中心点を際だたせるために作られています。
 しかし、神の恵みは決して安価な恵みではありません。聖なる清い神は無限に正しい方でありますから、罪の赦しをもって日々人間と出会い、神の前に人間を生かすために、神ご自身が大きな犠牲を払ってくださいました。神の御子である主イエスの尊い命が、わたしたちのために献げられたのです。このような神の深い愛、神ご自身の自由なる恵みを、この譬え話は強調しています。
 従いまして、神様に愛されるに全く値しない利己的な人間、そして神様の赦しを受ける資格の無い罪深い人間、神様の御心に従うことの出来ない不信仰な人間を、神様はなお愛し、赦し、与え、命じて、神様の前に生きるようにされるのです。実に、この譬え話の内容が福音のメッセージであります。
 他方、この譬え話は、自らを信仰深い敬虔な者であると主張し、神から命じられた律法を忠実に守っていることを誇り、自分の功績によって救われると確信しているファリサイ派や律法学者たちの「無知と傲慢と偽善」を暴露しています。
 彼らは、早くから神に仕えていた者たちとして、神の国に一番先に入るのは自分たちであると確信していても、神様の目から見れば、神の愛、神の道徳的な正しさ、神の主権と恵みを少しも理解していない罪人であることを、この譬え話は示しています。
 従って、彼らが神の国に入るためには、神が主イエスを通して、教え、提供しておられる神の國を信じ、受け入れなければならないことをこの譬え話は、もう一つのポイントとして語っています。
 
(4)神の救いと人間の働き
 最後にそれでは神の國に入った信仰者は、どのように生きるべきなのでしょうか。主イエスは神の國で信仰者の働きは重要でないと言われるのでしょうか。決してそうではありません。正にその反対です。わたしたちはこの譬え話の中で、主イエスが葡萄園の労働者の努力に関して、肯定的に語っておられることを見落としてはなりません。
 ぶどう園の主人が労働者に与える一デナリオンの賃金とは、労働に対する報酬を意味しているのではなく、主イエスを救い主として信じる者が、神の御前で生きる命を意味しています。神の国で神に従い神の御心を行うこと自体が、永遠の命であることを意味しています。
 わたしたちが天国においても、地上の信仰生活においても、神様との交わりの中で生かされるという霊的な祝福は、わたしたちの努力に対する報酬として、与えられるものではありません。そうではなくて、わたしたちの「努力を通して」体験できる祝福なのです。なぜならば、神は全く無代価な恵みにより、主イエスの贖いによる罪の赦しをもって、日々わたしたちに出会い、神の命令を与え、神の御心を実践するように命じられるとき、それと同時に、神の命令と御心を実行することのできる力を「聖霊」によってわたしたちの中に働くようにされるからです。さらにその力とは「主イエスの命」に他ならなのです。それゆえ主イエスは救い主です。このように神の命令を「実行する」ことによって、神の愛がわたしたちの中に働きます。そして神の御心を行うとき、わたしたちの中に「聖霊」を通して神の愛が働くのです。
 従いまして、神様はわたしたちが神の国で何の努力もしないで怠惰な毎日を過ごしていることを望まれず、懸命に働き、祈り、努力することを欲しておられます。実はそのことが主イエスと人格的に繋がって、神の御前に生きることに他なりません。それこそ神様がわたしたちに与えてくださる唯一の幸いです。
 しかしこの譬え話はそれだけでなく、神の救いが完成して、永遠の神の国ですべての人が生きるときの状況を示唆しています。
 永遠の国とは神の救いが完成した場所であり、そこにおいて与えられる救いは、皆同じ一つの救いです。
 しかもその一つの救いはすべての人を救う力を持った限りなく大きな救いなのです。なぜならば、神の御子イエス・キリストが十字架の死と復活において、ご自身を与えられたことによる救いであるゆえ、すべての人が救われるのです。
 同時に、一人一人がキリストに仕えるその働きは、大小さまざまですが、そこに反映されている神の愛と、キリストの性質によって、全体が調和しているのです。それは神の恵みの豊かさであり、そこにおいては誰一人として各々の働きの違いを問題にすることは、最早ありません。
 なぜならば、各々が同じように神から愛され、同じようにキリストの義と命を与えられて、キリストに従った者たちはキリストの性質を同じように映し出しているからです。
 最後に、神の国で救われた人たちが見る神は、人間となられた神の御子、すなわち主イエス・キリストです。なぜなら神の国においても、人間は神を直接見ることはできないからです。父なる神はもちろん、そして聖霊も見ることはできません。
 主イエスの御顔の栄光を直視するときに、聖霊は人間の中に働き、主イエスの恵みと支配の全体を知らせ、聖霊は人間に主の栄光を賛美するようにさせられるのです。
 父なる神も人間は直接見ることはできません。主イエス・キリストにおいて、ご自身を示し、人間をご自身との交わりに入れて下さっている父なる神が、人間を愛し人間を救われた神であり、すべての恵みは父なる神から出ることを聖霊は示されるのです。
 最後に、神の国に入れられるのは、人間だけでなく、神によって造られた被造物全体です。被造物全体が神の栄光を反映する物へと変貌し、被造物全体が人間と共に神を賛美するのです。それが永遠の国における神の救いです。



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